その怨み、晴らします……第7話
ハラスメントの怨み、晴らす面々⑦
三日後。
時は来た……
功佑たちは作戦実行の為に、今日まで必要な準備にひた走った。
春氏と忍野は、各々を可視化するための霊的磁場の準備に、あらゆる低俗霊をかき集めた。
杏奈は小林に扮装・擬態するために、頻繁に小林への憑依を繰り返した。もし、小林本人が協力してくれれば擬態する必要も無い。また、彼女の同意など得ずに、勝手に憑依して利用することも出来た。しかし、『小林を巻き込まない』、功佑はそれを大前提とし、今回の作戦へと踏み切った。杏奈も彼の想いを快諾し、他人へ擬態したうえでの可視化という、最も難易度の高い、霊的ウルトラcへの挑戦を試みるのだった。
時計の針は二十時を指し、肌寒ささえ覚える程に、周囲は霊的環境が整い始めた。
功佑は今、職場のビルの屋上。
彼の眼下には、あらゆる怨霊たちがひしめき合い、今日の為に各々がその念を燃やし続けている。まばゆい光の粒子が、極彩色の念の中を盛んに飛び交う。視える者からすればまさに地獄絵図。このビルは怨霊の巣窟とした。
功佑はその様相を階下に従え、これからの作戦を反芻し、佐山の想いを胸に滾らせる。
彼は深夜零時を過ぎれば現出可能。この作戦の最後の締め括りとして、功佑の身体に憑依させ、三船の前に躍り出る手筈。それまでの間、三船を恐怖で縛り付けておかなければならない。
『成功しますように……』
誰でもない誰かに、彼は密かに祈る。
「河東さん、あたし、可愛いですか?」
功佑の背後で女の声が聞こえた。彼が振り向くとそこには、真っ赤なドレスに身を包んだ小林が居た。
「いや、き、綺麗です……」
その美しさに功佑は絶句した。才色兼備に艶やかな華が咲き乱れ、妖艶で且つ、上品さを穢さない美しさが、そこには芽吹いていた。まさに目の覚めるほどの美しさ。これが目に留まらない男など絶対にいない、功佑はそう確信するのだった。
「ちょっとぉ……そこはさ、少しは否定するもんじゃない? あんじーの方が絶対可愛くて綺麗! とかさ、ほんとにもう、鼻の下伸ばしやがって!」
小林に擬態しきった杏奈は、すかさず功佑の足を蹴る。
「痛いっ!」
功佑は堪らず声をあげるが、その『痛み』に安堵を覚えた。それはまさに身体と身体の衝突で物理的な痛み。霊的な磁場が完成し、霊能力の無い者に対しての可視化と、物理的接触が可能になっている証。三船に対しても杏奈のみならず、春氏、忍野、そして佐山の姿を視認させることが出来るはず。
「ごめんなさい! あんじーが宇宙一可愛くて超綺麗!」
「それでよろしい!」
悪戯に笑う杏奈。
「おお! これは絶世の美女じゃて!」
「はあああ! なんと眼福!」
階下で準備を終えた春氏、忍野も、屋上に上がってきた。
「下はもう準備万端じゃて。活きのええ低俗霊でわんさかじゃて」
「拙者も準備完了でござる! どう怖がらせるか、楽しみにして下され!」
忍野と春氏は楽しそうに準備完了の報告を告げる。
「ありがとう! さあ! 鬼の首を狩るとしますか!」
功佑は威勢よく声を上げ、サムズアップした右手を三人の目の前に掲げた。
「うん!」
「おうよ!」
「御意!」
その掛け声に、杏奈、忍野、春氏も迎合し、力強くサムズアップ。
それにより、三人の思いが一つになる。
功佑は杏奈を始めとし、春氏、忍野と素晴らしい仲間に恵まれた。そしてその仲間と共にいざ、作戦決行の時。昨晩の二十一時に小林のアドレスを装ったメッセージが、三船のスマホに送信されており、作戦は今日の二十三時にキックオフを迎える。
功佑たち四人は、怨念渦巻くビルの屋上で、互いに作戦の成功を誓うのだった。
二十三時。
誰も居なくなった興亜物産の社内に、一人の男の姿があった。
その男は他でもない、この高苗営業所の所長、三船逸男。
「小林君……どこだね?」
隠れるように腰を屈めながら、三船は会議室へと入ってきた。
功佑たちはロッカールームに潜みながら、先程取り付けた遠隔のカメラの映像をスマホで監視を開始。
「まんまと来おったな! この悪党が!」
一緒に覗き込んでいた忍野が、意気揚々として彼の到着を喜んだ。
「そろそろ行くね」
赤いドレスの小林の姿をした杏奈がそっと囁いた。
「了解!」
「ご武運を! すぐさま後を追うでござる」
男三人にサムズアップを見せると、杏奈はロッカールームのドアをすり抜けていった。
スマホに映し出された三船は、うろうろ、きょろきょろと会議室内を練り歩き、意中の小林を探し回っている。しかしどこを見ても彼女の姿は見つからない。痺れを切らした彼は、明らかな苛立ちをその顔に滲ませた。
「あんじー、今だ!」
功佑はそっと呟くと、杏奈は会議室のドアをすり抜けて室内に入る。そしてその姿を徐々に可視化させていく。
「所長……」
妖艶な姿を露わにすると、ゆっくりとその声を空気に乗せる杏奈。
「所長……こちらです」
その声に振り向いた三船の姿は、もはや盛りのついた猪そのもの。杏奈はそれさえも織り込み済みと言わんばかりの妖艶な笑みで、三船を自分の方へ誘う。
「まじ、ごめん……」
画面越しに頭を下げる功佑。きっと杏奈の事、腹の中では心底嫌がっているだろう。そう思うと頭を下げずにはいられなかった。
「これはこれは急がねば! では、拙者も参るでござる!」
紅一点の窮地を目にした春氏は、甲冑を軋ませながらロッカールームを飛び出していった。そして会議室の扉の手前で立ち止まり、杏奈と入れ替わる瞬間を待つ。
「小林君……」
「こっちに来て……」
杏奈は悪戯な笑みを浮かべながら、雪のように白く細い右手を、三船に向けて差し出した。
それを見るや、三船は猪突猛進で彼女へと走り寄る。その形相に杏奈は必死に耐えながら、春氏との交代の瞬間を待った。そして三船が彼女の手を掴もうとした瞬間、春氏が彼の手を取った。春氏は悪戯に笑うと、捻り潰す勢いで三船の手を握りしめた。その力の強さにのけ反る三船。春氏は更にその手に力を込めた。
「い、痛いっ!」
三船は痛みに顔を歪めるが、あきらかに違う手の感触に気付いたのか、杏奈からの春氏に視線を戻した。そして小林から落ち武者への変容に絶句する。
固まった三船を見て、さらに恐怖に陥れようと、春氏は自身最恐の睨みで三船の両眼をロックオン。そしてさらに顎が外れんばかりに口を開き、三船目掛けて大量の血を噴出させた。
その吐血で三船は一瞬にして血まみれになった。まさにその様は、以前みんなで鑑賞したホラー映画『マリー』のワンシーン。劇中でいじめっ子グループに復讐する女子高生マリーが口から大量の血を吐きかける、そのシーンさながらであった。
「うっじー、いい仕事するねえ!」
まさに春氏の思惑に低俗霊が共鳴し、成し得た霊障。功佑は春氏の映画張りの恐怖演出に感嘆の声をもらした。
「ぎゃあああ!」
スマホの画面内の三船は恐怖のあまりに絶叫し、春氏の手を振りほどいて走り出した。
そしてすかさず、自身の『所長室』へと逃げ込んだ。
「次は儂の番じゃて! 恐怖のどん底に叩き落としてやるけぇ!」
お次は忍野。彼は満面の笑みでサムズアップを見せると、意気揚々とロッカールームを飛び出して行った。
「よろしく!」
「任せんしゃい!」
それを見送った功佑は再度、スマホの画面に視線を戻す。丁度、三船が逃げ込んだ所長室に、頭だけの春氏が乱入したところだった。
「ひいい……」
情けない悲痛な声をあげる三船。そこにゴロゴロと転がりながら詰め寄る、生首の春氏。
低俗霊たちに金縛りで動きを封じられた三船は、春氏の接近に視線を強いられ、まさに恐怖の渦中。さらにこの後、忍野からの追い打ちが掛かる。
功佑は三船が異常を来たさないか、画面越しに目を見張る。
目には目を、歯には歯を。
彼には心底後悔し、反省し、生涯十字架を背負ってもらわなければならない。あまりに怖がらせ過ぎて、精神を壊されては水の泡。今一度功佑は、画面の中の三船の表情に注視した。
「せいっ! せいっ!」
そして三船の頭上では、威圧感に満ちた掛け声が響き始める。
忍野の登場である。姿を隠したままの忍野は彼の頭上に浮遊し、二本の短刀を振り回し始めた。短刀の刃と刃が重なり合う度に、鋭く激しい金属音を発し、火花を散らす。その音は骨さえも断つ程の『痛み』を伴った。そしてその『痛み』の楔を三船に撃ち込む如く、忍野の掛け声は連打される。
視線を頭上に強制された三船は、その様を目の当たりにする。そして彼の目は飛び散る火花の餌食となった。網膜に貼りついた火花の残像は、彼の視野を占拠し始めると同時に、徐々にその姿を変えていく。それは彼の視野の中で肥大化し、そして鮮明さを増していく。
「喝っ!」
脳天を突き刺す雄叫びと共に、その残像は明瞭となった。
忍野も春氏同様に、以前観た古い怪談映画『妖怪大激闘』に出て来る妖怪、大首を模して、天井いっぱいにその顔を巨大化させ、鬼の形相で三船を睨みつける。
「ああああああああああ」
三船は低く乾いた叫びを漏らす。その目は恐怖と困惑に満ちていたが、しかしまだ後悔や反省の色など微塵もない。
『何故私がこんな目に遭わなければならないんだ?』
という声がその表情から見て取れた。
「この男……察するってこと出来ないんだろうか?」
スマホを覗き込みながら、功佑は独り呟いた。
「こんばんは……」
少し置いて、蚊の鳴くような声が功佑の耳に届いた。彼がスマホから顔をあげると、そこにはうっすらとした佐山の姿があった。慌てて功佑は腕時計で時間を確認する。
二十三時五十八分
佐山との約束の二分前。可視化するには、周囲の霊的磁場があったとしても、佐山にとってはかなりの力を消耗するはず。
「大丈夫ですか?」
功佑は慌てて佐山に駆け寄り彼の手を取った。その途端、佐山の姿はまだ透き通ってはいるものの、少しだけ精細さを増す。
「深夜零時まで喋らなくて大丈夫です。零時になれば佐山さんのエネルギーが安定します」
功佑は優しく促す。そしてそれに無言で頷く佐山。
二分後。
佐山の姿はくっきりと浮かび上がった。握りしめた手も生者のそれと変わらない程に、確かな感触に変わった。
「これで大丈夫!」
功佑は握りしめた佐山の手をポンッと叩いて、その安定ぶりを強調して見せた。
「ありがとうございます!」
佐山もそれに笑みで応える。
「今ちょうど三船を懲らしめてる最中です。いやはや、下衆な奴ですね! こんなクソ野郎、初めて見ました」
「でしょ? 今思い出しても憎たらしくて、はらわたが煮えくり返って仕方ないんです!」
二人はしかめっ面になりながら、顔を見合わせた。
「この後はお話ししたように、僕の身体を使っていただいて、一緒に三船を丸裸にしましょう!」
「やっとこの日が来たんですね! なんか、ここまでしていただいて、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、あの男は糾弾に値します。うちのビルに巣喰う魔物を退治できて、僕も嬉しいです」
功佑はそう言うと佐山にスマホを手渡した。
佐山はそれを受け取ると、画面に釘付けになった。そこには恐怖のあまり腰を抜かして、座り込んだままの三船と、それを取り囲む落ち武者と、巨大な老人の頭が映り込んでいた。
更には激しい金属音と火花が飛び交い、薄暗い所長室にまばゆい光を放ち、激しく明滅を繰り返していた。
「凄いですね……」
その地獄絵図に、霊である佐山も流石に恐怖を覚えたようだ。
「ありがとうございます。日頃からホラー映画とかいっぱい観てるんで……」
佐山の言葉に、功佑は照れ笑いを零した。そして佐山はその惨劇にしばし、目を奪われるのだった。
「やめ……たしゅ……けてくれ……」
画面の先の三船の声は、恐怖のあまり喃語と化す。続いて春氏の後方から、赤い人影が三船の前に躍り出た。
「こ、こびゃあしふん」
あわあわと、探し人だった女の名を叫ぶ三船。そこに立っていたのは序盤に現れた、赤いドレスに身を包んだ小林。彼女はゆっくりと三船の前で立ち止まり、妖艶な笑みを彼に投げかけた。
「こびゃやしくん、た、助けてくれ!」
三船はその笑顔に懇願し、救いを求めた。小林は笑顔を崩すことなく、三船の前に手を伸ばして前傾姿勢を取る。その瞬間、小林の顔は炎に包まれ、燃えて焼けただれ始めた。
「ひいぃ!」
三船が驚いた途端、その顔は幾度となく淫らな行為に耽った女の顔に変わる。
「わ、わきゃばやし……」
三船の目の前には小林ではなく、若林が満面の笑みで立っていた。
「わ、わきゃばやし、こ、こいちゅらをどうにかしゅろ!」
自らの傀儡と分かると、三船は急に強気な発言に出る。
「若林? 所長、わたしはだあれ?」
若林はその顔を、彼の目と鼻の先ギリギリまで近づけた。
更に若林の顔は火に包まれ、ケロイド状に焼きただれかと思うと、次々と別人の顔へと変容する。
「月野?」
「宮島?」
「片岡?」
「酒井?」
「新城?」
幾度となく変わる女の顔。
それに凝視を強いられた三船は、次々と女性社員の名前を口にする。そう、小林、若林、そしてその後に三船が名を連ねていった女性たちは全て、彼のセクハラの被害者たち。杏奈、春氏が回収してきたSDカードの映像に収められた女性たちだった。
「えっと……」
終盤の数名は彼も名前を忘れている程……最後の女に至っては記憶さえ無かったようだ。
更に女の顔は、瞬く間に真っ赤に染まり、般若の顔に変容する。そして口を大きく開けると、落ち武者同様に大量の血を三船に吐きかけた。息も出来ない程の量の吐血を顔に浴びた三船は、そのまま後方に倒れ込んだ。
「やめろ! やめろ!」
吐瀉された大量の血に溺れながらも、三船はしきりに助けを求めた。そして彼は金縛りを振りほどき、血まみれの顔を必死に拭う。しかし血に濡れた彼の指は、顔の上をむやみに滑るだけだった。
「お願いだ! やめでぐれ! やめてくれ……」
ジタバタと体を振るわせ、悲痛の声をあげる三船。その声は未だ被害者としての声。不運に見舞われた自身を憐れむのみ。それには反省や悔恨、贖罪への意思などは一切見られなかった。
「さあ佐山さん! そろそろ時間です。僕に憑依してください」
交代の順番が近づき、功佑はスマホの画面に釘付けになっていた佐山に声を掛けた。
「慌てずゆっくり行きましょう」
「はい……分かりました」
スマホから目を外した佐山は、初めての経験に勝手が分からず、功佑の指示に従う。
功佑は深呼吸を繰りかえして呼吸を整える。
「手をいいですか?」
「あ、はい……」
功佑が両手を伸ばし、佐山もそれに倣う。功佑がもう一度深く深呼吸をすると、繋がれた二人の指と指の感触が同化する。
「さあ、どうぞ。きっと無理なく入れると思います」
功佑は憑依初体験の佐山を優しく促し、佐山もそっと彼の中へと入っていく。感触は衝突することなく緩やかに馴染み、そして同化する。
佐山は目を開けた。
彼は少しだけ懐かしく、少しだけほろ苦く、そしてそれ以上に悔しくも恨めしい、興亜物産のロッカールームにいた。
『さあ、向かいましょう!』
頭の中で誰かの声がこだました。その声は功佑。彼は佐山の背後に回り、支えると共に佐山の背中を押す。
「はい!」
鬼の首を狩る為に、佐山は力強くその一歩を踏み出した。
「ひいい……ああああ……」
佐山が所長室のドアノブに触れようとした刹那、情けない悲鳴がドアの向こうから漏れてきた。それは恐怖に溺れる三船の声。その被害者じみた声音に、佐山の積年の怨みが体中を迸った
「この怨み、晴らさん!」
功佑と佐山は互いに叫び合った。と同時に逆巻く怨みの情念が火花を放つ。周囲の低俗霊もそれに倣い、赤青緑、様々な総天然色の渦を巻き起こす。そしてそれは徐々に功佑の身体に吸い込まれ、このビルを支配する霊力の最大のエネルギーと化した。
そして二人は激しい音を立てて所長室のドアを蹴破り、復讐の一歩を踏み入れた。
「お、お前は……さ、佐山……」
激しい騒音と共に目の前に現れた元部下の姿に、三船は困惑した。
「お前が、お前がやったのか? いや、違う! これは悪い夢だ! 消えろ! 消えろ! 消え失せろ!」
「往生際の悪い……」
三船の発言に苛立つ佐山。
「黙れ!」
佐山の中で渦巻く低俗霊たちは、彼の怒りの声に感化されると、彼の中から飛び出した。
そして瞬く間に三船を持ち上げ、壁面に叩きつける。
「ひいいいいい!」
壁に磔になった三船は、尚も悲痛な声をあげる。
「所長! 貴方の事は絶対に許しません!」
佐山の積年の怨みは炎の様相を呈し、その勢いは所長室全体を包み込んだ。
「あ、熱い!」
逆巻く炎は容赦なく三船に降りかかる。
「さ、佐山君、やめるんだ、誤解だ! 君は勘違いをしている! 頼むからやめてくれ!」
もはや夢も現など構っていられない、兎角この現状から逃げ出したい三船は、ひたすらに懇願した。
「何が勘違いだ! 貴方から受けた苦しみは一生、いや、死んでも尚、消える事はありません! それは私だけじゃない! 貴方のせいで心を壊していった社員たちを私は山ほど見てきました! その責任を取って貰います!」
「佐山、お前、死んだのか? 何故死んだんだ? そうなる前に相談してくれれば、何か力になれたかも知れないのに……」
この期に及んで見え透いた言葉を並べ立てる三船。
「何が力だ! その力で貴方は沢山の仲間を傷つけ、壊していった! そこには良心や罪の意識は無いのか?」
「罪の意識だと? 私の何が悪い? いや、私は何も悪くない! 悪いのは佐山、お前の方だ! 上司の指示にも従わず、まともな結果も残せない! それこそ存在悪だ!お前はこの競争社会に生き残れなかった、いや、その競争から逃げたただの負け犬なんだよ! だから四の五の言わず、消えてくれ! もうやめてくれ!」
元部下の登場に見え透いた優しさを見せるも、それも思い通りにならない三船は、半ば逆ギレに近い雄叫びをあげる。三船のその言葉に、佐山と功佑は怒りを通り越して呆れ果てた。
「さあ! もういいだろ? 早くこんな茶番は止めて、お前もさっさと成仏するんだ!」
「お前のせいで成仏出来なかったんだよ!」
佐山は三船の言葉に更に憎しみが膨れ上がり、烈火の炎で彼を包み込んだ。
「ひいい! 熱い! やめろ! 佐山! やめるんだ!」
炎はバチバチと音を立てて、三船の肌と肉を燃やし始めた。皮が焦げ、激しい異臭が室内に充満する。炎は更に加速し、骨まで焼き尽くす勢いで燃え盛る。
「ぎゃあああ! 熱い! 熱い! 熱い! やめでぐうぷれえええ!」
激しい熱波に包まれた三船は、もはや絶命の域。それでも佐山は炎の勢いを止めなかった。
「死ね! 死ね! 死ね!……」
まるで呪文のようにその言葉を繰り返し、佐山は三船を炙り続けた。
「あづい……あづい……あああああああ!」
その悶え、叫び続ける三船の姿を見て、佐山は口角を歪め、更にその炎の勢いを加速させる。火を緩めるなど以ての外! その業火で永遠に三船を燃やし続ける、永遠に苦しめ続ける、佐山はいつしかその情念に取り込まれた。
『佐山さん! だめです! このままではあなたも三船と同じになってしまう!』
功佑は咄嗟に、怒りに狂う佐山に叫んだ。
「三船と、同じ……」
その言葉に、猛り狂う業火は瞬時にその勢いを失った。
憎しみに心を奪われた佐山は、まさに怨霊へと到達せんばかりの勢いだった。
それを察した功佑は、咄嗟にその言葉を選んだ。
霊障としての痛みや苦しみは五感に直接作用するが、それは言わば幻。霊障が収まれば跡形もなく消えるもの。しかしその霊障を信じ込み、恐怖に囚われた者にはそれは現実となる。
延いてはその恐怖により『命』を落とす事も少なくはない。
それが俗に言う『呪い』である。
『佐山さん、呪い殺してしまってはダメです。殺してしまえばあなたも三船と同じ。でもあなたはそんな人じゃない。あなたは「護る」人。その優しさで大切な人をそっと「護る」人。三船と同じ穴に堕ちてはいけません』
功佑は佐山に更に言い聞かせ、彼を怒りから解放する。そして佐山より自分の身体と思考のイニシアチブを取り戻す。それにより室内を取り囲んでいた炎は一気に鎮静化していった。
「あ……つい……」
炎が止まった途端に床に落とされた三船。炎が収まると、霊障により焼けただれた肌は瞬く間に元に戻っていく。しかし彼の身体自体が、炎の熱さとその焼かれる恐怖を覚えており、三船は未だに悶え、苦しみ続けていた。
「さて、本題に入りましょう」
功佑はそう言って、苦しむ三船の顔を覗き込んだ。
「ほ、本題……?」
無傷ではあるものの、虫の息で応える三船。
「はい。ここからが本題です。三船さん、あなたは傍若無人な振る舞いで、興亜物産の社員さん達を苦しめました。さらには思い通りにならなかった女性社員の腹いせとして、その方を護ろうとしたこの佐山さんに根も葉もない罪を負わせ、自殺まで追い込みました。その罪深さは正直、万死に値します。ですが死なれては困ります。そう、あなたにはその責任を負う義務があります。さあ、もう観念しましょう。あなたの罪を認めるのです」
「罪? 私は……何も……」
未だにそうのたまう三船。
「おぬし、自身が置かれた立場を分かっておらんな! 赤子でも分かる悪行の数々、さっさと認めるでござる!」
黙っていた春氏が痺れを切らして、三船の頭のすぐ横に刀を叩きつけた。
「さもなくば、おぬしの首は一刀両断」
そう言い放つと、胴体に戻っていた春氏の首がまた転げ落ちる。
「貴様には妻と年頃の娘もおったでな……将来が楽しみじゃて……おなごはなんぼでも使い道があるけえのお」
更に巨大な首の忍野が邪な笑みを浮かべる。
「あんた! もう、逃げ場はないよ! 洗いざらいぶちまけなさい」
そして更に、般若の顔をした杏奈が駆け寄り、彼の耳元で吐き捨てた。
三船は身を焦がす熱さと八方塞がりの恐怖の中、この状況の意味をやっと悟り、苦悶に歪んだ口を震わせるのだった。
「私は、この興亜物産の社内に於きまして、永きに渡り、数多くの暴言や暴力、特に女性社員の皆様には不適切な行為の強要等し続けておりました。被害を被った方々には、なんとお詫びを申し上げていいのか、言葉が見つかりません。本当に誠に申し訳ありませんでした。また、今までそれが露呈しなかったのは、私の兄、三船敏夫が弊社の専務であったことに他なりません。彼は周囲からは畏怖の存在として恐れられていた為、私はその兄の威を借り、自身の欲望の赴くままに、共に働いてくださる皆さんを叱責し、淫らな行為を強要し続けました。併せて以前弊社の社員が起こした、同様の不祥事に関する動画につきましては、あれは私が全て計画した事であり、加害者とされた社員には何一つ責任はございません。女性社員を思い通りに出来なかった私が、それを止めようとした社員への腹いせに、部下を使って作らせた動画です。また、彼の親御さんの営むお店のバッシング動画をアップさせたのも私です。軽いいたずらのつもりでした。それがあんなに大きく発展するとは思ってはおらず、あまりに軽率な行為でした。このことにより、その社員は自らの命を絶ちました。私はそこまで彼を追い詰めてしまいました。本当に彼とそのご家族に関しましては、お詫びのしようもございません。また今後、それ以外の被害も明るみになっていくかと思います。ご迷惑をおかけした皆様には、ひとつひとつ誠意を持って謝罪していく所存です。この度は誠に申し訳ありませんでした……」
そう涙ながらに謝罪し、床に額を擦り付ける三船の姿の後に、あのドライブレコ―ダーの映像のダイジェストが流れ、その後に佐山へ送ったメッセージの一部が挿入される。
これが今回撮影・編集された制裁動画
その動画が公開されるのは深夜三時過ぎ。それは興亜物産のホームページにアップされ、尚且つ三船のスマホから、高苗営業所スタッフすべてのスマホへと送信される予定。そしてあらゆる動画サイト、SNS上にもそれはばら撒かれる手順。
されどその前に……。
功佑たちは意気消沈した三船を捨て置き、ビルの屋上へと場所を移した。漆黒の夜空も、作戦終了と同時に少しずつ白み始めていた。功佑たち五人は清々しい気持ちで、階下の街並みに一息ついた。
「あれ?」
佐山が声をあげる。うっすらと体が透き通り始めている。
これはまさに成仏の前触れ。その場合は一番天に近い場所で、誰にも邪魔をさせずに送り届けなければならない。この屋上はまさにうってつけの場所。想いを遂げ、晴れやかな気持ちの今こそまさに成仏日和。
「本当にありがとうございました。こんなに気持ちがスッキリしているのは、生まれてはじめてです。死んでるんですけどね」
悪戯に笑う佐山の姿は一気呵成に透き通り、周囲に馴染み始めた。
「いえ、僕らも佐山さんのお役に立てて光栄です。綺麗な気持ちのまま天に昇れるので、きっと天国か来世組に行けると思いますよ」
ほぼ透明になりつつある佐山に功佑は優しく微笑んだ。
「こうじーさんたちに出会えて、本当に良かったです。最後に、あの、もう一つだけお願いがあるんですが……」
「え? まだ何か未練が?」
消えゆく佐山の姿を前に、功佑たちは困惑の顔を浮かべる。
「いや、私も少しだけでいいから皆さんの仲間になりたくて、最後にけんじ―って呼んでもらえますか?」
消えゆく中、佐山の恥ずかしそうにはにかむ表情が、功佑たちの目には一瞬だけ鮮明に見えた。
「喜んで! けんじ―は僕らの仲間です! 来世で会えたら、一緒に悪い奴、やっつけましょう!」
「けんじー殿、貴殿は想い人を守った立派な侍であったと、拙者はそう思うでござる! 死して尚の出逢いに感謝!」
「けんじー、親父さんの料理、絶品じゃったで! わしらもあの味を守るけえ、安心して行ってこい!」
「けんじー、不器用だけど、あんたかっこよかったよ! 来世ではいい女捕まえなさいよ!」
四人とも思い思いの餞別の言葉を、佐山が消えてしまう前に早口で贈り合った。
「皆さん、ありがとうございました……」
最後にそう言うと、佐山の姿は無色透明になり、一抹の灯り、魂が一瞬だけ力強く光ると、それは瞬く間に天へと昇って行った。
功佑たち四人は夜空に向かってサムズアップ。その旅立ちに『無事』を祈るのだった。
翌朝。
興亜物産はアップされた動画を即座に削除したが、時すでに遅し。瞬く間に日本中、いや世界中にその動画は拡散され、もはや収拾がつかない事態にまで陥った。
テレビは、大手企業の幹部社員の不祥事という恰好ネのタに飛びつき、早速朝のワイド番組で特集を組む始末。ネットでは『興亜物産』がトレンド入りに……
目には目を、歯には歯を。
やられたらやり返す。動画で受けた傷は動画で返す。
功佑たちは拡散される事を前提に、あらゆるSNS、動画サイトに片っ端から、今回の謝罪動画をアップしていった。案の定、投げられた撒き餌に群がる小魚のように、ネット民たちはこぞってその動画を啄んでは、鉄槌を下し始める。功佑たちはそれが狙いだったが、その拡散の速さと断罪の煽りには、正直言って引くほどに驚いた。
さらに数日後。
三船の余罪が暴かれ、ことごとくネットやテレビ、週刊誌の紙面を賑わせた。そして今回、事態が明るみになった事で、沈黙を守り続けていた社員たちの中にも、復讐の声をあげる者が現れた。そして事態は更に裁判沙汰にまで発展する。
無論、三船は懲戒解雇を余儀なくされ、専務も責任を取って辞任を発表。併せてそれに気付きもしなかった社長を始めとした幹部社員たちも、こぞって辞意を発表。更には会社丸ごと外資系の企業に吸収合併され、事実上、興亜物産はその姿を消すにまで至った。
佐山が護り続けた小林の行く末は、功佑たちはもはや知る術も無かった。
功佑は人知れず思う。
自分が取った今回の行為は一人の魂を救った。
しかしここまで事態が大きく動いた事により、見ず知らずの罪のない誰かに、その代償を負わせてしまったのではないか?
どこかで怨みつらみを生み出しているのではないか?
それを考えると得も言われぬ焦燥感に駆り立てられ、アルコールの分量は自ずと増えていく。さりとて、今の自分にその正解は導き出せない。今、目の前で苦しんでいる誰かに手を差し伸べる他、彼に出来る術はない。
「ねえ! 寝ないの? あんま飲み過ぎると、明日に残っちゃうよ」
そんな功佑を察したのか、たまに一人で飲んでいる功佑を、杏奈は寝ぼけ眼で諭してくる。
「大丈夫。ちょっと眠れなかっただけだから」
功佑はその度にそう言って、ウイスキーのボトルの蓋を閉めるのであった。
