【怨み】のエネルギーは、どうしたら浄化できるだろうか。
【怨み】というエネルギーは、見えないから、誰が持っているか、どこにあるのかは分かりづらいけれども、この地球には、まだまだ、在るだろうなと思っています。
分かっていることは、怨みは、ネガティブなエネルギーであり、パワー=ポジティブか、フォース=ネガティブかで言えば、フォースかつ、闇のエネルギーです。誰かのせい、何かのせいにするエネルギーです。
安倍さん事件でも怨みエネルギーはあっただろうし、いじめるエネルギーや、戦争のエネルギーにもかかわるだろうと思います。
怨みを調べてみると、
怨み(読み: うらみ、うらめしみ、表記揺れ: 恨み、憾み)は、他者からの仕打ちに対して不満と思い、憤って憎む気持ちのことを指す[1]。また、心残りや悲しみなどを指すこともある[2]。「怨み」(うらめしみ)という言葉は、形容詞「うらめしい」の語幹に、連用修飾語の「み」をつけたものが語源となっている[3]。怨念(おんねん)、怨恨(えんこん)ともいう[2]。古来は、怨みや憎しみを持った人の生霊や、非業の最期を遂げた人の霊などが怨霊になると考えられていた[4]。
身内(特に親)に対して持っている人は、多いのではないだろうかと思っています。本音と建前の動物脳(本能)=自我(エゴ)を、幼少期から見せつけられるからだろうと思います。
この怨みのエネルギーを生み出しているのは、動物脳(本能)=自我(エゴ)です。そして、その怨みのエネルギーに執着して、許せなくなっていきます。しかし、動物脳(本能)=自我(エゴ)は本当の<わたし>ではないので、その真理を腑に落とせれば、怨みのエネルギーを浄化することができると思っています。
怨みのエネルギーを体験するのも、すべて必然で起きていると思います。すべては、本当の<わたし>に気づくために、ネガティブな出来事が起きていると思います。気づくまで、同じようなことが、何度も起きるはずです。本当の<わたし>とは、愛が基盤の気づいている心の立ち位置の<わたし>です。
ネガティブな出来事だ!と捉えているのは、自分の知覚であり、それに気づくために必然で起きたんだ、感謝ありがとうと、謙虚に素直に捉えられるかの違いなんだろうと思います。
外側で起きている出来事を、どう捉えるかによって、全くもって、世界が変わってきます。それが、心は真偽を見分けられないという、素直で謙虚な立ち位置です。
明らかに、命を脅かしたり、怖れを煽ったり、パワハラや、セクハラをしている人たちは、動物脳(本能)=自我(エゴ)と同一化しています。そのエネルギーに対して、自分の動物脳(本能)=自我(エゴ)で反応せずに、愛が基盤の気づいている心の立ち位置で反応することができるようになるかが、本当の<わたし>を体験するという醍醐味だと思います。
本当の<わたし>を体験するのは、最高の喜びだと思います。
しかし、この地球には、その喜びのエネルギーを出させないようにする、見えないネガティブなエネルギーが、まだまだ、たくさん在ると思っています。
過去の先人の方々が、残したくなくても、残さざるを得なかっただろう、怨みのエネルギーが、まだまだ浄化できていないと思っています。
歴史でもたくさんの争いがあったことが分かります。今生きている僕らが、先祖、親から受け継いできたネガティブなエネルギーは、動物脳(本能)=自我(エゴ)がやらかしてしまったという真理に気づいて、愛が基盤の気づいている心の立ち位置から、ひとりひとりの愛と平和の意識で、人類のネガティブなエネルギーを、たくさんの人で浄化していきましょう。
浄化するには、本当の<わたし>を取り戻さないとできません。
そのために、霊的探究を繰り返し繰り返し共にやって行きましょう。やればできる!!
愛と平和の立ち位置で、真(まこと)の心の立ち位置で、愛が基盤の気づいている心の立ち位置で、地球をネガティブなエネルギーから解放しましょう。
