【Q霊的探究者として、最も価値のある資質は何でしょうか?】セカヘワ通信|愛と平和のわかちあい/ Sharing Love and Peace
誰でも「なんのために生きているのか?」の問いにぶつかったことはあるのではないでしょうか?
「なんのために生きているのか?」という問いに対して、いろんな情報を見たり、聴いたりしてきました。
数学には一つの答えがあるように、数学の流れのように、答えがあると思っています。数学は公式を知っておく必要、公式を覚えておく記憶、その記憶能力をあげていくと、公式と公式をつなぎ合わせるような奇跡の発見に繋がります。
非二元性の宇宙の謎は、人間の脳ではとうてい解くことができないというのが前提です。脳を超えた、もともとの、愛が基盤の”本当の自分”の気づいている心で気づけるもの、それが真理であり、すでにここに在るものです。最先端物理学の量子力学でも解明することは不可能です。
われわれ人類は、無知であることを受け入れる必要があります。意識はグラデーションですが、自我を個人の自分と思いこんでいる意識では、受け入れることはできません。自我は、個人のあなたではありません。自我は、受け継がれた、全ての人に共通する機能・構造です。
まず真理に触れることが必要です。真理は体験することで実証可能です。そのために、真実度999「I<わたし>真実と主観性」の情報をわかちあいしています。
意識しないと、体験もできないし、体験したことに気づきません。わかちあわないと、在る事もわかりません。

真理のひとつですが、われわれ人間の動機は、2つのみです。怖れが動機か、愛が動機か。
計算的であれば、それは、怖れが動機です。
何が、どこまでが、計算的かは、”本当の自分”が知っています。
心(マインド)は真偽を見分けることができないので、状態によっては、自分が選んだ選択の真偽も見分けることができません。
怖れが基盤の考える心は、ネガティブなことから、密かな快楽を得ます。
そして特質が、執着心です。執着していって、最後は、自分自身に魅了されて、自分自身に執着します。プライド、虚栄心、自己陶酔性です。その逆が、真の謙虚さです。
プライド、虚栄心、自己陶酔性が問題なのではなく、そこから得る快楽が問題です。脳は快楽にとても弱いです。
喜びの源は内在しているので、失われることがない事に気づけば、怖れは減少します。これも真理のひとつです。
怖れがあるから、動機が怖れになります。
そろそろ、「なんのために生きているのか?」という答えを書きます。
答え
今やっている事、やりたい事、自分が選択している動機を、愛に置きかえる体験をするため。
愛に置きかえるって、どういうことだろう?これが、霊的探究のスタートになる方もいるかもしれません。
気づきとは、真理を体験することです。
体験したことを、計算的ではなく、動機を愛でわかちあいましょう。
宇宙側の介入、ファーストコンタクトがあるには、意識レベルを、地球人類側でまだまだ向上させる必要があるようです。そこにはベタなほどの真理が必要です。宇宙船のお迎えがきたら、怖れが動機ではなく、愛が動機で、宇宙船に乗ってください。
