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第四話 気軽に雑談できない女 #悲しきエイリアンの最期

「『鍋の具は何を入れたい?』って聞かれたら、あなた、なんて答える?」

 室長に話しかけられてしまいました。お昼休みにですよ。一体どういうつもりなのでしょう。
 おそらく、上司と部下のコミュニケーションの一環として雑談をしましょう、ということだと思います。私にだってそのくらいのことは分かります。ですが、お昼休みです。お昼休みの時間は弊社では全社員に等しく六十分と決まっています。いやいや実は室長に話しかけられた人は十五分の延長が認められる裏ルールがあるのですよ、なんて話は聞いたことがないのです。それなのに、どうして室長は私に話しかけたのでしょうか?緊急で部下に確認が必要なこととは思えません。なのに確認された。適当な回答では許してくれないに決まっています。

 鍋の具に何を入れたいか?
 話しかける相手として私は適切ではないと思います。自慢できることではありませんが、私は飲み会の誘いのメールが来ると秒で欠席の返信をする女です。ひとり鍋もしません。鍋の具なんて全然興味がないんです。身近じゃないんですよ。
 あ、誤解がないように申し添えたいのですが、私は室長のことは嫌いではないのです。こんな私のことを気にかけてくれる優しい人なのですから。でも今は他に考えたいことがあって、お昼休みに調べ物をしたかったのです。ですから、可及的速やかに会話を終わらせなければなりません。

「豆腐、ですかねー」
「つまんな」

 室長が残念な人を見る目で私を見てきました。ひどくないですか?私、何か間違ったことを言ったのでしょうか?

「豆腐なんてね、言われなくても入れるでしょ。デフォルトで入れるやつは聞いてないのよ、私は。もっと斬新な具を言って欲しいの」

 え?斬新な具?もしかして、これ、大喜利ですか?大喜利は嫌いじゃないですけど無理ですよ、室長。私は斬新な答えなんて持っていません。鍋に興味がない人間なんです。斬新な具なんて思いもよりません。
 困りました。もうこうなったらさっきから頭に浮かんでいるものを言うしかありません。鍋に入れたいものではなく、上手に作りたいものなのですが、今のこの状況では鍋に入れるしかありません。

「じゃあ、豚の角煮とか、どうですか?」
「豚の角煮?あなた、本気で言ってるの?」
「本気です。斬新で美味しいですよ」
「いや信じられないわ。豚の角煮って立派な料理よ。鍋って素材を入れて煮る料理だから。料理に料理を入れちゃ駄目でしょう」
「室長。失礼ながら常識にとらわれ過ぎています。一度鍋に入れてみてください、豚の角煮。煮卵も忘れずに。鍋で角煮がとろけたところに色んな具材を絡めて食べるんです。美味しいですよ」

 室長がゴクリと唾を飲み込みました。

「や、やってみようかな。ありがとう、山本さん」
「どういたしまして」

 まさか豚の角煮で乗り切れるとは。守さんに助けられました。先日、守さんに会いに行った時に、守さんが食べたいと言ってくれたおかげです。
 最近はコンビニでも美味しい豚の角煮が売っていることを調べて知りました。だけど、私は作ってあげたいのです。守さんのために時間をたっぷり使って。
 お昼休みはまだ十五分残っています。豚の角煮のレシピをネットで公開している人はたくさんいて、私はまだ半分も見ていません。ひとつでも多くのレシピを確認しようと思います。
 ああ、忙しい。でも、全然嫌じゃないんです。お昼休みが少しくらい削られても今の私の上機嫌は変わらないみたいです。

(1423文字)


※下記のシロクマ文芸部のお題に参加させていただきました🙇‍♂️

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