一周回って気づく先生の気持ち
先日書いたディスグラフィアでの困り事を月1通っている精神科の先生にも話した。
話すうちに学校に理解してもらえなかった過去の出来事も伝えることとなり、先生は親身になって聞いてくれた後、すぐに、キッパリと
「診断書を出してみましょうか。それを持って説明すれば伝わりやすくなると思います。」
と言った。
私は正直『うちのコ診断ついてたんだ。』
と思った。今まで書字や動きのぎこちなさでリハビリを受けてきたものの、診断名を告げられたことは一度もなかったからだ。
安易に診断しないタイプの先生なのかな、と初めはモヤモヤしたものだった。
でも今回は「◯◯ちゃんにとって、たくさん書くことは百害あって一利なし。◯◯ちゃんが嫌でなければ、診断書を持って合理的配慮を求めましょう。」とまっすぐに伝えてくれ、一瞬戸惑った私(と娘)も『はい!』と先生と心の手を繋いだ気持ちになった。
しばらくして、思った。
先生が診断を下さなかったのは、娘の困り事は『学校という環境において』困難が生じるものばかりであり、社会に出れば工夫や道具で十分対応できるからではないか、と。
しかし今回は障害が娘の『今』に一定のレベルを超えて困難を与えているから『診断書』というカードが必要と判断してくれたのではないか。
そう思い至った時
ああ、専門家はスゴイな。
と胸が熱くなった。
そして視界がパッと開けてクリアになった気がした。
私は理解するのに今まで時間がかかった。
(モヤモヤの時に「診断名はつかないんですか?」なんて聞かなくてよかった…笑)
今月の来院時に診断書をいただく予定。
私は『証明』しないと伝わらない困難(障害)がたくさんあることを知った。
だって相手は知らないんだもの。それは仕方がない。
だからこそ、建設的な対話に繋がるよう診断書というカードを、大切に使ってみようと思う。
