「警察が調査に入っている」との答弁ーー信頼は検証可能性から生まれる【第6回・最終回】
行政だけでは説明できなくなっているのか
今回で、本シリーズ「信頼は検証可能性から生まれる」は最終回となります。
これまでの記事では、
内容や様式の異なる「いじめ対策委員会記録」が開示されていたこと
教育委員会が「両方とも正本です」と答弁したこと
修正履歴や作成者について「把握していない」と繰り返したこと
保存期間が全校で未整備だったこと
教育長答弁と実態に齟齬が見られたこと
などを書いてきました。
そして今回、生活文教委員会で、さらに重い答弁がありました。
「警察が調査に入っている」
委員会質疑の中で、理事者側から、
「警察が調査に入っている」
との答弁がありました。
伊藤は、この答弁の重さを軽視すべきではないと考えています。
なぜなら、これは伊藤や請願者側が言っている話ではなく、理事者側の答弁として出てきた言葉だからです。
なぜ、そこまでの話になっているのか
今回問題となっているのは、単なる「書類の違い」ではありません。
これまで委員会で確認されたのは、
同一日付なのに内容が異なる記録
「両方とも正本です」という答弁
修正履歴や作成者を「把握していない」という説明
第4回記録の欠落
保存期間未整備
「作成していない」「確認できない」「廃棄」が大量に存在していたこと
などです。
つまり問題の本質は、
「何が正式な記録なのか」
を、行政自身が説明できなくなっていることにあります。
「確認できない」が繰り返された委員会
今回の委員会では、
修正履歴
作成者
回数表記が存在しなかった理由
廃棄の経緯
未作成なのか、保有していないのか
などについて確認が行われました。
しかし、その多くに対し返ってきた答弁は、
「把握していない」
「確認できない」
というものでした。
行政において、公文書とは、本来「後から検証するため」に存在するものです。
しかし今回の問題では、その「検証可能性」そのものが崩れているように見えます。
「内部統制を強化している」との説明との矛盾
第2回の記事でも書いた通り、市側は個別外部監査制度導入を求める請願に対し、
「内部統制を強化している」
ことなどを理由として、「不要」と主張していました。
しかし現実には、
正本管理
修正履歴管理
保存期間管理
そのいずれもが十分機能しているとは言い難い状況が、次々と明らかになっています。
そして最終的には、
「警察が調査に入っている」
という言葉まで、理事者側答弁として出る事態となりました。
これは教育分野だけの問題ではない
伊藤はこれまで、
鷹の台駅前広場整備工事
一橋学園駅タクシー乗り場整備工事
雨水流出抑制施設設置工事
などについても議会で取り上げてきました。
分野は異なりますが、そこでも繰り返し問題となったのは、
記録が残っていない
経緯が確認できない
後から検証できない
という点でした。
そして今回、教育分野においても、同様の問題が浮かび上がっています。
つまりこれは、一つの学校や一つの部署だけの問題ではなく、
「小平市は本当に、後から検証できる行政運営になっているのか」
という、行政全体に関わる問題なのではないでしょうか。
問われているのは「信頼」
今回の問題については、
虚偽公文書作成
公用文書等毀棄
などに該当し得るのではないかとも考えられます。
もちろん、現時点で違法行為があったと断定することはできません。
しかし問題は、行政側が、
なぜ内容が異なるのか
いつ変更されたのか
誰が作成したのか
なぜ記録が存在しないのか
について、十分な説明を行えていないことです。
つまり、
「犯罪の可能性がある」
ということ以上に、
「その可能性を払拭できるだけの説明ができていない」
こと自体が、極めて深刻なのではないでしょうか。
信頼は検証可能性から生まれる
本シリーズでは、個別外部監査制度の必要性から始まり、公文書管理、内部統制、教育委員会答弁まで、一連の問題を整理してきました。
伊藤は、行政への信頼を高めるためには、
後から検証できること
記録が適切に保存されること
誰が見ても公平・公正な運用がされること
が不可欠だと考えています。
信頼とは、
「大丈夫です」
と言われることで生まれるものではありません。
後から検証できること。
説明できること。
その積み重ねによって初めて生まれるものです。
だからこそ伊藤は、今後も、
公文書管理
検証可能性
行政運営の透明性
公平性、公正性
の確保に向け、議会での追及と提言を続けていきます。
「信頼は検証可能性から生まれる」
この言葉の重みを、改めて強く感じています。
