老人の真剣勝負
たいていの老人が寝ている。
寝たきり、病人という意味ではない。
精神的に寝ている、ふさぎ込んでいる、起き上がれない。
やる気満々とはいかなくても、せめては気持ちだけでも立ちあがろうではないか。
運動や散歩で身体的にカラダを動かすだけでは駄目だ。
心を動かさなければ!
本を読んだり映画を観るだけでは、あまり効果がない。
脳が、起きないのだ。
放っておくと老人の脳は、どんどん加速度を帯びて朽ちていく、古びていく、専門的に言えば縮んでいく。
確かにどうやっても老人脳の縮小を止めることはできないが、個性的に脳を味付けすることはできる。
つまり、しょんぼりと縮んだ年寄りでなく、味わい風味のあるカッコ良い老人の個性を創ることはできる。
自然に縮む脳の部分と、精神を立て直して人間として味わいのある豊かさを創り直す脳の局面とは別だから。
残念ながら運動だけではムリで、やはり何かの知的な刺激で活性化させなけれは、脳の若返りは期待できない。
若返りの特効薬は考えることでなく、考えていることを話すこと、誰かとできるだけ日常的ではない話題に触れること。
何を食べたとか、嫁さんの悪口や、暑い、寒いなどの日常的な話題ではなくて、「糖尿病についてお前さんは、どんなふうに考えているのかい?」とか、「トランプは、どうして関税なんかを持ち出してきたんだろう?」とか。
たいてい、この程度のことなら、新聞を読むか少し調べてみれば、相手と話す材料、情報は見つかる。
そこなのだ、問題の核心は。
ちょっと調べてみる。
相手と話すだけの知識を持つ。
億劫がらずに、相手と話すことのできる材料を探してくる。
少々脚が不自由でも、この程度のことはできる。
散歩ではなく、「何かを求めて歩くこと」の継続が脳に最良の刺激を与える。
私も現在86歳だが、この2年間はコラージュ絵画の材料を探して、気になるものがあればどこへでも出かけて行くことを心掛けてきた。
そして、今年からは長編小説を書きはじめている。
やれば、できる。
縮みゆく脳と闘い、脳に喝を入れ続けないと、死よりも怖しい認知症に捕らわれてしまう。
これからの時代、老人にとって最大の脅威はガンでなく、認知障害であることを知っていただきたい。
