“タイを歩いて考えたこと” 第7回|なぜ高層オフィスビルと低層・古い建物が混在しているのか?
ー「統一されない都市」が語るものー
バンコクでよく目にする光景、それは
ガラス張りの高層ビルの隣に、時代を感じさせる3階建てのコンクリート住宅。
新築のコンドミニアムと、くたびれた木造家屋が背中合わせに並ぶ光景。
こうした“混在した街並み”は、初見では無秩序にすら見えるかもしれません。
けれど、この風景にも偶然ではない、社会の積み重ねと構造的な背景が存在していました。
🏙 一見すると「発展途上」──でも、それだけではない
タイ・バンコクは、アジア有数の国際都市です。
高層ビル、巨大ショッピングモール、モノレールが整備され、国際会議や観光の舞台としても注目を集めています。
にもかかわらず、なぜこれほどまでに都市景観に統一感がないのでしょうか。
東京の丸の内のような整然としたビジネス街とは、明らかに趣が異なります。
この“バラバラさ”は、けっして都市計画の欠如ではなく、経済発展・土地制度・政治文化・暮らし方の総体としての結果です。
📜背景①:土地の細分化と「相続による所有」の文化
タイの都市構造を読み解く鍵のひとつは、土地所有の文化にあります。
多くの土地は一族ごとに所有されており、売買よりも相続によって代々受け継がれるのが一般的です。
そのため、
一区画に複数の相続人が存在する
(まるでフランス・ブルゴーニュ地方のブドウ畑のよう)土地の分割が進み、再開発の一括取得が困難
「土地を手放すこと」=「祖先への不義」という感覚
といった事情から、部分的にしか開発されない街区が各地に点在します。
老朽化しても取り壊されず、時代を超えて残される建物が多いのも、こうした土地観のあらわれです。
🏗 背景②:建築規制と行政の「分断性」
バンコクには建築に関する法令が存在しますが、その運用は一様ではありません。
幹線道路と路地では容積率が異なる
管轄の行政区によって解釈や指導がまちまち
地方自治体の財政・技術力に大きな差
このような制度のバラつきにより、都市全体を統一的に整備するマスタープランが実効性を持ちにくいようです。
その結果として、
高層ビルの隣に長屋風の住宅
新築コンドの裏に朽ちた木造の民家
といった、「都市のパッチワーク化」が自然と形成されていきます。
💸背景③:「国家主導」ではなく「民間主導」の再開発
日本やシンガポールのように、国家が大規模都市開発を計画・主導する国とは異なり、
タイにおける都市再生はほとんどが民間資本による主導型です。
とくに、
チャロン・ポカパン(CPグループ)
セントラルグループ
サイアム・ピワット
といった大手財閥が、それぞれの利権エリアに開発を集中させており、都市全体の整合性よりも、局所的な利益最適化が優先される傾向があります。
そのため、採算の合わない小規模区画や複雑な地権エリアは、取り残されたままとなりやすいのです。
🧱背景④:スモールビジネス文化と「生活と仕事の地続き」
タイでは、小規模事業者や自営業者が非常に多く、SOHO型の働き方が根強く残っています。
1階が商店、2階が住居、3階が事務所という多用途建築
家族経営や親族単位での小規模ビジネス
高層オフィスビルに入居するニーズがそもそも希薄
このように、“生活と仕事の地続き感”が日常に根づいている社会では、高層ビルの需要そのものが限定的です。
それゆえ、低層の複合用途ビルが、今もなお都市構造のベースとして残っているのです。
📉背景⑤:地震リスクの少なさと「耐震意識」の希薄さ
バンコクでは、日本や台湾のような地震リスクがほとんどありません。
この地理的特性が、都市の更新を物理的にも心理的にも遅らせている一因です。
耐震基準がゆるやかで、建て替え動機が薄い
古い建物を“壊れるまで使う”という実用主義
補強・改修よりも、現状維持を優先
このような気候と意識の差が、老朽建築の共存状態を後押ししているのです。
🧭今回のテーマで感じたこと:秩序なき都市は「未熟」なのか?
当初、この都市の雑多な風景を「未整備」や「発展途上」ととらえていました。
けれど、こうした背景を知るにつれ、それはまったくの誤解だったと気づかされました。
バンコクは、“整っていない”のではなく、“整える理由が異なる”都市なのです。
都市景観のバラつきは、制度の歪みや混乱ではなく、文化・政治・歴史・経済が折り重なった結果としての現在地。
ひとつひとつの建物には、それがそこに在るに足る理由がある。
その風景は、見方を変えればむしろ、「都市の記憶装置」として機能しているのかもしれません。
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