『鑑定士(仮)』5話感想 この女装シーンがすごい2026 他(2026年5月2日の日記)
生活
実家での生活は単調で、家族の愚痴をひたすら聞き、親戚や老人の相手をし、家事と面倒見をやり、そういうことだけして1日が終わったいく。マイカーはないし人の車を借りて事故にでもなれば通勤もできないので外出の範囲も限られてしまうのだが、ここには海と田畑と住宅以外に本当に何もない。本もほぼない。どういうわけかインターネットまで具合が悪くなり始める。疲れて海に散歩に行く。夜は自営業の仕事をする。自営業に休みはない。コードを書きながらアニメを見る。
きょう観たアニメの感想
最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? 5話
ヒビキは世間を騒がせている"シッポの盗賊"ファウナに財布を盗まれてしまい、女装して囮になることで取り返す作戦に出る。この女装が冗談じゃなく似合っていてすごい。しかも女装する必要が全然ない。今回は女装のシーンにフェチがかなり出ていたように思う。ファウナが仕掛けたトラップに引っかって逆さ吊りになり、ヒビキがスカートの下に履いていたトランクスが見えてウイッグが落ち女装がバレるシーン、シュールギャグを装いながらバレフェチをやっているとしか思えない。トランクスがアップになるシーン、ちんちんの効果音がバカバカしすぎるが、わざわざトランクスの前と後ろ両方を写していてちょっと言い逃れできない感がある。このあとはメイクを落としたり着替えたりもせずウイッグなしの女装姿のまま話が進む。前半の見分けがつかない女装と、後半の女装とわかる女装の格好の2種類を提供してくれる充実ぶり。アニメや漫画の女装のシーンってギャグのフリをしながら性欲を出してくるので油断ならない。
バカの回かと思わせてヒビキはファウナの妹の遺品の思いを読み取ったり、元の世界に帰るとなるとリリアンやクロードとも別れることになると葛藤したりと、帰るべき場所のドラマを縦軸にしていることがわかる。
よわよわ先生 4話
周囲から怖いと誤解されている鶸村先生が林間学校では打ち解けられるようにと、阿比倉や椋林たちがサポートする。先生はひたむきに努力するがハプニングが次々起こり、先生が肝試しのために持ってきた凝った大道具も雨で使えない。阿比倉は宿泊施設の部屋を借りてお化け屋敷イベントを開き、先生の印象はわずかに良くなる。先生の努力も報われ、何事もほどほどに暮らしていた阿比倉もいつのまにか自分から積極的に動くように成長したことに気が付く。
エロイベントを除くと、かなりいい話であるように思う。それはそれとして登山中に鶸村先生が携帯トイレを使う場面に居合わせるとか、阿比倉が露天風呂で先生や女子と鉢合わせるとか、エロハプニングがあまりに流れるように連発されるのですごい。露天風呂で身を隠すためだけに設置されている不自然にでかい岩、明らかに裸をよく見せるカットのためだけに入浴中立ち上がる芝居、あれだけのことがあっても気にせず次の展開になるなど、お色気作品のクリシェみたいな演出がかなりある。よく解釈すると伝統芸能を未だにやっていてすごいと感じるが、悪く言えば2026年にもなってまだやってるのかと呆れないでもなかった(?)
庇護したくなるような巨乳ヒロインものをやりたい・ハプニングの体裁をとって先生のエロい体をいいようにしたい、という明らかにエロモクの動機で作られていることがわかるキャラ造形なのに、それを逆手にとってコンプレックスを乗り越えたり周囲がいい影響を受けたりする善良なストーリーにしているような印象がある。かなりのアイデアであるように思う。確かにいい話ではあるが、エロもいい話も両手取りしようとするずるさをちょっと感じる。
キルアオ 4話
ミツオカ製薬の財産を狙う男が続々現れたために、十三はノレンと交際するフリをする羽目になる。今は中学生の見た目だが本当は39歳なのでヤバすぎるが、ここでしっかり大人らしく線を引いている点はいい。暗殺業界もミツオカの研究に目をつけ、中学生暗殺者・古波鮫シンがノレンの婚約者になるべく転校して勝負を挑んでくる。一見して美形だが極度のあがり症でおしゃぶりがないと話ができないというが……。
この作品のアクションはいずれも動き出しの勢いと動きを止める制動の所作のキレが完璧で、今回もおしゃぶりが迫ってくるが直前で止まる箇所などアクションは大満足だった。一方でこの年齢を偽装しているという要素があまりうまくいっていないような感じがある。おじさんゆえの古い考えにも一理あるとか、娘への親心に重ねてノレンを大事に思う気持ちを感じ始めるとかいった要素は、本当ならその人の属性抜きにして尊重すべきじゃないのかという気になってしまった。ノレンもまたラーメン屋の修行をしていたり周囲のキャラより頭身が高かったり周囲の空気を読んで身を引こうとしたりと、ちょっと中学生にしては心身ともに大人すぎて(というか十三が学校生活で学びを得るという展開の都合で主要キャラみな大人っぽすぎる感がある)ロマンスの範囲に普通に入ってきそうな感じがあるのもちょっと……と思わないでもなかった。いやおれの中学時代がバカすぎただけかもしれないが……。
黄泉のツガイ 5話
ユルは影森家の仕掛けた罠にかかるが返り討ちにする形で勝利し、電話でアサを呼び出し話をすることを要求。アサは兄との再会に浮き足立つ。影森家でアサに再会したユルは、下界のことや脱走した両親が飛行機に乗っている間に行方不明になったことなどを知らされる。
キャラごとに違う背景や動機があり、面と向かっていても温度感やテンションに大きな差がある。このズレた会話劇が全部面白い。ユルの視点なら生存するため・真実を知って大事なものを守るために常に必死でシリアスな(しかし時に食事などで緩みそうになる)テンションだが、これは左右様にはどこか戯れのようにも見えるし、アサ視点だと村に洗脳されているユルには気の毒さがあるけど大事な兄に変わりはなく再会が嬉しいので敵対することは何もないし、影森家にしてみたら厄介な問題児や野生の獣を相手にしているような感がある。この目的や姿勢の差をきっかり崩さないのが上手い。このテンションの差が画面を楽しいものにもしている。
春夏秋冬代行者 春の舞 6話
アバンは雛菊が誘拐されて以降の回想。謎の女に歪な愛情を注がれながら脅され続ける生活を送っていたこと、雛菊の元の人格が自死したことが示唆される(死装束と三途の川のイメージ?)。現代に戻り旅をしながら春の顕現を続ける雛菊とさくらが休憩でピクニックに行く。「恋の歌を歌う時は声が伸びやか」というさくらの評が、雛菊とさくらの関係は恋ではなく歪なものであることの予告になっている。回想パート、長く誘拐されていたが帰還した雛菊は別の人格になっており、さくらにとって最も大事な人は失われたのだと雛菊は告げる。それでも雛菊の中には元の人格の記憶や思いが残っており、狼星への恋心を抱いていいのかと葛藤する。さくらは元の雛菊と変わらないと言い主従の関係を結び直す。
さくらが雛菊に対してそのままの新しい人格ではなく元の雛菊を求めてしまっている点がおそらく最大の罪で、これは冒頭に出てきた雛菊を誘拐した敵勢力のあの女だとか、理想的な代行者に仕立て上げようと抑圧した里の人間と同じ轍を踏みかねない。さくらはこのことに自覚的なのかわからないもどかしさがある。
ピクニックに行く現代の場面はいずれも良かった。ロングショットでキャラがこちらに歩いてくる絵をやっているので、まず河畔の景色というロケーションがあり、人物がそこを訪れたという流れになっている。キャラもロケーションも実在感がしっかりとある。世界が先でキャラクターがその中に存在していることがわかるし、ここは視聴者の予想を超える知らない世界の広がりがある。この作品の題材である季節や自然を描くにあたってふさわしい描写であるように思う。一方で回想パートでは設定の開示や心境とともにそれ専用のロケーションと専用の景色がいきなり出てくるため、キャラクターの振る舞いや心境に合わせて区切られた予想通りの世界だけが用意されているような感覚になってしまう。おそらくこれはこの作品の設定開示パート全般の問題で、どれだけ美麗な景色を描いてもその都度の箱庭的情景になってしまい世界の広がりや連続性をあまり感じられない。おそらく旅をして旅先の景色がよく描かれるとこの問題は解消されるように思う(今回のように)
NEEDY GIRL OVERDOSE 5話
立ちんぼが出てくる冒頭パート。ヒモの彼氏と決別したかちぇのその後が描かれる。若さを売って稼いでいることに対して自慢げに語っている女が出てくるが、本当は自覚しながらも自分をごまかして辛くない・哀れではないのだと耐えているようにも見える。既にそこから脱出したかちぇの目線は冷めている。カラマーゾフのメンバーが合流する。これがバカの虚飾であることをすぐ見抜く。品位を捨てず、しっかり稼いで現実を見ながら、理想とする確固たる自分を目指すべきだという主張が展開される。冷笑だと言って取り合わない人もいるという、メタに逃げることへの批判まで最初から入っている。かちぇはカラマーゾフのメンバーとともにアパレルショップに向かい、高価な服やアクセを購入することになる。なりたい自分に変身するためのコスチュームでもあるし、買ったからには箔にふさわしいような自分になるという制約を課せられるものでもある。一見すると尊厳ある大人という感じの会話だが、この変身にまつわる議論はおそらく元ネタにプリティーシリーズなどの女児アニメ的発想があるし、配信者だとかライブイベントといったものも女児アニメ文脈の延長に置かれている。
後半はいきなり実写ストップモーションアニメが始まり、ニディガのゲームをプレイする視聴者の部屋に超てんちゃんのぬいぐるみが現れる。他の配信者に嫉妬したり、ぬいぐるみが汚れて洗濯されたりする。ここは滑らかで丁寧なストップモーションで、さらに現実に向かって挑発的な物言いを繰り返すこの作品のなかでただ挑発するのでなくぬいぐるみを選ぶウィットが効いている。この作品のシリーズを通して最も良いシーンだった。
カラマーゾフの3人のルーツと、パープル・ロリポップがあめちゃんと出会って孤独から救われた過去のエピソード。メイクで自分も変われたと自信を持ったロリポップが配信者は目指す。次第にプレッシャーやコンプレックスを覚えるが、あめちゃんの孤独に触れながら原点に戻り3人でひとつという信念を確かにする。前半と同じ女児アニメの話のようだった。過去に何度か出てきたメリーゴーランドやゲームセンターのイメージが再利用され伏線回収になる。ライブの成功と特殊EDで物語は終わる。
あまり自分と縁のない世界のようではあったが、確かに面白い話ではあった。人気商売の世界のリアリティも感じる。バカの虚飾を見抜く部分も痛快ではあるし、この界隈ではファッションが思想の表明や戦いになっている世界をしっかり描くのもいい。とはいえ今回もよく考えると「わかりやすい雑魚の敵」を叩いて倒す話になりかけている悪さがあった(いままでよりは露骨ではない)。あとファッションとかビジュアルから思想を読み込みその是非を裁いてしまう世界の正しくなさも盛り込むべきではあった(この辺りはかっこいい世界でもあるが、平たくいえば偏見でもあり、アウトロー的な文化にすぎないことは自覚した方がよい)。しかしその反省やバランスのためでもあるのか、後半では一貫して自分の中の意識の問題をやっている。自己実現や変身や尊厳の文脈で配信者をやるというのは、病んでいたゲーム版とは大きく違う主張であるように思った。
カナン様はあくまでチョロい 5話
供犠クンのクラスにシスター服を着た変な転校生・ジャンヌがやってくる。出会ってすぐに最初からパンツを丸出しにするすごい速度の映像。ジャンヌは魂を食べようとするカナンから供犠クンを守るため、天から遣わされた聖女だった。しかし天然で無知なジャンヌは様々なエロいトラブルを引き起こしたりえっちなことを知らず人に聞いて困惑させたりする。
30分間ジャンヌの馬鹿馬鹿しい無知シチュとエロハプニングをやり続けてカナンが嫉妬したり振り回されたりするアニメだった。こういうアニメってもっと不気味ないやらしさがあるはずだが、この作品は変に隠したり濁したりをせず正面からパンツのネタを堂々とやりまくる。あまりにも堂々としているので不快感が少なく、ギャグのキレも良くなっている。この作品の美点だなと思う。
神の庭付き楠木邸 5話
春になりうぐいすの鳴き方を指南するエピソードなど心温まる日常が戻ってきたな……と思ったらまだ普通にバトルアニメやってる!!!!!神々によって放棄された「放棄神域」の入り口が突如出現する現象が起こり、巻き込まれた湊はそこで女神アマテラスと出会う。久々に人間型の新キャラを見た気がする。面白い話ではあるのだが、神話の扱いには歴史認識的な危うさが出てくるので怖い視聴感ではあった。
一畳間まんきつ暮らし! 4話
夏、漫画喫茶ヘッジホッグのエアコンが壊れる冒頭。みんなえっちな格好になるサービスパートだった。しかし現代でエアコンの故障は死すぎるので洒落にならない。南国風というネタが後半の旅行へのフック。後半は金持ちのパワーで急にグアム旅行に行きプライベートビーチで遊ぶという『けいおん!』の頃の日常系アニメを思い出すイベント回。しかもプライベートビーチなので水着がエグい。しかし普段のヘッジホッグを離れることで周囲の支えやお客さんたちとの交流の大切さに気づく、心温まる回でもあった。みちかが登場してからキレ良いツッコミが入ったり、普段のツンツンしたキャラが見せるギャップのおかげで本音を聞く相手に相応しい役割を担っていたりと、劇的にバランスが良くなっている。
