人はなぜ、ラブレターを書いてしまうのか│Why do people write love letters?
AIと感性の融合。
そして何よりも、「共鳴」を大切にする。
clu(クラ)の世界へ、ようこそ。

たぶん2年ぶりだった。
その映画は、いま自分が暮らしている場所の空気を、
どこかに含んでいた。
館内の暗さに目が慣れていくあの感じと、
スクリーンの光がゆっくりと広がっていく
あの時間が、こんなにも身体に馴染むもの
だったのかと、少し驚いた。
タイトルに惹かれただけだった。
「人はなぜラブレターを書くのか」
その問いに、明確な答えなんてきっとない。
でも、なぜか引っかかってしまった。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ラブレターは、たぶん「書こう」と
思って書くものではない。
気づいたら、書いている。
あるいは、書かずにいられなくなっている。
それは、言葉にすることで何かを伝えたい
というより、言葉にしなければ、
自分の中に置いておけない何かがあるからだ。
時間が経って、形を変えて、
それでも残り続けてしまったもの。
それが、ふとした瞬間に浮かび上がってくる。
それはたぶん、心のシグナルみたいなものだ。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
紙に書き出してみる。
その行為は、思っている以上に静かで、
思っている以上に暴力的だ。
輪郭のなかった感情に、名前が与えられていく。
ぼんやりとしていたものが、ひとつずつ、
確かなものになっていく。
書いてしまったら、もう戻れない。
それでも、人は書く。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

あの時間は、どこか奇妙に揺れている。
出してしまえば、届いてしまう。
出さなければ、ずっと自分の中に残り続ける。
どちらを選んでも、何かは失われて、何かは残る。
その境界線の上に、しばらく立ち尽くす。
そういえば、少し前に、自分自身に宛てた
手紙のようなものを書いたことがある。

光のある側に出ることもできるし、
そのまま暗さの中に留まることもできる。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、進むしかない。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ラブレターは、誰かに届けるためのものではなくて、
時間の中に取り残された自分自身に触れるための
ものなのかもしれない。
届くかどうかは、たぶんそのあとでいい。
それよりも、
書くことでしか触れられない何かが、確かにある。
それは少し大げさに言えば、
魂のかけらみたいなものだ。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
映画を観終わって外に出ると、
現実は何も変わっていなかった。
でも、ほんの少しだけ、
世界の見え方が変わっている気がした。
たぶんそれでいいのだと思う。
大きく何かが変わる必要なんてなくて、
ただ、ほんの少しだけ、
自分の中の何かが動いていればいい。
その動きが、また次の言葉になる。
たぶん、そういうふうにして、
人はまた何かを書いてしまうのだと思う。
気づけば、家にいる時間が少しだけ減っていた。
こうして言葉にしてみると、
自分に向けて書いた手紙のことを思い出した。
あのときは、まだ言葉になりきらない何かを、
音に預けていた気がする。
この感覚に近いものを、音でも残しています。
(そっと再生できます)
Still Tuning My Heart(Letter Version)
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