虚栄心という自我(エゴ)の暴走モード

プライドは、神のために虚栄心を喜んで明け渡すという献身の精神が得られたときに消滅します。霊的に進化すると、自尊心は必要なくなり、何の意味も持たなくなります。プライドも恥も共に自己を重要視する価値判断から生まれます。「真実」においては、”価値”などどうでもいいことです。すべてはあるがままで何の説明も形容も必要ありません。進化した意識にとっては、世界が考えたり信じたりしていることは、何の真実味も重要性もありません。
人間の精神は、あらゆるものを好みや魅力や価値に応じた恣意的な社会のスケールに沿って、格付けしたり、資格を与えたりすることをやめられないでいます。人生は実体のないものを追求するために費やされ、そこではわずかな違いが誇張され、人々は社会的なシンボルを獲得するために奔走します。こうして、はてしなく地位や名誉、財産、あるいは卓越性のシンボルを追いかけるはめになり、しかも同時に何に対しても”正しく”なければなりません。
無意識で、周りからの評価に反応しているのが、虚栄心だと思います。
虚栄心があるから、プライドも恥も生まれています。自分を観察して、霊的探究の道のりにのって、ゆるんで、パフォーマンスをあげていきましょう。
今回の記事が209本目になります。優しい、愛と平和の世界になるように、情報をわかちあいしています。是非、ともに、より良い世界を創っていきましょう。
