それで大丈夫─ 私一人で娘を育てた覚えなんて、どこにもない
育てるとは、どういうことだろう。
「こどもは母親が育てるのが一番」
そう言われて仕事を辞めた同僚がいる。
「うちはおばあちゃんに面倒を見てもらっていたから三文安なんだよね」
髪を切りながら、そんなふうに笑った美容師さんがいる。
「そんなに早くから
保育園に入れるなんて可哀想って言われるの、
あるあるだよね」
同じように働く母親たちと、そんな話で盛り上がったこともある。
仕事をしながらこどもを育てるのは、子育てではないのだろうか。
「地域で子育てを」
「みんなで子育てを」
そう言うくせに、
母親が仕事をすると途端に眉をひそめる人が、
一定数いるのはなぜだろう。
そもそも、育てるとは何なのだろう。
四六時中そばにいることだろうか。
十分に手をかけることだろうか。
それとも、自分以外の誰かの力を借りずに成長させることだろうか。
もしそうなら、私はずいぶん前に親失格だ。
娘のトイレトレーニングは保育園で覚えたし、
小学校の先生には算数を教えてもらった。
友達とのけんかから人付き合いを学び、
祖父母に甘やかされ、
本に励まされ、
テレビや漫画から夢中になる楽しさを知り、
動画アプリに暇な時間を埋めてもらいながら大きくなった。
私一人で育てた覚えなんて、どこにもない。
そして、だからこそ娘は、
私の予想もつかない行動で、
自分らしく人生をつかみ取っている。
たくさん見て、
たくさん聞いて、
たくさん笑って、
たくさん寂しがって、
たくさん甘えて、
たくさん強がって。
たくさんの人やものに支えられたからこそ、ここまで育ったのだと思う。
「いま、このとき、
こどもがたくさん吸収できる時期だから、
いろんなことに触れさせてあげて」
そんな言葉を聞くたびに思う。
その「いろんなこと」の中には、
保育園も、
おばあちゃんも、
本も、
漫画も、
動画アプリも
全部入っていていいじゃないか、と。
母親だけが育てるのではなく、
家族が育て、先生が育て、友達が育て、本や物語が育てる。
そして何より、こども自身が、自分で自分を育てていく。
子育てで精一杯だった。
毎日を無事に過ごすことに精一杯だった。
こどもが不自由しないようにと神経をとがらせながら、ただ必死だった。
そんな私に、
「それで大丈夫」
と言ってくれる人は、あまりいなかった。
だからこそ思う。
今まさに子育ての真っ最中にいる人たちも、
きっと同じような言葉に傷つき、
同じようなことで悩み、
それでも同じように我が子を愛しているのだろう。
保育園に持参するお昼寝布団を抱えて走るとき、
入学前の「算数セット」に手が擦り切れるほど名前を書くとき、
泥だらけの体操服を洗うとき、
大量の唐揚げを揚げるとき、
蹴っ飛ばしたタオルケットをおなかにかけるとき。
それは全部「子育て」なのだと、胸を張っていいと思う。
育てるとは、母親が一人で背負うことではない。たくさんの人やものに助けられながら、
その子が安心して世界と出会えるように見守ること。
そして、その子自身が、自分の力で育っていくこと。
私は今も、「育てる」の正解は分からない。
でも少なくとも、娘をここまで育ててくれたのは、私一人ではなかった。
そして、それを私は、よかったと思っている。
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