社会的弱者の中で距離をとってしまうのは?
はじめに
私も社会的弱者の1人でした。
先天性の腸疾患=慢性疾患を抱え、10年間病気と向き合いました。
他の方と同じような生活はできませんでした。
排便がコントロールできずに、漏らしてしまっていました。
(恥ずかしながら、15歳まで)
避けられる対象、距離をとられる対象でした。(当然のことだと思います)
現在、大学4年となり、卒業制作に取り組んでいます。
対話・社会課題・弱者・世代・共存などが主なキーワードです。
材料を集めているときに、あることに気づきました。
自分に社会的弱者の過去があるのに、
今、社会的弱者と距離をとっている自分がいる。
苦しみは知っているはずなのに…。
原因を突き止めたいと思い、色々な意見やニュースなどをみて、
思考した結果、一つの答えにたどりつきました。
今回は、その答えと理由について述べていきます。
①知的障がい・発達障がいの方・精神疾患の方との距離感
私は、知的障がい・発達障がいをお持ちの方や精神疾患をお持ちの方と
距離をとる傾向にあります。
理由としては、以下の二つだと考えます。
・自分が辛かったことを思い出して、苦しくなるから。
・自分が相手を守ることができない可能性がある。
一つずつ解説します。
理由①自分が辛かったことを思い出して、苦しくなる
主に精神疾患をお持ちの方と関わるときに感じるものです。
自分の病気を振り返り、様々なトラウマと向き合った期間がありました。
ただ、トラウマと日々向き合う・つらい過去を思い出して
一つ一つ整理する日々の中で、心身ともに疲弊していきました。
やがて、鬱病の兆候が表れはじめました。
病院にはいきたくない精神だったので、
実際に鬱病であったかは定かではありませんが、
今になって調べたら、割と重症側にいたっぽいです。
精神疾患の方と関わったり、情報として何かを見たりすると、
自分のことと重ねてしまい、また戻ってしまうのではないかという
恐怖心でいっぱいになります。
その瞬間から、正常な判断・思考ができなくなります。
戻ってしまうことが怖くて、自然と距離をとってしまいます。
(精神疾患の方から相談を受けるときは、覚悟して臨んでいます…)
理由② 自分が相手を守ることができない可能性がある
理由②は、主に知的障がい・発達障がいの方と接点を持つときに感じる事です。
小中学生時代に、特別支援学校との交流会があり、
私も集団の一人として、支援学校の生徒さんと触れ合ったことがあります。
当時は、自分が入院している中で、
知的障がいの子を見る機会も多くあったため、
苦手意識はとくにありませんでした。
接し方は知っていましたし、うまく関われていたと思います。
卒業制作の材料集めの一環で、
知的障がいをお持ちの方の記事やドキュメントなどを見る機会が増え、
昔の感覚と違うことに気づきました。
それが、自分が相手のことを守ることができない可能性があるということ。
特別支援学校の生徒さんと交流していた当時は、
相手との関わり方の違いを知っている。
悪い言い方をすれば、相手の症状を制御できる範囲内だった。
今、大人になり、知的障がいをお持ちの方と交流するとなると、
おそらく、相手の症状を制御できる範囲を超えると考えているからです。
自分が色々な媒体で各年齢層の知的障がいの方々の記事や動画を見た結果、
気持ちとして・感覚として遠ざけたのは、大人の層でした。
子供たちに関しては、症状の重さに限らず、受け入れる姿勢がありました。
高齢層についても、認知症などの別疾患も含め、受け入れていました。
大人の層限定で、20代~60代の範囲で、
比較的距離をとりやすい傾向が自分にはあると気づきました。
(個人的な感覚ですが、当事者の方からすれば嫌な気持ちになるかもしれません。ごめんなさい。)
まとめ
自分としては、時に平等、時に公平でいたい気持ちですが、
この先できるかどうかはわかりません。
せめて、自分の中で線引きをしていても、
表には出さずにいることが継続してできるようになりたいと思います。
今回はあくまで主観の意見・私個人の意見でしかありませんが、
何かの参考になればと思います。
