スーパー時代の思い出
イトーヨーカドーオーナー、伊藤雅俊さんが亡くなられた。
伊藤さん、初めてのアメリカだったと思う。
ダイエーの中内さんもいた。
イオンの岡田さんもいて、みんな30代。
渡米中の伊藤さん、足を腫らして靴が履けず急遽草履に履き替え、それでも視察を進軍、見事な根性。
車に追突されたら、痛くなくても痛いと顔を顰めるべきと笑っていた豪傑。
何よりも資本効率roiを重視されていたが、上場後は株主1人当たり純利益に腐心されていた。
一番の思い出は当時本社が麻布にあった頃、2階長い廊下の奥に社長室があり、そこで総務部長だった鈴木敏文さんも交え歓談した記憶が懐かしい。
尤も伊藤さんとの初対面は渥美俊一氏主催が箱根小涌園ホテルで行われた時で、休憩時間に声を掛けられ1時間ほど話したことがある。
東京オリンピック直前の時期であり、何もかも日本の現実は混乱と混交、オリジナルな創造性に欠けていた。
商業関係の先駆的指導の仕事とは別に、10代から分け入っていた作詩や絵画芸術の分野でも、フランス系抽象やアメリカ系表現主義が混淆しており、I 960年に見たニューヨークでのアート活動の、激しいというよりも烈しさに満ちた世界観は、まだ日本には届いてはいなかった。
商業関係でも西武の堤清二さんとは詩人の会で知り合っていたが、お互い商業については触れず、美術などの話題で沸騰していたことを憶えている。
ダイエーの中内さんとも、毛沢東の文化大革命などに議論の花を咲かせていた記憶が懐かしい。
当時は20代の私とも年齢の差を超え、共に未来を論じ合えた時代を思い出すと、伊藤さんのご逝去に接し胸が痛みます。
ご冥福をお祈りいたします。
