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竣と少女と周三のある暑い夏 ⑦


「最近来ないと思ったら、なんだか困ってるみたいね」

 と少女。
なんだか気味が悪いが、竣は「そうだよ」と答える。

「周三さんも困ってるのよ。助けてあげて」

「だって、オレはあのじいさんとケンカして出てきたんだぜ」

「そんなのもう気にしていないわよ」

 少女は拒む竣を無理矢理、周三の家へ連れて行った。
部屋の中は以前にも増してスえた臭いが充満していた。床には乱雑に物が散らばりそのなかに布団がひかれていた。
周三は伏していた。

「じいさん、オレだけど…」

「おお、おまえか。どこへ行っていた?」

 周三の声は明らかに弱っていた。

「その辺でぶらぶらしてたよ」

 何となくそう答えた。

「じいさん、病気かい?」

「どうもそうらしい。すぐに治ると思っていたんだがな…」

 聞くと、熱が下がらず買い物に行くことも出来ないという。冷蔵庫の中が空になっていた。ろくに食べていないようだ。

「栄養をつけようにも食う物がなくてな」

「オレが何か買ってくるよ」

 竣はバス停へと走り、町へ出た。
 当面の食料を買い出した。菓子パン、カップ麺、果物の缶詰、プリン、ヨーグルト、ケーキ、それに果汁たっぷりのジュース。周三が食べられそうなものを手当たり次第に買い込み、周三に食べさせた。その後も、買い物や家事を次々とこなした。途中だったワーゲンバスの修理ももちろん気になってはいたが、病気の周三を放っておくわけにもいかない。何より、周三の身の回りの世話をすることが不思議と嫌には感じなかった。いや、むしろ楽しめていたのかもしれない。これまで一人で生きてきて、誰かの世話になることはあっても誰かの世話をしたことはない。何の得にもならないことなのに、なぜ自分はこんなことをしているのだろう?竣にとって、こういう気持ちは初めてだった。

 数日後、栄養を摂った周三は起き上がることが出来るようになり、やがて外を散歩できるまで回復した。

「まだ、ふらふらするが、なんとか大丈夫だ。それにしても、おまえが帰ってきてくれなかったら、どうにもならなかった」
 

「じいさん、お願いがあるんだ。」

と竣は切り出した。

「坂を下って、街に出る途中に修理工場があるだろ。そこの廃車置場にあるワーゲンバスを今、オレが直しているんだ」

 周三はそこまで聞いて、顔をしかめた。

「あの工場に行ったのか?」

「廃車置場のワーゲンバスの中で泊まってたんだ。もちろん許可をもらってだよ。じいさん、知り合いなの?」

「知り合いってほどでもないがな…」

 周三はそこで言葉を切った。
あのじいさんと周三との間に何かがあるらしい。

「そのワーゲンバスをオレが直してるんだよ。工具とかライトとか借りてさ。ラジエターだってイカレてたのを何とか使えるところまで直したんだ」

「それでなんだと言うのだ」

「どうも電気系統もダメみたいなんだ。一度、一緒にみてくれない?」

「オレにそこへ行けというのか? 断る。そこの工場の人間に見てもらえ」

「ダメなんだよ。そこのじいさん、とんでもなく気が短いらしく、全然相手にしてくれそうにないんだ。職人さん達も忙しくて時間が取れないって」

 周三は竣の依頼を頑なに拒んだが、竣も折れなかった。

「頼むよ。お願いだよ。もう一歩で動くようになると思うんだ。そんなに時間もかからないと思うよ。もし、じいさんが手伝ってくれたら、オレ何でも言うこと聞くよ」

 周三は竣の顔を見つめた。
竣がそこまで言うとは思わなかった。あれほど人に言うことを聞かない子どもがここまで言うとはよほどの信念をもっているらしい。それにその廃車にされて放置されているというワーゲンバスタイプⅡにも会ってみたい気もする。

周三も思わず、

「ほんのちょっと見るだけだぞ。電気系統なんかそんなに簡単に片付くものじゃない」

「うわー、ありがとう」

 早速二人は太郎の工場に向かった。
 太郎の工場に着くと、周三の様子が変わった。辺りをきょろきょろと見回し、なんとなく落ち着かない。
 二人が廃車置場に着いた。

「おお」と周三は思わず感動の声をあげた。

「このタイプのものにしてはかなり状態がいいな」

 前から横から後ろからしげしげと見つめる。

「ね、すごいでしょう。この顔がかわいくていいんだ」

と竣。

二人がワーゲンバスの検分を始めてしばらくたった時だった。

「久しぶりだな」

 野太い声が後ろから聞こえた。周三が振り向くと太郎がいた。
周三もさっきまでの態度とは打って変わり、落ち着いた声で、

「久しぶりだな」

と返した。
鋭い視線がぶつかりあう。一気に辺りの空気が張り詰めた。
竣は息を飲む。だまって見つめるしかなかった。
どうやら二人は知り合いらしい。が、ただならぬ雰囲気だ。
それは積年の思いが絡み合った瞬間だった。

「この坊主はおまえの孫だったのか」

と太郎が尋ねると、周三は、

「孫ではない。だが、オレが保護しているようなものだ」

と答えた。意外な返事に竣は思わず唾を飲み込んだ。

「保護しているのなら、なんで廃車置場で寝泊りしているのを放っておくのだ」

「別に放っておいたわけではない。オレが病で倒れている間、こいつが勝手に家を出ていっただけだ」

と周三。

「ところでこのワーゲンバスをうちのボウズにくれてやったのは本当か?」

「あげたわけではないが、欲しいなら勝手に持っていけ」

「別に欲しいわけではない」

 微妙な駆け引きのようなやり取りだ。
竣は黙ってみているしかない。言葉は少ないが、二人のひと言ひと言が妙な重量感を持っている。
聞いているだけで行間に隠れている二人の複雑な人間関係を察することができた

「ところでそんな廃車に手を出すほど暇なのか」と太郎。

「オレのほうは、とっくに仕事は足を洗った。今は知り合いから頼まれた時だけ細々とやっているだけだ」

 太郎は周三の言葉を深い眼差しで聞いている。長年の時の流れを噛み締めているようだった。

「だったら好きにしろ。じっくりやればなんとか走るかもしれない。金にはならないだろうがな」

 太郎の言葉を受けて、周三は竣を見た。
 竣はうれしそうに頷き、「ボクが直すよ」と言った。太郎は用事が済んだとばかりにあいさつもなく、工場へと戻っていった。

 理恵が様子に気がついて家から出てきた。前掛けで手を拭いながら小声で竣に言う。

「あんた、意外とやるわね」

 竣が訳も分からず理恵を見る。

「だって、私、あの二人が話しているのを初めて見たわ。」




暑い夏。地方都市の小さな自動車修理工場で若かりし頃の周三が油まみれで働いている。周三は汗だくだ。

「おい周三。水を飲まないと干からびちまうぞ」

太郎が笑顔で水筒を差し出す。


(第8回に続く)


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森田 洋之 夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)