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「グッドスマイルフェス2026」に行った・他(2026年6月6日の日記)


「グッドスマイルフェス2026」に行った

 ベルサール秋葉原で開催された「グッドスマイルフェス2026」を見に行く。入場は無料だった。ベルサールの裏手まで伸びる長い行列ができていたが、意外にも10分程度で入場できた。

 新作の美少女フィギュアばかりが展示されているものと思いきや、ヒーロー、メカ、ロボット、プラモデルなど本当に何でもあり、さらにただケースに並べるだけでなく美術館のような本格的な展示室まであった。さらにフィギュアのみならずグッドスマイルカンパニーが幹事会社になっている新作アニメの特集、オリジナルIPの発表、フィギュアを量産する技術の解説など、ただフィギュア見るだけにとどまらない幅広い展示になっていた。フィギュアを中心として様々な情報が得られてホビーの世界観が広がる、充実したイベントだった。

以下は日記

生活

 金曜の夜に日記を書いていたら朝になってしまいそのまま4時間程度の睡眠で起床。14時ころからベルサール秋葉原へ行き、グッドスマイルカンパニーの新作フィギュア展示イベント「グッドスマイルフェス2026」を見に行く。17時ころに友人が近所に来ているというので合流する。普段あまり行かない秋葉原のグッズショップを見て回る。楽しい。歩いてすぐのところに自宅があるのでカレーをふるまう。先日届いた新しいパソコンをセットアップする。夜はアニメを見る。

きょう観たアニメの感想

最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? 10話

 本格的な冒険の前に、ヒビキが気にしていたのはパンツのことだった。魔法でなんとかするのではなく洗濯された清潔なパンツを履きたい。このしょうもない話で最終回目前の回を使ってしまう。なんなんだよ!エマリアは仲間だと思っていたイヴェルに裏切りを告げられ決別することになるが、それでも弓矢ではなく風の魔法を使うなどして傷つけたくないと思っていた。

よわよわ先生 9話

 夏祭り回、浴衣が着崩れる定番のエロイベントをやりつつもラブストーリーをしっかり進める。人込みが苦手で調子を崩した鶸村先生がみんなのためを思って身を引こうとするが、阿比倉が連れだすシーン。花火が恋に落ちる音の演出になっている。阿比倉の家ではまたマイクロビキニ勉強法をやる。なんなんだよ。しかしこのエロイベントと罰ゲームをフックにして、鶸村先生は自分が抱えたドキドキする気持ちの正体に迫ることになる。この気持ちはお母さんに感じるものだったと誤解するギャグと思わせて実は恋だと気づいている。異常なエロとピュアな恋心が交互に描かれるのがすごい。

キルアオ 10話

黄泉のツガイ 10話

 影森家の刺客をおびき寄せたかと思ったら違う強敵のツガイが出現する。アクション回だった。とにかく所作のセンスがうまい。ただ手足が長く伸びるだけなのに強敵という手長足長とのバトル。ユルのハッタリが一瞬の隙を突くというスリルや、現代兵器の意外な活躍もよかった。

春夏秋冬代行者 春の舞 11話

 四季の共同戦線を張って奪還作戦に移行するかと思われたが今度は四季庁本部が賊の襲撃に逢う。秋陣営の長月は雛菊を崇拝する彼岸西という過激派組織の一員であり内通者だった。今回の襲撃の手引きとは無関係だったが、その異様な思想の一端が明らかになる。分断されている冬陣営も賊と戦うが、連絡を受けた狼星は雛菊の元の人格が死んでしまったことを知り動揺する。
 とにかくテロリストで話を回していて変すぎるというか、この強い被害者意識は何なんだろうと思うところが常にある。バトルパートも変で、障害物に隠れながら銃撃をやりすごしつつ狼星が長い詠唱をするパートのさなかに電話があり、詠唱が中断されて銃撃されているのに呆然とするシーンがある。

NEEDY GIRL OVERDOSE 10話

 カラマーゾフと超てんちゃんが直接対決するイベントの本番。対決の形式は互いに様々なパフォーマンスを行って観衆がどちらを支持するか判定するというものらしい。よくわからないが……。
 Aパート、カラマーゾフの超てんちゃんに対する姿勢は太宰治の『駆込み訴え』の朗読で表現される。神を殺すのでイスカリオテのユダというチョイス。切り絵風のアニメーションは凝っているが、朗読が教科書を読む子供のように意図的にちょっと拙くしてあり、おそらくやろうと思えばもっと引き込むような朗読できるはずなのに朗読というものを舐めてないかという気がしないでもなかった。しかもフルで読むので長い。ここではいつもの文字演出が出ない。普通にカラマーゾフの兄弟の劇中作である『大審問官』を引用すれば、超てんちゃんが見せびらかす自由や解放というものが本当は人間には重すぎて不幸をもたらし逃避や破滅につながるという主張になりそうなので、知名度を除けば『駆込み訴え』を選んだところは捻りすぎている気がする。世話とかもしてないし逆恨みというほどでもない。でも聞いてると反転アンチ化したファンみたいな心理に似ててちょっと面白い。
 後半はカラマーゾフの歌唱パート(しっかりダンスやライブを描いている、女児アニメみたいだ)、超てんちゃんの歌唱パートを挟んで、ロリポップと超てんちゃんの2人は「銀河鉄道の夜」を思わせる謎空間でレスバをしながら激戦を繰り広げる。超てんちゃんは「超てんちゃん」を演じている間は自我がない。インターネットエンジェルとしてすべてを救済をしようとする態度には、自分も他人も含めて個人というものがないのだった。自己愛と何週にもメタを張った冷笑で作り上げた虚像としての超てんちゃん。政治的ロマン主義的の行きつくところみたいだなと思う。自分を批判対象から外し続ける無限の後退。それを倒すには超てんちゃん自身に自らが現象(春と修羅でずっと言っていたところだ)ではなく個人であると認めさせて、現実に戻す必要がある。だから神ではなく裏返しの自己愛や自己救済をやっている普通の人間だと告げて人間に引きずりおろそうとしたのではないか。次第に服や装飾が剥がれ落ちるのも、傲慢な神から生身の人間に変化するプロセスのようだった。仮面ライダー龍騎のパロディや、十字架と槍を思わせるアクション。ロリポップはついに神殺しを成して勝利する。殺してしまったという後悔のような言葉とともに物語は終わる。
 おそらくもっともキリストに巨大感情を持っていたユダこそが裏切ったように、もっともあこがれたロリポップが超てんちゃんに引導を渡すというのがこの回の主張だと思われる。だがそれゆえに、最後のシーンはカラマーゾフvs超てんちゃんではなく、ロリポップvs超てんちゃんという対決にいつの間にか変わってしまっているのではないか。カラマーゾフの三位一体はパフォーマンスでは表現されたがそれ以外のレスバでは全く出てこない。美血華の美への執着や恐れとか、禰智禍さまの家族の話とか、明らかに超てんちゃんへのカウンターとして描いていた批判の弾は発射されることがない。ロリポップは超てんちゃんに憧れるからこそ倒したいとは思うが、別にロリポップ自身にその周辺にまつわる葛藤や反論があるわけではなく、もっぱら頂点に立つために勝ちたいと願って繰り出されていたようなずれを感じてしまった。
 挑発的な演出とは裏腹に、ひたすら自己愛やごまかしの嘘で作った虚像を脱して現実の本当の自分を生きろという話を愚直にしている。あまりに不器用すぎる。モチーフの引用の仕方も正直ださいが、オタクが説得の際に使える手札が偏っていてこうなってしまった、好きなものしか持ってないし我慢できないんだ、という不器用さにしか見えない。しかしこの作品が描いているのはだれもかれも不器用なオタクばかりなのだった。

カナン様はあくまでチョロい 11話

 供犠くんを追いかけて魔界までやってきたジャンヌ。スリムになっているがすぐ煩悩に負けたりミルチのいたずらで下着泥棒の汚名を着せられたりする。脱がされて冤罪だと分かるオチ。ミルチがなぜ挑発的な態度をとるようになったのか、過去回想を経て姉への愛情と寂しさが明らかになる。しかし沁みついた生意気な振る舞いが抜けず……。
 ギャグを口実にしてエロをやりまくっていてすごい。壁尻シチュエーションをやったり、脱がせて尻を露出させたり、アヘ顔を執拗なくらい描いたりする。絵面はがっつりエロい。でも本筋はミルチの思いが伝わるいいエピソードだし、ミルチのいたずらが成敗されるオチもついており後腐れがない。この作品はどれだけ派手にエロをやってエロく感じさせてもキャラ同士の信頼が崩れるような不愉快さを避けるのがうまい。供犠くんがエロいことに興味がありつつあまりにも正直という性格なうえで各キャラと信頼関係を結んでいるため、見てないとかエロモクではないとかいった嘘やごまかしが物語上必要なく、これが効いているように思う。今回はミルチが嘘をつく分、供犠くんの清々しさが効いていたように思う。

神の庭付き楠木邸 10話

一畳間まんきつ暮らし! 9話



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