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成熟とは、人が非線形的な領域における価値や愛から喜びを得ることを知ることです。

【Q:自我エゴの核となっているのは自己中心性であるとよく言われますが、霊的な目標は自己中心性をなくす、つまり無自己であることです。これらは、対極のものなのでしょうか?】

A:一見すると対極に見えるものは二元性の幻想であり、立ち位置から自動的に生じるものです。行動の質を決めるのは意図意識レベル310です。自己中心性の意図は獲得怖れが基盤することであり、その目的は生存にあります。けれども、自己をなくすことの目的は、与えることと奉仕することです。こうした相反する動機を考察するときに、わたしたちが回避しなければならないもうひとつの立ち位置は、自己中心性や悪を誤りとし、自己をなくすことを善や正義としてラベル付けすることです。これらはただ意識の進化の過程の異なる段階を表す選択肢であるだけで、対極のものではありません慈悲の心で観察する

自己中心性は、その起源を動物界の中に見ることができ、人間の脳に引き継がれた動物脳自我・エゴの名残の働きと見なすことができます。幼児の行動には、それが過剰に見られます。それは生存本能の一部であり、願望や欲求、食欲や生物学的欲動を満たすために機能しています。こうした欲動は、動物がそれを餌や水分、縄張り意識、所有物、交尾の相手などに向けるように、人間生活でも見られます。成人すると、こうした欲求は、所有物や何らかの象徴的な報酬に向けられ、絶え間ない獲得怖れが基盤と利潤の追求にまで拡大します。それが過剰になると、欲に目がくらんでいるとか強欲などと呼ばれ、動物界で言えば”群れの雄ボス”あるいは、”群れの雌ボス”の熾烈なポジション争いを見ることになります。

生理学的、心理学的観点から見て、生存と自尊心のための健全な利己主義がありますが、あらゆる行動が「わたしは~が欲しい」怖れが基盤です。この欲求は、異常なまでの渇望や中毒にまでエスカレートします。

意識が進化するにつれ、幼児は、生き延びるためには自我エゴの欲求や仮定上の権利や期待が満たされなければならないという子供じみた幻想を手放すことを学びます。すると幼稚で自己陶酔的な自我エゴは、赤ん坊と母親の関係のレベルから移動し、自らの成功と生存は、幼児性を脱して協調することにかかっていることを発見します。その結果として自我エゴは、分かち合ったり、我慢したりすることを覚えて愛や賞賛を得ます。この移行期間は、親が適切に責任をもってしつけをするという報賞制度によって成立します。こうしたしつけが十分になされなければ、幼児性は、それに伴う怒りや敵意、自己憐憫じこれんびんと共に尾を引くことになります。成熟とは、人が非線形的な領域における価値や愛から喜びを得ることを知ることです。すると、幸福とは外側から何かを獲得した結果得られるものではなく、内的な自己充実感であることを発見します。完全に成熟すると、何を持っているか、何をしたかではなく、自分自身がどのような状態にあるかということから喜びが生じるようになります。

幼児期の自我エゴは、つかんだり確保したりすることで何かを獲得怖れが基盤しようとします。しかしその後、業績(学校での優秀な成績など)や生産性、あるいは非線形次元での霊的な価値を満たすことによる内的な喜びを得ることを学びます。そして成長するにしたがってより自立的になり、他者を支配しようとすることがなくなります。

自己本位や自己中心性は非常に脆弱ぜいじゃくで、絶えず防御し、賛同と合意を求めます。しかし自我エゴが成長すればするほど、どんどん自立心が確立し、最終的に幸福感と安心感の源は内側にあることを学びます。この認識に至ると、霊的な目的が非常に重要になり、自らが統合的であるか神への献身・神にのみ献身どうかが幸せの基準となります。こうして意識が進化し、自分と神との関係を完成することが究極の目標となります。

はじめのうちは、神は”外側”にいると信じますが、そのうちに生命の源を”内側”にも同時に感じるようになり、最終的には「臨在」は、”外側”、”内側”のいかなる差異も超越した「存在するものすべて」である「自己」本当の自分として立ち現れます。「至高」の存在は、内在的であると同時に超越的なのです。

わたしたちはこの意識の進化ー自我エゴのパターンをたどるーを神へと続く、”自己”の道と呼ぶことができます。(自我エゴの自己陶酔的な核心を段階的に捨て去ることで、真の幸福感や充実感、喜びの源は「自己」本当の自分であることを発見する道です)。虚栄心や思い込みを含めた自我エゴのさまざまな表現は、肥大化した表現であり、自らの考えは貴重で、立ち位置は正しく重要であるという思い込みにとらわれています。自己中心性は、虚栄心と幻想の基盤なのです。

I<わたし>真実と主観性真実度999』デヴィッドRホーキンズ著 P296~298
真実度999

次は、『気づいている心で』という歌を歌わせていただきます。人間の心は2つあって、愛が基盤の気づいている心と、怖れが基盤の考える心があります。怖れが基盤の考える心は、生まれる時に受け継いだ、動物脳(本能)が脳の一部にあって、それと、人間のエゴがほとんど同じであり、私たちは、ほとんど、無意識でこちらで生きています。でも、本当の自分は、愛が基盤の気づいている心であるという真理を、少しでも、みんなで共有できることが、世界平和に繋がると思って、歌とお話で伝え続けています。それでは、聴いてください、『気づいている心で』。

上の文章は、コンサート・ライブの時の『気づいている心で』の約1分のMCです。明日、3/9(日)継続支援ライブでセカヘワ/SEKAHEWA、30分の6曲、歌わせていただきます。

本日2025/3/8 KIN244。3/8は、31歳で戦争で亡くなった、いちこみんのお父さん 髙倉直雄じいちゃんの誕生日です。非線形という、霊的な見えない世界。ご先祖様はあちらの世界で、この地球が愛と平和であること、子孫が優しく生きていけるように応援してくれています。

今回が179記事目です。森羅万象179、ワンダフル179。


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