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純粋なベタ(王道)愛と平和のわかちあい/Sharing Love and Peace 

純粋こども心とは、不純物虚偽が混ざっていない事だということは、ほとんどの人の共通理解だと思っています。(小さい子供は、まだ言葉の理解ができないこともあるでしょう)

その純粋さをキープするには、隠し事をしない、嘘をつかないこと(自分自身にも、他人にも)だと思っています。相手を思っての嘘でも、嘘は虚偽であるので嘘をつくのはNG。子どもを上手にだまして、こども扱いするのもNGです。

その隠し事の、コンテクスト(文脈/状況)を説明していくと、本音と建前を使わないということです。自分の本音を隠していることが、すでに純粋ではないことになります。

しかし、その本音が、愛が動機か、怖れが動機かによって、本音についても、本音なのかという疑問がわいてきます。

本当の自分(気づいている心)の動機か、動物脳の自分(考える心)の動機か、ということに気づくには、心(マインド)は真偽を見分けることができないという真理を謙虚に受け入れた上での霊的探究が必要と思っています。自分自身の内観も必要ですが、その内観の効果を出すには、真理を知る意欲がないと、だれかがすごいという幻想にはまります。99.999%以上の人が、自分以外の誰かがすごいという幻想にはまっています。はまる人がいるこということは、幻想という虚偽に計算的にはめている人がいるということです。それは純粋な真理をとらえていない結果です。

すごいのは愛が基盤の本当の自分であるのが答えで、全ての人が一番近くに、すでに答えを持っている存在があるということです。ですので、それに気づいた前提で、この世界でコミュニケーションをとる、いわゆる、できることを無理なく、気はこころの愛が動機で、できることを行動にすることです。

すでに今やっていること、今やっている仕事があなたのできることなので、その動機を、怖れから、愛に置き替えることです。やっていることは何も変わらないけれど、動機が違います。動機は見えないので、真偽を見分けることが他の人にはできません。自分と、神が純粋に知っています。愛が動機であれば、愛が戻ってきます。それが摩訶不思議な宇宙の法則です。

本当の自分は計算的ではないので、損得なしにできるようになることが行動をした結果です。

自分以外の誰かに献身するのではなく、神にのみ献身しましょう。その神は本当の自分ということが答えです。

霊的探究は、神に近づく、本当の自分に近づく行動です。言葉で伝えるのは非常に困難ですが、何をこの人は伝えたいのかを読み取ることをやってみてください。同じ人間なので、必ず伝わると信じています。

真理の見える化 真実度999

今回が、188記事目です。純粋な真理の情報をもとに、愛が動機の文章を書いてみました。届け君の本当の自分へ。


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