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一度、目にしたら忘れられない…。
茨城県の結城市(ゆうきし)
中にある地名です!

◆大戦防

…いわゆる難読地名ではありません。
そのままストレートに読んでいい。

「だいせんぼう」です。

「とてもインパクトのある地名ですね…」

地名の由来には諸説がありますが、
そのうちの1つを紹介します。

この辺りは、もともと「台仙坊(房)」
呼ばれていたそうです。
なぜなら、ここの地形が
周りより一段高い丘、台地の上にあったから。

ところが、ある人がここの地名は何かと尋ねて、
「だいせんぼう」と呼ぶと聞き、
誤って「大戦防」と書いてしまった!
(PCやスマホの変換ミスみたいですね)

それがあまりにインパクトがある漢字なので
人の心にどんどん刻み込まれていく。
大きな戦、防ぐ。
そこで、そのままこの辺りの地名を
「大戦防」と書くようになった…
という説です。

誰が間違えたのか?という点については、
地名を入れた提灯をつくる提灯屋さんとか、
測量にやってきた軍隊とか、
これまた諸説があるようです。

「確かに『大戦防』という漢字を見ると
心にずっと刻み込まれそうですね…」

私の心にもしっかりと刻まれたので、
先日、現地に行ってみました。

確かに、この地点の交差点には
「大戦防」の漢字表記が並んでいます。
近くには「大戦防自警団詰所」もありました。
何だか、すごく防御力が高そうな自警団。

…ちなみに、この大戦防の地は、実際に
幕末~明治時代はじめの
戊辰戦争の戦いの舞台にもなっています。
旧幕府軍の大鳥圭介という人が、
明治新政府軍と交戦して勝利を収めている。

大鳥軍は、江戸幕府がその末期に
フランス式で調練させた歩兵、
最新式の武器を持った部隊を率いていたため
かなり強かったんです。
大きな時代のうねりを前にして
旧幕府軍のプライドが
一気に崩れそうになるのを防いだ
とも言えるでしょう。
(最終的には北海道の函館まで行って
抗戦しています)

「だいせんぼう」から
大戦防の表記が生まれていき、
かつ、実際の戦いの舞台にもなった土地…。

茨城県の結城市、
栃木県の小山市との境目の
すぐ近くにあるところです。

地名には、歴史と地理の要素が
ギュッと詰まっています。

…読者の皆様のお近くには、
インパクトが凄い地名はありますか?

◆大戦防
茨城県結城市武井

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