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その怨み、晴らします……第16話

来るべき災禍

功佑は全てを失った。
彼の毎日を彩る大切な三人の仲間と、初めて自分の事を認め、受け入れようとしてくれた大切な女性、そしてそれらがあって初めて成り立つ自分の世界。それを彼は一晩で失った。
そして今、彼の周囲には誰も居ない。

「昨夜未明、一連の連続殺人の犯人の一人と思われる男が逮捕されました。男は被害者との面識などは無くまた、殺害当時の記憶が無いとも供述しています」
点けっ放しのテレビは、功佑たちが追いかけていた殺人事件の顛末を取り上げていた。しかし功佑にとって、その詳細はもうどうでもよかった。それを暴こうと躍起になっていたにも拘らず、気持ちは冷め、真白に燃え尽きた。
春氏、忍野に続いて杏奈まで消滅。
しかも彼は彼女を業火の中に一人置き去りにした。人知れず業火に包まれた彼女は、どれだけ怖く、心細く、そして熱かったか。きっと自分が助けに帰るのを待っていたはず。それを考えただけで、罪悪感と焦燥感に駆られ、彼は身をよじらせる。
そして三人が居ないという虚無。目に見える世界は白け、逆に自分が死んだのでは? と錯覚するほど。それほどまでに三人の不在は、彼から『生きる』気力を奪い取った。
その息苦しさに耐え切れず、功佑は冷蔵庫のビールに手を伸ばす。それでも飽き足らず、杏奈と忍野が買い集めた高価な日本酒やワインにも手を染める。それでさえも飽き足らず、しまいには忍野が使っていた料理酒にまで手を出し、部屋からはもうアルコールは姿を消そうとしていた。
そして迫りくる激しい吐き気と頭痛。トイレに間に合わず台所に胃液をぶちまける。しかし、ここ数日何も食べていないために、出るのは黄色い胃液と生唾、そして涙だけ。身体だけは彼の愚行に抗い、吐き気と頭痛という制裁を持って、『生きる』ための反抗を続けている。彼は敢えてその制裁の中に身を投じる。頭痛と吐き気、そして脱力感が今の彼の全てだった。
それ故、無論仕事など行ける筈もない。三人が消えたその晩から彼はアルコールに溺れ、現実世界から身を引いた。更には職場からの連絡も一切ない。そう、それは現実世界も彼を必要としていない、その最たる証拠だった。

 
 功佑が堕ちて数日。周囲は一変する。
高苗市内を中心に、周辺は黒い靄に包まれた。更に大戸岳から無数の悪霊や怨霊、低俗霊に至るまでの不浄な霊が解き放たれ、生きし者へ憑依し、破壊と殺戮を巻き起こした。
それに立ち向かう全霊審ではあったが、太刀打ち出来ぬままに劣勢を余儀なくされ、その存続自体も風前の灯火と化す。山本の予見通り、大戸岳に潜む黄泉の意思には、人智の類は一切通用しなかった。祓って祓っても湯水のように沸く悪霊の群れ。しまいには憑依され、自我を残したまま互いに殺し合うなど、『無』に帰すための『絶望』が至る所で繰り広げられた。まさに高苗市は『混沌』と化す。
更に黒い靄の中は強い霊波で遮られ、外界との接触を遮断した。国家的パニックを恐れた内閣府は、緊急で高苗市への入出を禁止し、報道にも規制を掛けた。故に高苗市内は孤立し、誰も助けの手を差し伸べる事は出来なかった。
しかし黒い靄は徐々に範囲を広げ、都心への侵食はもはや時間の問題だった。

静寂の中ベッドにうずくまる功佑。何日経ったのか、昼か夜かも分からない。
目を開ければ、彼の負の感情に引き寄せられた低俗霊たちが、部屋中にごった返している。
その中に『話』が出来る者が居ないか無意識に探す功佑。しかし皆、原形を留めない粗悪な霊ばかり。目にするだけで吐き気がする。彼は床に転がっていたボディミストを一振りし、それらを一掃する。焦げ臭い匂いと共に、瞬く間に消え去る低俗霊たち。その寸暇の悲鳴に、彼は三人の事を思い出す。
『生きろ』
 それは三人が彼に遺した言葉。しかし功佑はそれを受け入れらずにいた。あわよくばこの苦痛の果てに消えてなくなりたいとさえ思うほど。ならばいっその事自ら命を断てばいい。
しかし、その覚悟と勇気さえもない。ただのクズでカス。死ぬ価値も無い男。
そうやって自分を蔑みながら、残り少ないアルコールにすがる毎日に彼は溺れていた。
 まさに生ける怨霊。誰も知らない所で嘆き悲しみ、堪らず声を漏らす。しかしそれを聞き入れる者は居ない。そう、彼も闇に墜ちた。

 しかし……
 急に鳴り響くスマホ。功佑はそのけたたましさに驚き、慌てて着信者を見た。
「……」
その名前に躊躇する功佑。それは篠北からだった。
 無視することに決めた功佑はスマホを足元に追いやる。しかし、しきりに鳴り響く着信音。
 そのしつこさに根負けして、彼はその着信に応じる。
「もしもし……」
「……」
 篠北は何も喋らない。
「切ります……」
 そう言うや否や、スピーカーから激しいノイズ音が鳴り響き、黒い靄がスマホから溢れ出た。そして瞬く間に周囲をそれが囲み、功佑を闇に閉じ込める。更に濛々と立ち込めるその中に、うっすらと誰かの顔が浮かび上がる。
「室長……」
 功佑の脳裏に戦慄が走る。それは今、一番見たくない顔だった。愛しさと憎しみの琴線を鷲掴みにするその相貌に、彼はまた困惑する。未だに心の奥底では篠北との変わらぬ日々を待ち望む自分が居て、そんな自分に嫌悪する自分。そしていない三人。更には彼女を殺そうとした自分が居て、殺意に汚れた手に彼の胸中はまさに混沌と化す。
 そして篠北はそっと目を開き、何も言わぬまま懇願の眼差しを彼に向ける。そして彼女の向こうにはまだ何かが見えた。功佑はそれに目を凝らす。打ち付けられたベニヤ板、散乱する書類と設計図。
そう、そこは桃果たちが居た、あのプレハブ小屋。
『ぎゃあああ!』
 突然、気が触れる程の絶叫が彼の鼓膜に突き刺さる。ハッとして目の前の篠北に視線を戻すと、彼女を取り囲んでいた黒い靄は一瞬にして烈火の炎と化し、彼女を燃やし始めた。業火にのたうち回る篠北を目の当たりにする。
功佑は目の前の映像に悟った。その炎は春氏たちを奪ったあの炎と一緒……故に春氏たちを奪った炎は、篠北の仕業ではなかったという事を。延いては何かの意思に踊らされ、自分は殺意に飲み込まれたという事を……
これが篠北からの助けを求める声なのか、それとも大戸岳に潜む闇が見せる幻なのか?
功佑はその問いに、敢えて是非を求めなかった。ただ、聞こえた、否、感じた声に応えるだけ。そう決めた彼は、バッグの底に眠っていた頭痛薬と吐き気止めを手に取った。

部屋を飛び出した途端、功佑は変わり果てた外の様子に躊躇した。白昼の街中には黒い念が蔓延り、それにしがみつくように邪悪な悪霊や低俗霊たちがとぐろを巻いていた。そして破壊された街並みと、轟く奇声と悲鳴。乗り捨てられた車の下には、下敷きになった誰かの死体。至る所に落ちたガラスの破片と血痕。そして逃げ惑う人々。
それはまさに地獄絵図。何故、いつのまにそうなったのか、功佑は戸惑うばかり。そんな逃げ出してきた羊を見つけたかのように、悪霊たちは功佑を取り囲む。それらを払う術の無い彼は、ポケットに忍ばせていたボディミストを撒き散らしながら、大戸岳への道を急いだ。
更にはその悪霊に憑かれ、刃物を振り回す狂人と化した者たちが、彼の前に立ちはだかる。
同様にミストを撒き散らしながらそれらを交わし続ける。しかし、もうその残量も残りわずか。息を潜め、声を殺しながら、功佑はさらに慎重に歩みを進める。

功佑が大戸岳に辿り着いた時には、もう日が暮れようとしていた。
功佑は敢えて登山ルートから逸れ、大戸岳の中へと入っていく。どこでどう霊障が彼を襲い、漆黒の闇へと落とそうとするか分からない。彼はより慎重に、桃果を助けたあの日の記憶を頼りに、山中を彷徨い歩いた。
中腹まで来ると、漂う霊気は一瞬にして変容を遂げる。肌を噛むほどに冷たい空気が辺りを包み、そして生い茂る草木を消し去る程に黒く濃い靄が、功佑自身を包み込む。大戸岳に潜む闇は彼を歓迎しているようだ。それが何を言おうとしているのかは分からない。しかし、その真意を確かめる為、、そして篠北を救出する為に、彼は以前忍野たちの前で断言したように、『覚悟』を決めるのだった。そして今は亡き三人に、生きて帰る事を誓った。

程なくして彼は、あのプレハブ小屋の前に立っていた。
その小屋の中には、忙しなく動く人影が見えた。彼らは頭にヘルメットを被り、真っ黒に汚れた作業着に身を包んでいた。
「おい! 何モタモタしてんだ! 今から装填だろうが! さっさと準備しろや!」
 背後から逞しい体格の男性が激を飛ばした。そして気が付けば、功佑も彼らと同様に作業着に包まれ、頭にはぶかぶかのヘルメットが乗っていた。
 そして今一度視線を小屋に戻すと、そこは一変して堅い岩盤に覆われた薄暗がりの中。そしてわずかな光の中、男達は至る所に爆薬と雷管をセッティングしている。
 功佑は悟った。今、彼の目の前に見えているのは、あの日目にした『トンネル』という文字に対しての答え。きっと大戸岳には過去、トンネル工事が計画されていたのだと彼は察した。彼は今、その工事の最中、掘削の渦中の大戸岳の中に居るのであろう。後ろを振り返ると遥か彼方に外界からの光が見える。出口まではかなりの距離がありそうだ。
 その瞬間、激しい揺れが彼らを襲った。
数十秒に及ぶ地震は、掘り進められた洞穴内の壁面や天井部分を破壊する。巨大な岩盤が落下し、それに重なるように壁面の岩盤が崩れ、工員たちは瓦礫の下敷きとなった。そして功佑も同じく瓦礫の中にうずくまり、身動きが取れない状態に陥った。
「痛い……」
「助けて……」
 至る所で工員たちの呻き声が聞こえ、功佑の鼓膜にそれは貼りついていく。
 連鎖する男達の悲痛な叫び。しかしその声を根絶やしにするかのように、余震が繰り返され、徐々にその声は途絶えていった。功佑も他人事ではなかった。鋭角に尖った岩盤が背中に突き刺さり、肺は圧し潰され、左足はねじ曲がり、そこに執拗なほどに落石が堆積していく。
『死にたくない……』
『助けてくれ……』
 声が聞こえなくなったかと思うと、功佑の周りに死んだばかりの、浮かばれない男達の魂が集まりだした。拳大の大きさの魂たちは隙間という隙間に潜り込み、功佑の耳や鼻、口や目の中にまで入ろうとする。彼らは未だ『生』である功佑にしがみつき、その未練を露わにする。
しかし功佑はそれには抗わなかった。
今、目に見えていることは過去の事実。されどこの光景はその切り抜きでしかない。そう、現実ではない。目の前の映像に飲み込まれてはならない。しかし、彼らの思いを受け止める事は己の使命。功佑はそう信じ、激痛と息苦しさ、そして男達の悲痛な声に歯を食いしばった。
功佑は男達の呻きとは別に、カチカチと鳴る機械的な音に気付いた。その音の正体に思いを巡らす――先程まで掘削の為に爆薬を仕掛けていた――それに気づいた時はもう遅かった。激しい爆発音とともに、岩盤諸共、魂も、功佑も木っ端みじんに吹き飛ばされた。そしてその熱風に、春氏と忍野を包んだそれと同じ匂いを彼は感じ取った。
そして……
功佑は闇の中で目を開ける。しかしそこは漆黒の闇。何も見えなければ、何も聞こえない。
ただ感じるのは、霊障に悲鳴を上げる四肢の痛みだけ。
この闇に何かを感じ取ろうと、深呼吸をして息を整える。その途端、彼の右足を誰かが掴んだ。ギョッとして足下に目をむけると、彼の足を掴む誰かの手、そしてそれに噛みつく誰かの頭、そしてまたそれに絡みつく誰かの足、今しがたの爆発で四散した男達の身体が幾重にも絡み合い、それは遥か闇の底にまで永遠に連なっていた。
その無残な様相に功佑は唇を噛みしめた。
『目を背けてはいけない!』
彼らの悲痛な叫びこそが、きっと漆黒の闇の根源。その怨念が、否、その苦しみが聞き入られない限り、その悲劇は繰り返される……
そう悟った功佑は、足元の手に自らの手を伸ばした。その刹那、彼の手を求めて闇の中から無数の手が飛び出してきた。そしてそれらは功佑の体中を掴み、彼を闇底に落とすかの勢いで引っ張り続けた。そして数名の手や頭、足や胴体が功佑を踏み台にして、『上』へと登っていく。更にそれは尾を引き、功佑の下に連なる者たちも、それに倣い上を目指した。功佑はそれに目を瞑ることなく、一人一人を凝視し、無造作に掴まれる痛みや、噛み千切られる痛み、そして蹴りつけられる痛みに耐え忍んだ。それが、彼らへの供養、すなわち成仏に繋がると信じて……

永遠と思われたその連鎖はやがて最後の一人を迎えた。もうその時点で功佑の心と身体はボロボロだった。と、その途端、彼の眼下にはまばゆい光が現れ、と同時に周囲を烈火の炎が吹き荒れた。
「熱い……」
 そう、この炎こそ三人を奪った炎である事を、功佑の肌は思い出した。
 そしてその炎の中に浮かぶ人影を見つける。それは燃え盛る炎に四肢を包まれた篠北だった。
「室長!」
 功佑がそう叫ぶのと同時に、篠北は功佑の目の前に飛び出し、目を見開いた後、唇を震わせた。
『全てを無に帰す……』
 漆黒の瞳に獣のような声で篠北はそう告げる。きっとそれは闇の声。そう悟った瞬間、彼女を包む炎が勢いを増した。
「熱い! か、河東君助けて!」
 途端に篠北は自身の声で悲痛な声を上げる。燃え盛る炎はとぐろを巻き、彼女の衣服を一瞬で焼き散らし、雪のような肌を炙りにかかった。その有無を言わさぬ勢いは、圧倒的だった。功佑は慌てて手を伸ばそうとしたが、金縛りにあったかのように、急に動けなくなった。
「何が目的だ? こんな事して何になる! やめろ! 頼むからやめてくれ!」
 功佑は泣き叫んだ。しかし闇はそれに応えることなく、容赦なく篠北を燃やし続ける。否、それが功佑への返答かもしれない。真っ黒に焦げていく篠北の肌。そしてそれは水泡を伴いながら醜悪に焼けただれていく。篠北は絶叫と悲鳴を繰り返しながら、その炎にのたうち回る。
功佑を『絶望』させるために炎は篠北を業火に包む、そうとしか考えられなかった。それは何かで代償できるものではなく、彼が絶望するまで続けられる。その為に篠北は永遠の業火に包まれる……
全ての元凶は自分。
そう悟った途端、彼の身体にも炎が引火した。そして篠北同様に業火が彼を包む。
「ぎゃあああ!」
 その熱さは、春氏や忍野の時に味わったそれとは比べ物にならないほどに激しかった。金縛りなど振りほどき、彼はその熱さにのたうち回った。そしてそれは永遠と思えるほどに、痛覚を維持したまま延々と続いていく。そして目の前には同じように想い人が焼き続けられている。
『助けるために駆け付けたのに、結局大切な人を護れなかった……』
 業火の中で彼は自分を悔いた。そして必死に今まで生きてきたこの結果に、激しく嘆いた。
 その哀しみに呼応するかのように、炎はその勢いを増す。
『熱い……熱い……熱い……誰か……』
 功佑は藁をもすがる思いで、
『助けて!』
 そう、心の中で叫んだ。

 その刹那、炎でドロドロになりかけていた彼のスマホに、誰かからのメールが届いた。その不可思議な状況に、功佑は辛うじてまだ見える右目で、慌ててそのメールを確認した。それは功佑の自宅のパソコンから送信されており、文面には意味不明な言語と、あからさまに怪しいURLが貼付けられていた。功佑は躊躇することなくそれをタップした。

すると……

「人は一人では生きて行けぬもの。肩を寄せ合い、袖を擦り合い、『縁』を重ねるが世の常。それを妨げるは人ならざるもの。人は斬らぬが悪は叩き斬る!」
 どこかで聞いた事のある声がスマホのスピーカーから漏れて出ると同時に、液晶画面から激しい光が迸った。その明滅が収まり、功佑は目を開ける。するとそこには映像として、二人の男と一人の女が立っていた
 彼らの登場により、周囲の炎はまるでフリーズしたかのように急に止まり、ブロックの破片の如く、功佑と篠北の身体から剥がれ落ちた。功佑はその不思議な現象に、今一度、三人の男女の姿に目を凝らした。
「うっじー! おやじー! あんじー!」
 功佑はその三人の姿に狂喜した。
そこに現れたのは春氏、忍野、杏奈の三人だった。
「おりゃ? こりゃ、どういうことだて?」
「うそ? 私たち甦ったの?」
 春氏以外の二人は寝耳に水な状況で、自らの現出に驚きを隠せないようだ。
「うっじー! これ、どういうこと?」
「よくぞ聞いてくださった。拙者はこうじー殿の職場、並びにご自宅のパソコンに届いておりました迷惑メールなるものを拝見いたしまして、それはあらゆるデータを暗号化し、使えなくするというからくりがあるようで、拙者も見よう見まねで作ってみたでござるよ。そしてそれを実行するウイルスなるもののアルゴリズムが、拙者らの霊体としての電気信号と似ておりましてな。拙者らの信号データをそのウイルスに組み込んでみたでござる。そしてこうじー殿がよもや窮地と思しき時間に送信されるように、設定しておいた次第。流石にこの闇も、迷惑メールまでの免疫は持ち合わせておらんかったようですな。デジタルに精通し、死して尚もこうじー殿を護りたいと思う拙者らの未練と怨念が、少しだけ闇に待ったを掛けれたようでござる。拙者の五百年も伊達ではござらんかったなあ。いやあ間に合うてよかったでござる!」
 そう言って高笑いをして見せる春氏。その豪快な笑いっぷりに功佑は心の底から安堵し、なんの根拠もない彼の作戦に感謝した。そう、根拠ではなく、その想いがこの荒唐無稽な作戦を可能にした。功佑はそう信じた。
「という事は、これからも一緒だよね?」
「それはちいと違うでござる」
「どういう事?」
「霊障はまやかしであるのと同様に、拙者のこの愚策も一時的なもの」
「え?」
「拙者らはこうじー殿を絶望に落とす為に、この炎に消された身。されど成仏した訳ではござらん。その最期、主君を護り通す、延いては成仏するための期間限定での復活でござる」
 その言葉に功佑他、忍野も、杏奈も意気消沈する。
「拙者はこの大戸岳に位置する、あの世と呼ばれる『黄泉の意思』に触れたでござる。この黄泉の意思なるものは、純粋でただひたすらに生を無に帰すだけの意思であり、恐ろしい事にこやつは人の弱さ、悪さ、そして業を熟知しておりまする。長きに渡る人の愚行を見続け、それ故に『絶望』を覚えた模様。更には五十年前のこのトンネル工事の事故で、沢山の命が奪われ、その愚挙と死んだ者たちから湧いた怨念がきっかけで、あの世とこの世の均衡がおかしくなり、この黄泉の意思が、生の世界へはみ出したでござる。それを戻すには無垢なる供物が必要かと」
「無垢なる供物って?」
「それは穢れなき魂。怨念で汚れた黄泉の意思を、怨みではない清廉潔白な魂で洗い流す必要があるでござる。要はバランス。日頃のメンテナンスが悪い故こうなった次第。さすれば我ら三人こそ穢れなき魂として適任かと! そうそう、言うなればレンズクリーナーでござるな!」
「ちょっと待って! それってうっじ―たちが犠牲になるっていうの?」
「心配ござらん! 一度ならず二度も消滅した身。犠牲というには及びませぬ。何より拙者らは成仏するだけでござる! 一石二鳥ではござらんか」
「でも」
「でももへったくれもござらん! ささ、あの光に向かってそのご婦人と抜け出すでござる!」
春氏は遥か頭上に灯った光を指さした。その光はこの世への扉。闇がフリーズしていることで開いたままのようだ。
「早うしてもらわぬと、拙者らの方が時間切れで全てが水の泡でござる! ささ、こうじー殿ご決断を!」
「早う行かんかい! 澄子に宜しゅう頼むでね!」
「その女、多分あんたの事大切に思ってるから! 大事にしなさいよ!」
 忍野も杏奈も春氏の説明で合点がいき、功佑に激励を飛ばす。
「みんな……」
 功佑は目頭を熱くさせたが、敢えて微笑んだ。そして気絶した篠北の手を掴み、その光を目指す。されど功佑は今一度後方を振り返る。その視線の先には、深まる闇と逆巻く炎の中で、最愛の三人が右手を上げ、彼にサムズアップをして見せていた。そして功佑もそれに倣いサムズアップ。そして三人の姿は炎の渦に飲まれ、功佑と篠北はまばゆい光に包まれた。

 功佑は目を覚ます。
 そこは大戸岳の山中ではなく、通常のルートで登った展望台のある頂上だった。
 周囲に目をやると、黒い靄は消えてなくなっており、もう夜が開けようとしていた。
 春氏たちのおかげで平穏が戻ってきた。そう、彼は信じた。
篠北はそこには居なかった。どこかで無事に目を覚ましてくれる事を、功佑はそっと祈る。

『こうじー!』
 突然背後で、誰かの声が聞こえた。
その途端、後方の空に三本の光の柱が走り、それは天高く昇って行った。その光はまるで名残惜しそうに瞬きを繰り返しながら、そして消えていった。
功佑はその光が消えても尚空を見つめ続け、そっと呟いた。

「ありがとう」

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