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ダサくない日用品どうやって買えばいいのか問題/きょうの秋葉原・他(2026年5月23日の日記)


生活

 遅めに起床する。いつもなら土曜の昼頃に金曜アニメの感想を書いているが、昨晩のうちに日記を書いておいたので肩の荷が降りたような気楽さがある。というかここ1年半くらい書いている日記が思ったより負担がデカくて重荷になってしまっている。周囲の日記とアニメ感想を書いてる人、みんな何年も続けててすごい。おれはもう嫌になっているのにやめられない状態になっちゃってるよ。
 本当は仕事や作業などやるべきことがあるのだが日中は気力が出ない。13時頃から秋葉原を散策する。ポップアップショップを見て回り、UDXで超メタフェス2026を見る。帰宅後にフィッシュカレーを作る。夜はこのカレーを保存する容器が欲しくなり買い物に行く。
 帰宅後、アニメを見ながら5時間ほど仕事や作業をする。疲れた。

ガチのインドカレーを作る。見た目のわりにだいぶ安い

ダサくない日用品どうやって買えばいいのか問題

 夜、カレーとその付け合わせを保存するためにガラス容器が欲しくなり、イワキとかハリオの信頼性が高くて便利な製品を買おうと思って日本橋高島屋に行った。しかし結局丁度良い容器を見つけられず、銀座の無印良品まで歩いて行って耐熱ガラス瓶を買って帰る。無印良品は別に悪くはないのだが、日本橋や銀座にまで行って結局無印というのはちょっと悲しい。自分がこの年齢なのにブランド品やちょっとよいもののことを知らな過ぎることに気が付きショックを受ける。
 金がないからと身の回りの生活用品に無関心でいるせいで恐らくかなり損をしている。必要なタイミングが来たら急いで買う必要に迫られ、いつでも懐に余裕があるとは限らないので安いものを買う羽目になり、結果的にダサくて不便なものばかり統一感なく集まってしまう。色がバラバラで変なところに出っ張りがあり隣と絡まるハンガー。蛍光イエローで片面に変な網がついており髪の毛が絡まって汚く見える風呂スポンジ。どぎつい色をしたパッケージの市販薬を雑に詰めたカゴ。引越直後に慌てて近所のスーパーで買った変な模様の皿や安っぽいコップ。不燃ごみの日を何度も忘れてキッチンの収納を圧迫しているボロボロのフライパン。判型によっては高さが合わず横にして詰め込む羽目になる本棚。レーベルが揃ってない本。
 すると自宅にいるのにだんだん不快になってくる。普段は意識的に見ないので気が付かないが、ふと我に返って「なんで自宅がこんなにダサくて統一感ないんだろう……」と思う瞬間が3日に1回くらい訪れる。自宅にはせめて目に入ったら不快なものは置きたくない。見ているだけで嬉しいものを置いておきたい。整理整頓しやすい環境を作りたい。生活や家事を楽にする便利なものを揃えたい。しかしその探し方が分からない。そう思ったタイミングで都合よく金があるわけではないので買い替えを渋ってしまうし、ダサいものでもダメになるまで使ってしまう。可燃ごみと違って捨て方もよくわからない。そうしているうちに不快感を忘れてしまう。無意識のうちにジワジワとメンタルが削られていく。また数日後に不快感がやってくる。
 この文章を書きながら解決策について考える。3つ思いつく。ひとつは何が不快だったのか記録して、計画的な買い替えやゴミ出しに備えるということ。2つ目は商品やモデルルームやコーディネート例をもっといろいろ見て、良いものを知るということ。3つ目は思い切って予算を付け、実際に買ってみて失敗や試行錯誤を経て学んでいくべきだということ。ダサいものばっかり揃う問題の根本的な理由は計画性の不足と思われる。この年齢で今更こんなことに気が付くのか?と落胆するが、しかしこれをやれるかやれないかで人生の質が激変しそうなので、今からでも恥じずに取り組みたいと思った。

買い物に行ったついでに、日本で一番地価が高い銀座4丁目交差点あたりを見た。和光ビル本館は『アポカリプスホテル』の銀河楼の元ネタでもある

きょうの秋葉原

きょう観たアニメの感想

後で追記する。

最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? 8話

 日常回をしながら、振り返りと状況の整理をする繋ぎのエピソードだった。元の世界へ帰還する手がかりを得るべくテラダイナスへの冒険に出るという大目標と、その準備が必要ということが示される。これまで歩んできた道のりの回想で過去映像が流れる。今後登場するであろうヒビキとは別の現代人も予告される。折り返し地点にこういうエピソードを置いてくれるアニメは見やすくなるしバトルの後にギャグ不足も解消してくれてうれしい。
 あれだけ格好良かったクロードが他の獣に嫉妬したり(?)暑い日には毛を刈られそうになったりして完全にコメディリリーフにされているし、ターニャが魔法の風を浴びに来たシーンではなぜかOPが流れる激アツ演出みたいになる。相変わらずやかましくてよかった。

よわよわ先生 7話

 写真部は合宿でビーチに行き、その後は温泉宿に泊まることになる。何故か阿比倉くんの姉が同行して大変なことになる。いつもは振り回す側の雪下が阿比倉姉に赤ちゃん扱いされている。
 日焼け止めを塗るシーンでローションプレイみたいになったり、宿で王様ゲームをしてエロ命令を連発したりする、マジでしょうもないスケベシーンがひたすら続く。しかし万人受けするえっちなハプニングというよりはエロ漫画的な絵面を何としても描きたいという執念のようなものが感じられ、軟弱なオタク向けというよりキッツい絵面や下品さに耐えられる硬派なエロ漫画オタクのためのエロコメみたいになっていた。倫理的に終わっているのに変なところでストイックなアニメすぎる。こんな時でも先生は本気で生徒のためになると思っていて格を落とさない。
 幼馴染ヒロインである椋林が阿比倉に匂わせるかすかな想いや、先生と2人きりの場面での突然の告白。ラブコメもちゃんとやるらしい。

キルアオ 8話

 千里は天馬とデートをすることになり、Wデートを頼まれ十三とノレンも同行する。オッサンのセンスが抜け切らない十三は皆を困惑させる。4人はショッピングやランチを楽しむが、その最中になぜか十三の身体が一時的に元のオッサンに戻ってしまう。また誘拐されてしまったノレンを助けるべく、十三は必死にごまかしながら後を追い……。
 誘拐されたノレンを助けたい千里に、自分のことじゃないからどうでもいいと言ってしまった天馬。だが困ったときに互いを助けたいという当たり前の気持ちを千里に諭される。この作品は殺し屋やエリートの極限の理屈に対して、当たり前のヒューマニズムが対置されている嬉しさがある。刺客のゴルフ攻撃、球がめり込んだり爆発したりする作画がすごい。

黄泉のツガイ 8話

 アサが『解』の力を手に入れた壮絶な経緯を聞き、自分もまた一度死ぬと『封』の力を得るという真実に直面するユル。影森家の面々の紹介パート(漫画家ネタ、原作者の経験なのか謎のリアリティがある。ホワイトとベタのエフェクトも上手い)とデラの合流を経て、情報共有を兼ねた朝食会が開かれる。座布団を運ぶ人型のツガイのシーン、アニメーションの楽しさがある。
 命を狙われるユルに対して影森家は保護を申し出るが、ユルは他人から理不尽に運命を左右されるべきではないと拒み、正面から迎え撃つ姿勢を見せる。ゴンゾウは運命の双子をこれ以上生み出すべきでないと主張するが、いくら東村が邪悪であってもユルにとっては故郷であり大事な人がいる。襲撃のこともあってこの方針を許すことはできない。ユルは経緯を知ったのち、アサを偽物扱いせずアサと呼ぶように自然と変わる。劇的な変化ではない方法で、信頼や認識の変化がさりげなく示される。
 今回も人物ごとに意図的にテンションをずらして描かれており、これが交錯する思惑を良く描き出している。ユルの覚悟は本人にとってはシリアスだが周囲からすると独善的でシュールに見えるし、左右様は面白がっている(視聴者みたいだ)。どさくさに紛れてユルとのツーショットを取ったり連絡先を聞こうとしたりするアサのコミカルな描写は箸休め的でもあるが家族のことが何より大事という方針の提示でもある。何か思惑がありそうなデラや影森家。どのシーンもストーリーに的確に貢献している上手さがある。

春夏秋冬代行者 春の舞 9話

 誘拐された秋の代行者・撫子の依然として不明で、護衛官の竜胆は失って初めて自身の感情に気が付き喪失感に苛まれる。賊の襲撃を警戒した四季庁と国家治安機構は雛菊に春の顕現を急がせたため雛菊は心身共に疲弊する。
 そんな中で冬主従は秘密裏にさくらに連絡を取る。さくらもまた夏主従との協力を密かに取り付けており、雛菊も自身の誘拐事件の経験から撫子の救出を願う。代行者と護衛官たちは後悔を乗り越え結束、体制に抗ってまで実力行使に向かう。生きることが最大の復讐であるとさくらは決意する。
 冒頭のシーンで衛星写真が出てくるが、本州には隅々まで緑色なのに北海道は完全に雪に包まれている。実際にはこういう天気にはならない(青森や秋田も白くなるか、渡島半島あたりも緑になるかする)。一瞬のカットだが、本州と北海道をはっきりと分けすぎる思想が感じられる不気味さがあった。
 季節の運営管理の体制に不満があるのは賊も代行者たちも変わらないはずなのに、賊の側の主張は伏せられ暴力のみ行使される形になっている。また代行者たちが打倒しようとしているのはあくまで不透明な意思決定をする国家治安機構や四季庁の上層部に対してであって代行者が人柱になっていること自体ではないので、運営こそ改善されても結局はこの人柱的制度を維持することを選んでいる。確かに自分の意思に基づいて生きるという決意はいいのだが、意思のもとでなお人柱になる部分にグロテスクさがあった。

NEEDY GIRL OVERDOSE 8話

 アバンは超てんちゃんが配信を終えあめちゃんに戻るシーン。誰もが注目する超てんちゃんの中身があめちゃんであることを世間の誰も知らない。なんなら本人ですらあめちゃんのことを良く知らない。本当の事を何もわかっていないままに繰り出される称賛や誹謗中傷を眺め、一方的に注目を浴びる非対称性からくる優越感がエクスタシーを呼び起こす。
 カラマーゾフの登場パートではいくつもの合体ロボが飾られている。変身願望でもあるし、3人でひとつのカラマーゾフが無敵であることを象徴するようでもある。順調に伸びているフォロワー数から世代交代も現実的な可能性になり始める。だがこのシーンは自己言及的でもある。戦隊モノは1年で次の作品に交替する。もし世代交代を達成したとして、自分たちもいつか終わってしまうのではないか。合体ロボは1機でも欠けると力を発揮できない。美血華の失踪が予告される。あるいは今後のロリポップの孤独か。クリスマスイブに大きなライブイベントを計画する。後半のピエタを踏まえると、神になろうとしていることがわかる。
 後半、まずはロリポップが覚悟を決める経緯の描写。頂点になったらいずれ終わってしまうことやその孤独に対する答えはどこにあるのか。『銀河鉄道の夜』は改版によってブルカニロ博士という回答を示す存在が消滅した。「本当の幸い」は誰かに教わるものではないという示唆のような挿話。ロリポップとあめちゃんの再びの邂逅。2人はジョバンニとカムパネルラではないか。ロリポップはあめちゃんが超てんちゃんと同じ気配を持つことに気が付く。挿入されるピエタのイメージ。マリアが十字架から降ろされたキリストの遺体を抱く構図から、神(偶像やフォロワー数など)ではなく人間としての愛が連想される。ピ(彼氏)の存在が匂わされるが、その写真からは実在が怪しまれる。
 丁寧に作り込まれたカートゥーンオマージュのシーン。形だけでなくレトロアニメらしい薄暗さまで再現している。美血華が見た夢の内容は犯人が自分で捜査を依頼したという笑い話。超てんちゃん自身がカラマーゾフに越えてほしいと願っているようだった。その後のかちぇと美血華を通じて描かれるシーンのすべてが、ロリポップとは逆に他者との比較や数字に狂わされていく様子を描いている。不安に苛まれる美血華は"オーバードーズ"をする。
 ユニットの元ネタの『カラマーゾフの兄弟』の挿入。孤独であるうちは守るものが存在せず無敵だが、繋がりを得て守るべきものを持つと弱くなる。超てんちゃんの強さでもあるし、ロリポップの弱点でもあるし、かちぇを拒み恐れる美血華のことでもあった。自身が掲げた偶像に圧迫され、美血華は失踪する。ガラスを割ることの意味は外からの抑圧に抵抗するものではなく、偶像に押しつぶされ振り払おうとする惨めさへと反転する。かちぇは追いかけ、敢えて勝手な偶像を押し付け正面から対峙することになる。Cパートの1人で配信したロリポップがコメディのオチを担当する。

 一つずつ紐解いていえば、言いたいことはある程度分かる。思想もある程度は一貫している。だが喋りとカットが多いうえ大量の絵解きが仕込まれていて、この過剰さは魅力でもあるのだがこれを一度に理解するのは難しいように思う。これは考察文化との共犯のようでもありちょっといやらしい。

カナン様はあくまでチョロい 8話

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一畳間まんきつ暮らし! 7話



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