竣と少女と周三のある暑い夏 ④
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竣がいつものように学校帰りに工場へ行くと、工場の前には十数人の大人たちが群がっていた。作業着姿の男たちの中にスーツ姿の男達も混じっている。
皆、「どこ行っちまったんだ」とか「まったくしょうがねえなあ」と呆れの声や憤りの声をあげている。
「社長、借金に首が回らなくなって、逃げちまったのさ。だからいろいろな銀行の人や仕入先の人が情報を聞きつけて集まってきてるんだよ」
顔なじみの同業者の社長がそう教えてくれた。
間もなく、竣も別の施設に転居することになり、今の施設に移ってきたのだ。
油まみれの顔をした周三が尋ねる。
「車をいじったことがあるのか?」
「毎日、施設のそばの車の工場で働いていたんだ」
竣が自信満々に答える。が、周三はふんと鼻を鳴らして相手にしない。
「これは本物の車だ。大切なお客様の車だ。遊びじゃないんだ」
「遊びじゃないことくらい分かってるよ! エンジンだって、ブレーキだって。シャフトもアームもミッションも…、なんだっていじれるよ」
周三がしげしげと改めて竣を見つめる。
「ほう」と竣を見つめる。
「一応、言葉だけは知っているのだな」
「言葉だけじゃないよ!」
竣が鼻息を荒くする。
周三は疑いの眼差しで、「じゃあ、この車の下にもぐって、今オレが何をしているか説明してみろ」
そう言われて、竣は勇んでライトを片手に車の下にもぐった。
間もなく出てくると、
「前輪の制動系をいじってるんだね。ブレーキホースを取り外しているところで、これからディスクキャリパを取り替えるところでしょう。この車の持ち主はずいぶんと車の好きな人みたいだね」
「どうして持ち主の性格まで分かるのだ?」
「だって、ブレーキキャリパを特注で黄色に塗る人なんてあんまり見たことないや」
周三は「ほう」と思わず口をつき、驚きの色を隠さずにはいられなかった。
「一応知っているんだな。どこで車のことを覚えた?」
竣は以前の修理工場のことをありのまましゃべると、周三は、「明日からワシの手伝いをしてみるか。見込みがあれば雇ってもいいぞ」
と言った。
「といっても、見てのとおりここは工場と言うほどもものでもないがな」
そこは周三の庭に簡単な屋根をつけただけの作業場であり、リフトなど大掛かりな設備はない。
「もうワシはとっくに引退しているのだ、今は知り合いのツテでたまに仕事を頼まれるだけだ」
それでも竣は車に囲まれた生活を想像しただけで胸を躍らせた。
部屋では壁一面の車の模型に囲まれ、日中は油まみれになりながらの実物の車の修理作業。竣にとってこれほどあこがれの生活はなかった。
竣の技術はひとりで全ての修理を担うにはまだまだ未熟なものだった。が、自動車の仕組みや構造の知識は専門家に匹敵していた。興味のある分野の記憶力だけは同じ年齢の子どもと比較してもかなり優れていたのだ。
それ以降竣は周三の家で暮らすようになった。一日中、一緒に車の修理をした。周三はとても厳しく、怒鳴られることも度々だったが、竣にとってそれは不思議と苦痛ではなかった。施設で特に何もすることのない夏休みを過ごす寄りはずっと
そんな二人の生活で、竣がただひとつ気になるのは、毎朝周三がどこかへ出かけていくことだ。昼近くになると決まって帰ってきて、毎日しっかりと自分の分だけでなく竣の分も昼食を作ってくれる。
竣は初めはどこかで仕事をしているのだろうと思っていたが、それは土曜、日曜といった休日も続いた。
どうも仕事ではなさそうだ。
「じいさん、毎朝、どこまで通ってるのさ?」
とある時、聞いてみた。
周三は、「ちょっとな」と言ってまともに答えない。
「やっぱり車の修理の関係の仕事?」
「子どもには関係ない」
とそっけない。
そういわれると突き止めたくなる。
ある日、竣は周三の行き先を突き止めようとした。
近くのバス停まではうまく尾行できたが、周三がバスに乗ってしまうとそれ以上、尾行はできなかった。
次の日は考えた。
周三が出発すると竣は物置にあった自転車を引っ張り出し、サドルを下げて跨った。
バスが来ると必死に自転車を漕いで後を追った。
しかしバスは下り坂を勢いよく進み、やがて見えなくなった。
途方に暮れていると、
「また、失敗しちゃったのね」と言う声。
赤いスカートが風に揺れている。
「おまえ…、また…」
「周三爺さんの行き先なら、私が教えてあげるわ」
と言うと、自転車の荷台に跨った。
「さ、進んで」
竣は少女を後ろに乗せて、言われるままにペダルを漕いだ。
「お前、色んなところに現れるけど、いったいどこに住んでるんだ?」
「そんなことどうでもいいじゃない。あ、そこの角を曲がって」
少女は竣の背中から道を案内する。
少女が案内したのは大きな病院だった。
(第5回に続く)
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夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)