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その怨み、晴らします……第1話

ハラスメントを晴らす面々①

一週間前。

「はっ!」
 河東功佑(かとうこうすけ)は目を覚ました。
 そして覚醒したばかりの脳で、最期の記憶を手繰り寄せる。
確か昨日は「お憑かれ会」。おやじーが作ってくれたおつまみと、あんじーが作ってくれたカクテルで大いに盛り上がった…… そういえばあの『お呼び』、ちゃんと無事に成仏できたかな? あれだけ綺麗な光に包まれながら消えていったんだから、きっと大丈夫! そう、大丈夫!
そう自分に言い聞かせると、そのお呼びと称された者の最後の笑顔を思い出し、彼の口角も緩むのだった。
って、そんな場合じゃなくて今何時だ?
 功佑は慌ててスマホを開いた。
「げっ! 遅刻するっ!」
 朝の七時半。彼の職場は八時出勤。
「やばい! やばい! 遅れる!」
 功佑は飛び起きて、洗面所へと走っていった。
「ちょ! うるさい……」
 功佑のドタバタぶりに、ソファに眠っていた女性が鬱陶しそうに声をあげた。その隣ではスキンヘッドの老人男性が、豪快ないびきをかいている。
「こっちもうるさい!」
 女性は悪びれも無く、その老人の足を蹴りつけた。しかし、その老人のいびきと姿勢はびくともしない。
「やばいやばいやばい……」
 呪文のように連呼しながら、洗顔と歯磨きを終わらせた功佑は、急いで仕事着に着替える。

 七時三十八分。
 今からダッシュで走れば、八時には間に合うはず。
「んじゃ、みんな! 行ってきま~す」
 まだ寝ている連中を気遣い、功佑は小さな声で囁いた。
 それに応えるように、女性は力なく腕を上げて緩くサムズアップ。
「ごおおお……かっ! こっ! こごおおお……」
 老人男性は、いびきと痰を詰まらせながら、彼を見送る。
「こうじー殿……道中、くれぐれもお気をつけくだされ。男たるもの、敷居を跨げば七人の敵ありと申しますように……」
 功佑の足下に何かが転がり、その口を開いた。
 彼の足下に転がってきたのは、紛れもない人の頭、と言うより生首。剃り上げられた頭頂部、そしてサイドから後頭部にかけて長く伸びた髪、まさに落ち武者のそれだった。
「うっじ―、御意っす!」
 功佑はそう言うと、スニーカーに足を通し、靴紐を結び始めた。
「……ご武運を!」
 功佑が靴紐を結ぶ間、生首は朗々と口上を吟じ、最後に力強く言葉を締めくくる。
「まじうっせえって!」
 その口上にうんざりと言わんばかりに、女性はその生首に枕を投げつけた。
「痛っ!」
 枕は見事に生首に命中し、その反動で部屋の隅にある冷蔵庫にぶつかって、鈍い音を立てる。すると今度はベッドの方から、首のない甲冑姿の胴体がドタバタと飛び出して来た。
きっとその生首に駆け寄ろうとしているのだろうが、いかんせん首が無いため何も見えてないようだ。しまいにはベッド横のテーブルに足をぶつけ、派手に倒れる始末。
 散乱するテーブルの上の映画雑誌の山。
「ちっ!」
 女性は苛立たし気に舌打ちをし、寝返りを打つ。。
「ちょっと……もう、ちゃんと片付けといてね!」
 功佑は毎朝のルーティンに、うんざりした声をあげる。
しかし今はそんな場合ではない。
「じゃ、マジで行ってきます!」
 焦る功佑は、急いで部屋を飛び出して行った。

 

「急げ~!」
 功佑は、行き交う人混みの中をすり抜けながら、職場へと急いだ。
 彼はその人いきれの中に微かに揺らめく、誰かの哀しみや怒り、執着や未練の情念を垣間見る。それらはそれぞれに色や形を持ち、その想いが強ければ強い程、鮮明で色濃く、臭いさえも発する。更にその中には人の形をした、言わば『霊』も存在する。
 そう、河東功佑は、霊や情念を視ることが出来、その声を聞く事が出来るという特殊な能力を持つ、二十八歳の青年である。
いつからそうなったのか、先天的なものなのか、彼自身もよく分からなかった。物心ついた頃から、彼の周りには絶えず霊達がいた。彼らはまるで生きているかのように存在し、そして功佑と苦楽を共にする。それが彼にとっては当たり前で、他のみんなも同じだと思っていた。しかし周囲はそうではなかった。そして皆、そんな彼を恐れ、忌み嫌った。親でさえそれを否定し、家庭内では霊の話はタブーとされた。
それ故、彼の周りには人が寄り付かず、かえって死んだ者達で溢れ返る。
しかし、彼はそれでよかった。家族や知人には打ち明けられない事でも、傍にいてくれる霊達になら、なんでも打ち明けられた。

『霊』。彼らも、もとはと言えば生きていた人間。生と死で隔てる事に意味など無い。そう、功佑は考える。
そうやって霊達の助けを借りながら、功佑は今までを生きて来たのだ。大切なことは『霊』達が全て教えてくれた。だから自分も霊達に恩返しをしなければならない。彼はそう思う。
 そして現在。
彼の周囲には常に迷える『霊』達が浮遊し、声なき声を発し続けている。彼はその声に耳を傾け、積念の想いを叶えることに、自身の生きる意義を見出した。  
そして今日も迷える一人の『霊』が、彼の前にその姿を現す。

 七時五十二分。
 功佑はなんとか八時前に、職場のオフィスビルの前に辿り着いた。
 彼の職場はこのビルの二階。額から滴り落ちる汗を手のひらで拭い、いざビルの中に入ろうとした刹那、彼はビル内の階段の踊り場に、周囲とは明らかに異なる人影を見つける。
 年齢は彼より一回りほど上だろうか? 痩身で見るからにお人好し、頼まれたら断れずに色んな事を抱えてしまう、そんな佇まいの男がそこには立っていた。
そしてその顔は酷く疲れていた。きっと気苦労の多い日々を過ごしてきたのだろう。その顔には、苦汁と辛酸が滴り落ちんばかりに溢れていた。その出で立ちも
ひどくくたびれたスーツに、手にはパンパンに詰まった鞄という、あからさまな『疲労感』に打ちひしがれていた。
そして心配そうな面持ちで上の階を見つめる、落ち窪んだ眼孔。
余程心配なことがあるのか? 何かが気になって居ても立っても居られない、そんな声がその表情から聞こえて来るかのようだった。
そしてよく目を凝らすと、男の首にはうっすらと赤い圧迫痕が輪を描いていた。それは自ら命を絶った者の印……
「あ……」
 つい、功佑は声をあげる。その途端、男は功佑に気付き、懇願するような眼差しを彼に向ける。
『あ、ちょっと……今はタイミングが……』
 心の中でそう叫んだが、その男は功佑から視線を逸らすことなく、おぼつかない足取りで階段を降り始めた。
「あの……もしかして私のこと、見えるんですか?」
 その声に功佑は躊躇する。しかし、今にも泣き出しそうな男の声に、功佑は首を縦に振らずにはいられなかった。
 そして勿論のことながら、彼が遅刻してしまった事は言うまでもない。


つづく


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