見出し画像

護国寺多宝塔

 三宝寺根本大塔を見て、多宝塔のことを考え、護国寺の多宝塔を改めて見たくなった。護国寺の木造多宝塔は、昭和13年(1938年)に石山寺の多宝塔を模して建立されたもの。均整がとれた姿だが、心持ち、小ぶりだ。

 ところで護国寺は実は意外なほど、古い建造物の宝庫。多分、一番古いのは、本堂左手奥にある「薬師堂」でこれは元禄4年1691年のもの。その次が、仁王門と本堂で元禄10年1697年のもの。このほか、中門を通って右手にある大師堂は元禄14年1701年のもの。つまり護国寺は、奇跡的に江戸時代の建築遺構を多数残している。その中で多宝塔は、昭和に入ってからのもので第二次大戦前のものなので境内の中で新しい建物になる。そのためだろうか。護国寺に来ても、多宝塔に目を留める人は少ないように感じる。
 護国寺には数回来ているが、今回は建物の写真が思いのほか、綺麗に撮れた。繰り返し来ないと、見えていないものがあるようだ。
 アクセス 地下鉄有楽町線護国寺下車すぐ

    なお護国寺は真義真言宗豊山(ぶざん)派の大本山。真義真言宗は平安時代後期、高野山に学んだ覚鑁(かくばん)が開いた宗派。背景には,高野山の僧門の腐敗堕落があったとされる。戦国時代に至り、根来寺を本拠地にして一大勢力となったが、豊臣秀吉と対立して、焼き討ちに遭う。その後、徳川氏により復興を許されるが、以降、豊山派、智山派に分かれることになる。豊山派は、奈良の長谷寺を総本山とするもの。宗派の宗務所は、護国寺におかれている。西新井大師は豊山派。智山(ちざん)派は京都の智積院(ちしゃくいん)を総本山とするもの。成田山新勝寺、川崎大師、高尾山薬王院はいずれも智山派。

薬師堂 元禄4年1691年建立 花頭窓は禅宗様式
薬師堂側面
本堂 元禄10年1697年建立
本堂側面
大師堂 元禄14年1701年建立


いいなと思ったら応援しよう!

福光 寛  中国経済思想摘記 main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu  マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp