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プチエッセイ|あの教室では、ぼくの名前を呼ぶ人はいなかった|挫折から這い上がった経験


「いじめ」の渦中にいる人へ。
そして、かつてその痛みを知った人にも——。
少しだけ、時間をください。

これは、私自身が実際に体験した
「いじめ」にまつわる出来事を、少し
リアルに、でもプチエッセイ風に綴ったものです。

心にフタをしたままの人、
今まさに声を上げられない人へ。

もしかしたら、
あなたの心のどこかに、
そっと寄り添えるかもしれません。

「誰にも話せないことこそ
言葉にしてみると少しだけ楽になる。」

そんな想いで書きました。
読んでいただけたら嬉しいです。



■ 静かに傷ついていた、あの頃のぼくへ

小さな頃から、
ぼくは目立たない子どもだった。

静かで、人の輪に入るのが苦手で、
放課後も誰かと遊ぶことはほとんどなかった。

でも、なんとなく、
それが自分だと思っていた。

寂しいけど、
どうすることもできなかった。

■ 教室の隅で、音を立てずに崩れていった

中学校に入ってから、
ぼくの時間は少しずつ濁っていった。

無視。冷たい視線。
聞こえるように言われる意地悪な言葉。

「なんで、ぼくなんだろう」

そう思っていたけど、
「自分にも原因があるのかもしれない」
と感じる自分もいた。

だから、誰にも言えなかった。
助けを求めることもできなかった。

気づかれないように、
うまく笑うことだけ覚えた。

朝が来るのが怖くて、夜が終わるのが憂鬱だった。
名前を呼ばれない一日が、積み重なっていった。


■ 転機となった高校生活

「このままじゃ、きっと何も変わらない」
そう思って、ぼくは地元の高校ではなく、
電車で通える隣町の学校を選んだ。

制服も違う。
通学路も違う。
知っている人は、ひとりもいない。

それは、怖さと同時に、小さな自由だった。


■ 初めて“仲間”ができた瞬間

ぼくは、ほんの少しだけ、自分を変えてみた。
笑顔で挨拶をしてみた。
休み時間に話しかけてみた。

「キャラ」を作ったというより、
「ありたい自分」に近づいてみた。

不思議なことに、
そこには過去を詮索する人なんていなかった。

“いまのぼく”を、
そのまま受け止めてくれる人たちが、
少しずつ増えていった。

名前を呼ばれる一日。
それが、あんなにも心を温めてくれるものだなんて、
知らなかった。


■ 今も続く、やっと出会えた縁

あの高校で出会った友人たちとは、
今でも繋がっている。

社会人になって、
仕事や家庭で忙しくなったけれど、
たまに集まっては笑い合う。

「変われる自分がいる」という実感が、
今のぼくを支えている。

あの頃のぼくに、言ってあげたい。
変われるよ。
世界は、ひとつじゃない。


■ あなたにとって、“自分を変える瞬間”は、いつでしたか?

たった一歩でもいい。
小さな選択でもいい。

心の奥で「変わりたい」と
願ったことがあるなら、
その気持ちはきっと本物だ。

あなたの「変われた瞬間」は、どこにありましたか?
よかったら、コメントで教えてください。


■ あとがき

大人になって、この記事を書くとは思いませんでした。でも、あの辛い経験があったからこそ今の自分が居ると思います。

この経験を通して、誰かの役に立ちたい。
そして、寄り添える文章を書き続けたいと想うことが、原動力になっているかもしれません。

少しでもお役に立てたなら本望です。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
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