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竣と少女と周三のある暑い夏 ⑥


「な、なんでも手伝うから…働かせてもらえませんか?」

 思わずその言葉が口をついた。
 老人は日に焼けた顔を竣に向けた。同情とも困惑ともいえない顔で竣を見つめる。
 竣は瞳の奥に温かいものを感じた。 このじいさん、もしかしてオレの話をわかってくれるのか。

「車のことなら何でも知ってるよ。どんなことでもするよ」

 竣はここぞとばかりに訴えた。

「うちに子どもの居場所はない。うちは3人も職人を雇っていて皆、朝から晩まで休む暇もないんだ。危ねえからここに入ってくるな」

 冷たくそう言うと踵を返した。

「たのむよ。行く場所がないんだ」

 竣が束ねた白髪に向かって叫ぶが、その声はグラインダーの機械音にかき消された。
 予想外の幸運だと思ったがはかなく砕けた。
 竣が諦めて街へ向かって坂を下りようとした。
 その工場から少し離れた広い敷地に無造作に車が並んでいた。ボンネットがはずされているものや、フロントガラスが割れているものもある。廃車置き場だ。
 竣が興味深そうに廃車のヤマを見渡す。
 タイヤが取りはずさた日産グロリア。シャシーがはずされて座席が雨ざらしになっていてもそれがセリカXXであることは竣にはわかった。
その中に、ワーゲンバスタイプⅡを見つけた。深緑の車体に丸い目が愛くるしい。
 竣の胸が躍りはじめた。ワーゲンバスは子犬のような表情で竣を見つめ返してくる。

こんなところでお前に会えるとは思わなかったよ。

 なぜだかこの車の表情や車体を見ていると友達のように思える。車体のラインはずんぐりだし、表情もどこかとぼけたところがある。それだけに気の許せる友達のような気がするのだ。
 それにワーゲンバスの模型を持ち出して怒られて、ここでまたワーゲンバスに出会うなんて、何かの運命に違いない。

 竣はワーゲンバスの周りを何度も周りながら観察する。後部のバンパーがはずされていた。他にも左のサイドミラーが割れており、車体のところどころに大きな傷がついている。が、他に目立った損傷は見られなかった。
タイヤの空気だってまだ半分くらい残っているみたいだ。

 エンジンか、ミッションか、中の方がイカレちゃってるのかな。
そう思いながら、ペタペタと車体をなでながら見回した。
 ドアに手をかけると鍵はかかっていない。
 中に入った。座席も壊れていないし、見たところハンドルも問題なさそうだ。アクセルとブレーキを踏んでみても、とりあえず問題は見つからない。
なんで廃車になったんだろう?
 そう思いながら、後部座席に寝転んだ。

こりゃいいや。

 寝心地は快適だった。
ちょうど日も傾きかけている。

今晩はここにいるとするか。いや、ずっとここに居てもいいな。

 ワーゲンバスの中で竣は吸い込まれるようにして眠りに落ちた。
翌朝、サイドガラスから差し込む朝日で目が覚めた。
腹が減っている。
町へ出て食料を探そう。コンビニの裏のゴミ置き場を漁れば売れ残ったおにぎりやサンドイッチ、賞味期限切れのお菓子にありつける。そう思っていたときだった。

「あんた、昨日うちのじいさんと話していた子でしょう。こんなところで何をしているの?」

 女性だった。
 三十歳くらいだろうか。ジーンズ姿のラフな格好で、大きな瞳でワーゲンバスの窓からこちらを覗き込んでいる。

「もしかして、あんた帰る家がないの?」

 竣は頷いた。

 あんた、その年齢で行き場所がないってことは、ひとりでどうやって生活してきたのよ」

同情とも呆れともつかぬ顔で言う。

「いろいろさ。施設に居たこともあるし、大人の人の家に泊めてもらってたこともあるし…」

「それで今は泊まることがないってことなの?」

 竣はうなずいた。

「それにしても困ったわね。うちにはあんたを面倒見る余裕はないのよね。わたしとダンナは昼間は働いているし、おじいさんは工場の仕事で手一杯だし」

「べつに面倒を見てくれなくてもいいんだ。ここで働かせてほしいんだ」

 女性が信じられないと言った表情で竣を見た。

「車のことならだいたいのことは分かってるから」

「へー、大した自信ね。でもあんたみたいに小さい子どもがうちの工場でうろちょろしてたら危ないわよ。なんたってうちの工場は少数精鋭でやってるからね」

 竣は目をむいて言った。

「前にいたところではちゃんと手伝ってたんだ。タイヤの交換も、ワイパーの交換だって、だってできる。ボンネットの交換だってやったことあるよ」
 むきになって言う竣を女性は興味深そうに見ている。

「あんた、なかなか面白そうね」

竣はこの人なら理解してくれそうだと感じた。大人としゃべったとき、自分を受け入れてくれる人かどうかはすぐ分かる。

「とりあえず分かったわ。うちのおじいさんにはうまく言っておくから。わたし、理恵っていうの。よろしくね」

 竣は目を輝かせて、ありがとうと言った。とりあえず理恵はこのワーゲンバスに居ることを黙認してくれた。このワーゲンバスに居ていいんだ、と思うと腹の底から喜びが湧きあがってきた。

 その日は町に出て、廃棄のコンビニ弁当を手にいれた。腹が満たされたあとはワーゲンバスの下にもぐり、痛んでいる箇所を調べた。
 理恵は夕方、食べものを持って竣の様子を見にきてくれた。

「車の下になんかもぐって、どうしようっていうの?」

「この車、古いタイプだけど案外よく手入れされているんだ。きっと車を大事にする人が持っていたんだよ」

「へー、どうしてそんなことが分かるのよ」

「だってエンジンオイルだって何度も取り替えていたみたいだし、ブレーキパッドも新しいんだ。それに、エンジンだって分解した跡があるから、きっと一度はメンテナンスされているよ」

 大人顔負けの知識に理恵が感心しながら聞いている。

「ねえ、オレこのワーゲンバス直してもいい?」

「直すって、あんたがひとりで? そんなことができるわけないわ。それに部品も道具もないじゃないの」

 理恵が呆れるように言う。

「だから、工場から道具とか、材料とかを借りてさ。ね、いいだろ?」

「そう言われても、車のことは私には分からないわ。うちのおじいさんに聞いてみればいいじゃない」

 竣はすこしがっかりした。あのおじいさんがオレの話を聞いてくれるはずがない。

「悪いけど、理恵さんから言ってみてくれない?」

「わたしがそんなこと言ってもダメよ。わたしは看護師で車のことは全然分からないし。でも、あなたが自分で言うのならば一緒に付いて行ってあげるわ」

 竣は理恵から、老人の名前は太郎と言うことと、気が短いので用件をズバリと言った方がいい、というアドバイスを受けた。

「一度、廃車にしたものを今さらどうしようって言うんだ。第一、何ヶ月も雨ざらしにしておいたんだ。もう手遅れだ」

 太郎は作業をしながら面倒くさそうに言い切った。

「そんなことないよ。ブレーキパッドも新品だし、車体の傷は目立つけど、中はまだまだ大丈夫だよ」

「おまえ、調べたのか」

 太郎が作業の手を止めて振り向く。

「毎日のように潜って調べたんだ。ライトがないから良く見えないところもあるけど」

「見てのとおり、この工場はオレと職人三人でフル回転なんだ。採算の合わないポンコツに時間や手間を割いている場合じゃないんだ」

 理恵が口を挟んだ。

「だったら、おじいさん、この子の好きにやらせてみたら。どうせポンコツの廃車なんでしょ。おじいさんや修理工が手伝う必要ないわよ」

 そういわれると太郎も反対はしにくい。
 竣はライトや工具を借りて、自分の手でワーゲンバスに立ち向かうことになった。
 竣はライトを片手にワーゲンバスの下に潜ると朝から晩まで食事もろくにとらずに調べ始めた。エンジン、ブレーキ、駆動系の油を拭き取り、レンチで叩きながら舐めるようにチェックした。

 数日間その作業に没頭した。
そして竣は工場の昼休みの時間に一人の職人を捕まえた。佐々木さんという二十代の青年だ。
 作業場の裏の見渡しのいいベンチに座ってパンを齧りながらスポーツ新聞を読んでいた。

「佐々木さん、ちょっといい?」

 竣が笑顔を作って近寄った。大人に頼みごとをするときの交渉術は竣にとって生きるための知恵だった。虚勢を張ったり、幼さを演出したりと状況と相手の顔色を見て瞬時に判断する。
 佐々木さんは「何か用事かい?」と柔らかい表情で竣の話に耳を傾けてくれた。
 竣は瞬間、これはいけると思った。

「佐々木さんは車の修理をやって何年くらいなの?」

「そろそろ十年になるかな」

「へー、だったら、ひと通りのことは出来るんでしょう?」

「まあね。たいていのことは出来るよ」

「すごいや。ぼくも早く一人前になれるように勉強したいなあ」

「一生懸命やれば君にもきっとできるよ」

 と機嫌がいい。
 竣が佐々木さんを見て切り出す。

「実はちょっと困ってるんだ。助けてほしいんだけど」

 佐々木さんがスポーツ新聞を畳んだ。

「ボクの直しているワーゲンバスなんだけど、どうもラジエターがだめになってるみたいなんだ。本当は取り替えたいんだけど、そんなお金はないから、とりあえず溶接で穴を埋めてみようと思うんだ」

「どれ、一度ボクが見てあげよう」

 佐々木さんは廃車場まで来て、ワーゲンバスの下にもぐり調べてくれた。

「君の言うとおりだよ。ラジエターがもうだめだ」
 そう言うと、溶接の機械と遮光マスクを工場から持ってきた。

「社長には内緒だよ」

といい一緒に修理をしてくれた。

ラジエターがなんとか終わったが、さらに調べるとまだ不具合が見つかった。どうやら電気系統もイカれているらしい。
竣は、まいったな。電気系統は手ごわいぞと呟いた。
最も専門知識を要する分野だ。竣も手をつけたことがない。
もう一度、佐々木さんに頼もうかな。でも、無理だよな。この前だって昼休みの時間にこっそりやってくれただけだもんな。
ワーゲンバスの中で寝転んで、考え込んでいたときだった。
サイドガラスがコンコンとなった。
見ると窓の下に赤いスカートの少女がいた。


(第7回に続く)

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森田 洋之 夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)