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心光寺石仏について

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元禄13年(1700),宝永2年(1705)の2つの年号が見られる

 心光寺は都営地下鉄三田線白山駅から下りてすぐにある浄土宗のお寺。傳通院の末寺で1628年に開基。1653年から当地にある。江戸期の極めて多数の石仏がある。石仏の表情はいずれも大変おだやか。舟形墓石浮彫と思えるものが、ほとんどで、死者の戒名と思われるものが刻まれている。刻まれているのは、右膝を立て手に蓮華らしきものを持つものは如意輪観音菩薩(手に何も持たず思惟にふけるものは弥勒観音菩薩)、あるいは、頭を丸め袈裟をまとい僧形のものは地蔵菩薩、などに見える。お顔がまた一体ずつ異なっていて、中には亡くなった人を模しているように思えるものもある。観音様のものは女性の墓に、また僧形のものは男性の墓にようにみえる。
 まず上下の輪王座の姿勢のもの。上はこちらから見て左右に2つの年号がある。左に元禄13年(1700)とあって右は宝永2年(1705年)とある。下のものは元禄12年(1699)である。墓石群の年号はおおむね17世紀後半から18世紀後半に及んでいるように思えた。

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元禄12年(1699)
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安永6年(1776)
左右とも2つの年号を持つ。左の像は享保16年(1731)と寛保(1743)。
右の像は寛政3年(1791)の年号しか読めない、もう一つの年号は判読できない。
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万治2年(1659)
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寛文元年(1661)
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寳永元年(1704)


元禄9年(1696)

 高浜虚子(明治7年1874年―昭和34年1959年)の六百句に、この心光寺で昭和17年1942年9月10日に詠んだ句が出てくる(『虚子五句集 上』岩波文庫1996年p.264)。
       町中に少し入りこみ盆の寺
  
 アクセス 都営地下鉄三田線白山下車すぐ


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福光 寛  中国経済思想摘記 main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu  マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp

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