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タリバン幹部と“スマホ男”の存在感

自動小銃を肩にかけながら、彼の付き人はスマホをいじっていた。ゲーム「信長の野望」でもやっているのかと思ったが、そんなはずはない。私はこの瞬間を、何週間も灼熱の地で待っていた。それなのに、その緊張感のなさたるや…少し唖然とした。


タリバンに会うため、灼熱のドーハへ

私が初めてタリバンの幹部と向き合ったのは、2021年夏のカタールだった。

豊富な天然ガス埋蔵量と独自の外交戦略で、国際社会に存在感を持つこの国には、タリバンの政治事務所が置かれている。

あの夏、アフガンの旧政権が崩壊し、タリバンが再び実権を握った。何が起きているのか、そしてこれから何が起きるのかを幹部に聞きたい。私たちはカタールの首都、ドーハに向かった。

カタールは、記者にとって決して活動しやすい場所ではない。取材許可はなかなか下りないうえ、報道用の大きなカメラを持って街を歩くことも制限される。だが私は、当時TBSの別の支局で特派員だったウルトラ優秀な同僚記者の手助けと、ある国際機関関係者を通じて、タリバン幹部の連絡先を入手していた。

幹部の連絡先を頼りに、観光ビザで入国。表立った取材活動はできないため、ホテルにこもりながらメッセージを送り、返信を待つ日々が始まった。


灼熱と極寒のあいだで

外は40度以上の灼熱、ホテルの中は極端な冷房で極寒。テレビでは欧米メディアが続々とカブール入りしている様子が流れ、自分だけ取り残されているような焦燥感に包まれていた。当時はまだ「危険すぎる」として、社としても、私個人としても、アフガン入りを躊躇していた。

寒すぎて部屋にいられず、外に散歩に出るとそのたびに焼けたアスファルトが足元から熱を放ち、気がついたらコーヒーショップでスムージーを購入。そしてまたホテルに逃げ込み寒くなる──そんな毎日だった。やりたくもないのに、サウナと水風呂を繰り返している感じだ。それも1日中。

余談だが、湾岸諸国では“冷やし能力”が社会的ステータスになる。かつてエジプトで国際会議を取材した際には、巨大な会場でダウンを着ている記者すらいたほどだ。


突然のメッセージと超高級ホテルの夜

2週間ほどが経ち、取材を半ば諦めかけていた頃、ついにWhatsApp(LINEみたいなアプリ)にメッセージが届いた。

「きょうならいけそうです、6時でどうでしょうか?」

ついに来た。

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