見出し画像

竣と少女と周三のある暑い夏 ⑤

目の前に広がる駐車場は軽く100台分以上はある。

「こっちよ」

 少女は病院の中へと導く。
 こいつ何でじいさんの行き先を知ってるんだ?と思いながら、少女の背中を追う。
少女は病院の中を迷いもなく進んでいく。

「この病院のこと知ってるのか?」

「つまらないことをいちいち考えるのはやめなさい。ほら、あそこの部屋よ」

と少女が指差す先の病室に周三の背中が見えた。

 いた! 思わず声をあげそうになる。

「しーっ。あなた、周三じいさんに内緒で来たんでしょう」
 竣は息を殺して周三の様子を伺った。

 じいさん、毎日、見舞いに来ていたのか。

 周三はベットに寝ている患者に話しかけている。
耳を傾けると、いくつかの単語が拾えた。
ラジエターとかブレーキパッドといった言葉が聞こえた。どうやら仕事の話をしているらしい。それが終わると、昨日のニュースの話や天気の話をしているようだった。

 しばらく眺めていたが、どうもおかしい。
周三が一方的に話すだけで、返事が返ってきている様子がない。
ベットに寝ている患者さんはしゃべることが出来ないのかな。
竣がそう思っていると周三の声が少し変化し、張りがあるはっきりしたものになった。

「ボウズが仕事を手伝ってくれるんだ。子供だと思っていたが、案外しっかりしておる。車のコトもよく知っている」

 竣は身構えた。普段は愛想のない周三が自分のことを褒めている。大人に褒められ慣れていない竣にとってその言葉は、突然の意外な出来事だった。照れくさかったのか、嬉しかったのか、なぜかはよくわからないが顔が真っ赤になった。

「行きましょう。もう周三さんのことはだいたい分かったでしょう。あまり盗み聞きしすぎるのもよくないわ」

 竣と少女が病室から離れた。
 それにしてもあの患者は誰なのだろう。その疑問で竣の頭の中がいっぱいになる。

「ベットで寝ていた人は周三さんの奥さんよ」

 少女がぽつりと言った。
竣は、自分が生活してきた世界とはあまりにもかけ離れた病室の風景を前に何から尋ねれば良いのか分からない。

「病気なの?」

そんなの当たり前の質問しか出来なかった。

「そう、もう十年もあんな風に寝たきりなの」

「十年も!」

 竣が驚きの声をあげる。

「そう、食事もできない。自分で体を動かすこともできないのよ。意識はあるのにね。」

少女は悲しそうな顔をした。

「でもね。たまに、ほんのたまになんだけど、体を動かせるときがあるの。体って言っても、瞼と口の周りだけなんだけどね。」

 竣は少女の話を聞いて、身体を固くした。
 意識はある。考えている。なのに何も言えない。はいもいいえも伝えられない。そんな生活ってあるだろうか。
 考えただけでも恐ろしい。
 竣も悲痛に顔を歪めた。

「かわいそうだね」

 搾り出すようにしてやっとそう言った。

「ありがとう。そういってくれるだけで、うれしいわ」

 
 周三と竣の二人の生活も一週間ほどが過ぎた。
周三は午前中病院へ見舞いに行き、帰ると夕刻近くまで作業場で車を修理する。夜は車の模型を作るのが日課だ。

 竣は周三の修理作業を手伝うほかは、車の雑誌を眺めたり、周三の模型のコレクションを眺めたりしながら、気ままな時間を過ごす。
 ある日、周三が病院から帰ってくると、いつもは部屋でごろごろしていることが多い竣の姿が見えなかった。

 そのうち帰ってくるだろうと、特に気にすることもなく、いつものように修理作業をしていると、まもなくして竣が帰ってきた。
 見ると右の目元を紫色に腫らしている。

「どうした?」

と周三が聞くが竣は「なんでもない」と言うだけだ。

「おまえ、最近、よく出かけるようになったけど、どこへ行っているんだ」
 
竣は「ちょっとその辺を散歩しているだけだ」と言う。

 どうやら街の子供とケンカでもしたらしい。
この辺りは山の麓で人家もほとんどないが、隣街に行けばちらほらと人家もあり、公園には子ども達もいる。
意思疎通の下手な子だ。子供どうしケンカもするだろう。その程度に思い、周三は気にもとめなかった。

 その晩、いつものように二人での夕食を終え、周三が模型づくり専用の机に向かった時だった。

「竣!」

という雷にも似た怒号が部屋を揺らした。

 竣は身構えた。怒鳴られた理由は察している。

「ちがうんだよ。ボクが悪いんじゃないんだ」

とまずは言い訳から入る。

「おまえしか居ないだろう。ここにあったワーゲンバスを持ち出したのは!」

 周三の指差した箇所にはそこにあるはずのワーゲンバスタイプⅡの模型が消えていた。

「だってちょっと借りただけで友達に見せたらすぐに返そうと思ったんだよ」

「どこへ持っていったのだ」

 周三が殴りかからんばかりの勢いで竣を攻め立てる。あまりの剣幕に泣きそうになりながら竣が答える。

「公園に持っていって、友達の健くんに見せてあげたんだけど、そこに中学生のグループが来て、『ちょっとだけ貸してくれ』って持って行っちゃったんだ」

「馬鹿者!!」

 脳天から突き刺すような声。竣は思わず肩をすくめた。

「ごめんなさい。明日もたぶんその中学生のグループが公園に来るから、必ず返してもらうから」

 というが、そんなことがあるはずがないことは竣が一番よく分かっている。その後も竣は言い訳を試みたが、周三の怒りは収まらなかった。

「お前など出て行っちまえ!」

 これで2度目だ。だからボウズを預かることなど嫌だったんだ。周三は舌を打ちながら呟く。
 
 翌朝、竣は家を出て行った。
周三の怒る様子から、とても許してくれそうにない。しかし行き場所がない。

 施設に戻るしかないか…。

 そう思って、街に出ようとした。

 重い足を引きずりながら坂を下りる。いくつものカーブを曲がると、やがて人家が見えてきた。

 ここにも車の修理工場があるのか。

 大きなガレージの中に数台の車が置かれているのが見えた。向こうには廃車置場らしき場所も見える。竣が吸い込まれるように作業場を覗き込んだ。

「何か用か? 子どもが来る場所じゃない」

 伸ばした白髪をうしろで束ねている。浅黒い顔をした老人がレンチを片手に鋭い眼光で竣の前に立った。


(第6回に続く)

いいなと思ったら応援しよう!

森田 洋之 夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)