不可解と理解|ただ主観的に知るということを可能にする
『I<わたし>真実と主観性』 デヴィッドRホーキンズ著 P15~P16
はじめに
歴史を通して、きわめて進化した意識の状態に関する記述や報告がありましたが、たいていそうした記述は断片的で短く、あいまいで不可解なものでした。このような難解な性質から、学者たちは頭を悩ませながら長い年月を費やし、教えの真の意味を解読しようと努めました。神学的な議論や解釈の不一致は分裂を招き、しばしば深刻な結果をもたらしました。
古代からの伝承の多くは、世代から世代へ口頭で伝えられ、それが文書化されるまでに数百年、ひどい場合は数千年以上を経ることもありました。また、解釈の難しさから多くの教えが失われました。おそらく、いちばんの問題は、偉大な師の言葉の意味を聴き手が正確に理解することができなかったということではないかと思います。非二元的な、非線形領域の霊的真理を、時間や継続期間、因果関係、空間といった立ち位置や前提に縛られている自我/自己の合理的/論理的/順次的な箇条書きに翻訳するのは容易なことではありません。
意識の調査によって、覚醒は統計的にも稀にしか起こらない現象であり、たとえ起こったとしても(レベル600)、そのうちのたった二十%の覚者しか通常世界の活動的な生活に戻ってこないことがわかりました。意識レベルが700から800に達すると、たった五%の聖者しか世界と関りを持つことができません。また、意識レベルが900台に至ると、わずか一%しか世の中に戻ることができません。その理由を本書の中で取り上げ、解説していきます。
覚醒を端的に描写するとすれば、自己の本質が現れる状態であり、その状態がそれまでの意識状態に取って代わります。この状態はそれ自体で完結しており、よく「自己実現」(Self-realization)という言葉で表現されています。これから読み進められる体験は、三十年以上もの年月、語られることはなかったものです。というのも、その現象のコンテクストをとらえ直し、意味の通る言葉で表現できるまでに長い年月を要したからです。しかし、表現する能力は非個人的なもので、「神性」から贈られたインスピレーションによるものです。そのことからも、覚醒の状態を人々と分かち合うことが可能であることが示されています。
読者の理解を促し、指針と見解を提供する目的で、さまざまな行程の測定レベルを本文の中で記載しています。その測定された道筋を通ることで、ともすれば不明瞭になりがちな言葉の意味をとらえられるようになります。この方法が有効なのは、無理に理解させるために操作的になることを回避し、代わりに、ただ主観的に知るということを可能にするからです。

歴史的に人間の領域では、肉体と神経系が許容できる最大限の霊的エネルギーは1000に測定されています。このレベルは、偉大な世界の宗教の創始者、すなわち史上の偉大な教師(アバター)であるキリストやブッダやクリシュナなどに代表されます。本書のテーマは、最も進化した人間の意識レベルであり、それは大体レベル850から1000に相当します。”個人”や”人格”の主観的体験や理解では、到底そのレベルについては書くことはできませんので、本書は実際には意識自身によって書かれました。こうした意識レベルは、個人のアイデンティティを超越した根源的な主観性から生じます。そのレベルの意識は、形と言語の領域でコミュニケーションできるように、人間の心と肉体の利便性を利用しているにすぎません。「真理」のパワーは言語から独立していますが、あたかも搬送波のように理解を促すために言語を活用しているのです。
覚醒は形のない状態ですが、覚醒の始まりから最終段階まで生き延びた存在を媒介として、独特のパワフルなエネルギーを発しています。これは後の章でさらに詳しく解説していきます。
真理とは自明のものであり、いかなる外的な支持も同意も必要としません。あらわになった真理の絶対的な主観性は、自我のあらゆる考察や不確かさを払拭します。そして、自我が崩壊したとき、あらゆる議論は止み、ただ沈黙に包まれます。疑念は、自我です。自我は根本的に疑いのかたまりであり、終わりのない問題や疑問、障害をつくることで生き延びています。そして「自己」が表す「絶対的真理」の圧倒的な確信に直面すると、自我は崩壊し、文字通り死んでしまいます。これが唯一起こりうる真の死であり、幻想の自己のみがそれを恐れているのです。
意識レベル600が平和です。愛は意識レベル500、喜びは意識レベル540です。

不可解なものを理解できるようにするには、愛や、慈悲や、その他のパワーが必要だと思っています。容易ではないですが、人間であれば誰でも、やればできると思ってます。
きょんきょんが、全朗読を1年以上かけてやってくれています。20章まできました。あと残り3章です。コツコツと積み上げをありがとう117。さすが天才111きょんきょん。
今回が、166記事目です。数霊/かずたまで、166は、こが58ひさのり108、古賀寿憲166です。神社166。たしかなぬくもり166。記憶のマーキング。
