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争いを起こしてるのは自我(エゴ)=動物脳(本能)

愛と平和は、自我エゴ動物脳本能の最大の脅威であることを忘れてはなりません。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P401
人類生命学

自我エゴ動物脳本能は無意識の奥に深く刻まれた立ち位置を持ち出すことで、自らを防衛しようとします。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P401

日常の中で争いを起こしているのも、イスラエルで戦争を起こしているのも、同じ人間の自我エゴ動物脳本能です。

セカヘワ/SEKAHEWA

本当の自分は、愛が基盤の気づいている心です。

神は、平和、愛、静寂、美の根源であり、そのあらわれである。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P219

世界平和は いつだって 君という 原点から はじまる

「願い」 在日宇宙詩人 黒瀬直紀

【Q:神に至る道は何万通りもあるといいます。しかし、数多くの宗教や霊的な組織が、自分たちのところが唯一の道だと表明しています。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか?】

A:あたかも唯一の道であるかのように表明するのは、たいがいは無知、あるいは他者を支配しようという試みから生じています。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P155

繰り返しますが、謙虚さは、何度言っても足りないほど重要な事実を受け入れる姿勢をつくります。ーーその事実とは、人間の心(マインド)は真偽を見分けることができない、ということです。この事実が誤りであれば、歴史に戦争はあり得ませんし、さまざまな社会問題も、無知も、貧困も生じていないはずです。人類はとっくに覚醒しているはずですし、何世紀もの間、意識レベルが190にとどまっているわけがありません。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P167

自我エゴの執着の源を発見するにしたがって、〈わたしたちは自分自身に魅了されている〉というきわめて重要な驚くべき発見に至ります。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P82

心には、”考える心”と”気づいている心”があります。”気づいている心”の気づきは、自律的で、人生の状況をすべて包含しています。考えたり解明したりするのではなく、知っている状態を基盤にしています。言い換えれば、計算的ではなく、自発的かつ静かに機能します。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P389

「真実」においては、天国や神、あるいは「究極の真実」の純粋性を脅かすものなど存在し得ないのです。「真実」は存在しますが、架空のものは存在しません。「真実」が架空のものによって脅かされることはあり得ません。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P260

自分自身も含め、誰も好んで自我エゴ動物脳本能を作り出したわけではないとわかれば、その罪悪感から解放され、自分自身や他者に対してもっと思いやりを持つことができます。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P161

わたしたちは自我エゴ動物脳本能を”それ”として受け継ぎました。そして、実際に”それ”は非個人的なものです。あなたがそれを自分だと思い、同一化したときにはじめて問題が生じます。”それ”という自我エゴ動物脳本能の構造は、それほどユニークでも特徴的なものでもありません。多少のカルマの違いがあるだけで、比較的誰でも似たような”それ”を持っているのです。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P161

愛は二元性を超えています。主体も客体もいりません。愛は「真実」の特性で、環境に依存していません。明け渡しによって、「神性」の無限なる慈悲が障害を取り除き、神の顕在として存在するものすべてを無条件に愛します。唯一、幻想がこの明白な真理を覆い隠しているのです。覚醒とは、真理を実現する障害が取り除かれたときに現れる真理にすぎません。太陽が、雲が取り除かれたときだけ輝くという条件的なものではないのと同じことですーーただ、輝きが明らかになったのです。

『I<わたし>真実と主観性』デヴィッドRホーキンズ著 P84

大切な核になる部分を集中して並べてみました。第1回セカヘワコンサートのおかげさまで、あらためて大切な部分に気づきました。今までの記事の中のどこかに詳しく書いてあります。是非とも、霊的探究を楽しんでみてください。今回が、164記事目になります。


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