その怨み、晴らします……第17話(最終話)
エピローグ
三か月後。
その日の晩、高苗市では大戸岳より無数の光が天に向かって昇っていった。それは視える能力のない者にも肉眼で見える程に鮮烈な光であった。
同じ日。
高苗市は、何かの圧力が掛ったのか、五十年前に起こったトンネル工事での事故を突然公表する。更には被害に遭った労働者たちの名前を発表したうえで、遺族への謝罪を申し出た。
何を今更と、世間は厳しい批判の声を上げる。しかし、その公表によりその日の晩、沢山の魂が天に昇って行ったことは言うまでもない。
高苗市は春氏たちのおかげで、黒い靄から解放されたものの、その被害は尋常ではなかった。霊障はまやかし。しかしそれによって失われた命も多かった。更に破壊された市内はライフラインが断たれ、完全なる復旧へは今しばらくの時間が必要だった。
しかし、残された者は皆手を取り合い、『日常』を取り戻すべく青空の元、汗を流す日々に励んでいた。
「今日も一日頑張りましょう!」
功佑はエッジとFMたかなえの共同復興イベントのスタッフとして、彼も汗にまみれる日々を過ごしていた。
篠北との再会は、あの日以降赦されなかった。彼女は人事異動という名のもとに、人知れず違う部署へとその行方をくらました。功佑自身、淡い気持ちと後ろめたい気持ちが混濁し、その現実に少しだけ冷静になれた。しかし功佑は、『最期』と称して、彼女に一通のメッセージを送り付ける。それは、在りし日の春氏が残してくれた、トンネル事故の詳細。
そしてそのメッセージの既読をもって、篠北が存命である事、高苗市の五十年を経てのトンネル工事の事故の公表をもって、彼女が元気である事を確認し、彼はそっと胸を撫で下ろす。また、功佑自身、春氏・忍野・杏奈、そして篠北が居なくなった現実に、時折潰されそうになる日も少なくはなかった。彼らが居れば、彼らさえ居ればと、枕を流す夜も少なくはない。しかし彼には、春氏たちが救ってくれたこの命がある。この命は功佑だけの命ではなく、四人の命。自分は独りではない。見えなくとも常に彼らが付いている。そう信じ、これからも生き続ける事を彼らと自分に誓い、誠心誠意、エッジでの仕事に励むのだった。
そして今日は復興イベントの初日。高苗市内の飲食店が一堂に会し、無料で自慢の料理を被災した市民へ提供する。更には市内の芸能事務所が所属タレントをかき集め、ゲーム大会やお笑いライブ、コンサートも予定されている。
功佑は新しく企画室長も兼任することになった野沢の指揮のもと、飲食ブースの設営スタッフとして、準備と運営に奔走していた。
「河東さん、今日はよろしくお願いします!」
厨房資材を運び込んでいた最中に、一人の女性が声を掛けてきた。
「あ、仲野社長、おはようございます! こちらこそよろしくお願いします!」
寸胴鍋を台車に乗せると、功佑は改めて目の前の女性に一礼する。
彼女の名は仲野杏里。市内でエステサロンとバーを経営する、若き女社長。そして別事業として、私財を投げうっての子ども食堂も開設するという、やり手でありながら、慈悲深い女性でもある。以前よりエッジとは関係の深い彼女ではあったが、功佑が今回の担当になった事で、その親密さはさらに深まったようだ。彼女曰く、功佑の佇まいは『なんか、ほっとけない』らしい。今回のこのイベントも、功佑からの打診にいち早く賛同し、他の飲食店へのオファーも率先して進めてくれた。正直なところ、今回の参加店舗の交渉の半分は彼女の力でもある。
「じゃあ、私も準備あるからまた後でね!」
杏里はそう言って、功佑にサムズアップをして見せると、足早に自分のブースへと走っていった。
「おお、兄ちゃん久しぶり! 元気しとったで?」
テント内に徐々に設営されていく仮説厨房の中から、一組の老夫婦が満面の笑みで功佑に声を掛けてきた。
「あ! 佐山さん、おはようございます!」
そこに居た夫婦は佐山の両親だった。彼らも功佑の声に賛同して、遠路はるばる自慢の料理を振る舞いに来てくれたのである。
「兄ちゃん、うちにねえ、新入りが入ったんよ。どうしてもうちらの味を引き継ぎたい、言うてね。最初は断ったんじゃけど、まあ諦めんでね。とうとう根負けしてもうたわ」
そう言いつつも嬉しそうに笑みを零す母親。
二人が笑顔で居てくれた事に、功佑は安堵する。
「あ、初めまして。私、忍成浩二と申します」
両親の背後から現れた、丸坊主で着流し姿の武闘派然とした男が、名乗りを上げた。
「初めまして! エッジの河東と申します。ぜひ、お二人の料理を後世に受け継いで下さいね! 個人的にも応援しています」
功佑が目頭を熱くしてそう言うと、
「お任せ下さい!」
忍成は力強くサムズアップして見せた。
「先輩! これはどちらに運べば良いのでしょうか?」
今度は素っ頓狂な声が、背後に響いた。
「ああ、春田君、その食材はとんちき亭さんとこのだから、五番のブースに運んでください」
「かしこまりです!」
春田と呼ばれた青年は敬礼をした後に、小さくサムズアップして見せる。それからおよそ十五キロの冷凍肉が入ったクーラーケースをひょいと抱えて、指示されたブースへと走っていった。
彼は先月、中途採用で入ってきた男性社員、元自衛官の春田真司である。やっと功佑にも後輩が出来た。更にはその後輩はまさに実直で、筋金入りの真面目。されどガタイはいいのになぜかいつも飄々としていて、憎めない男。
そんな彼は何故か猫たちに大人気。一歩外に出ると、どこから集まったのか野良猫たちがすり寄って来る。。そして今日もまた、彼の足下を一匹の仔猫が、蹴られないよう器用に擦り寄って歩いているのだった。
十八時三十五分。
休憩なしのノンストップでいろんなブースに応援で駆け回り、功佑も流石に疲労困憊。
とは言え老若男女、沢山の来場者が食べて飲んで、笑って、初日から大盛況。その疲労感に達成感とやりがいを彼は感じていた。
「ちょっと休憩……」
功佑は自販機の横側を背もたれにし、栄養ドリンク片手に一息ついた。
「良かったら、これ、どうぞ」
急に現れた忍成が、、ラップに包まれた巨大なおにぎりを差し出してきた。
「わ! ありがとうございます」
素直に喜んで受け取ると、
「ちょっとぉ! なにサボってんのよ!」
今度は悪戯な声を上げる杏里が駆け寄ってきた。
「先輩! お米が底を尽きました~」
さらに春田が追い打ちをかけるように駆け寄ってきた。そうなると明日の朝一、米の補充に市の備蓄倉庫まで走らなきゃならない。という事は、今日より早く準備に掛からないといけない。
「明日早起きかぁ~」
「先輩! お供します!」
嘆く功佑に、サムズアップで応援を買って出る春田。
二十時半。
「さてと、帰りますか……」
功佑は、各店舗との明日の打ち合わせを終わらせると、帰る身支度を始めた。
誰も居ないはずのスタッフの控室。功佑は突然、背後に誰かの視線を感じた。
ハッとして振り返ると、そこには涙で目を腫らした少年が、じっと彼を見詰めていた。その少年の周りには、寂しさを匂わせる藍色の念が漂っている。更にゆらゆらと揺らめき、視認が不安定。死後わずかのお呼びのようだ。
「どうした? 僕でよければ話、聞くよ」
明日朝が早いというのに、功佑は少年の寂しそうな顔に絆され、無意識のうちに駆け寄るのであった。
少年曰く、友達に自身の病気の事でずっといじめられていたとのこと。経緯が分からない功佑は、少年に優しく微笑み、少しずつその詳細を尋ねていった。
そして一通り話を聞き終えると、目頭を熱く潤ませながら、彼は言う。
「その怨み、晴らします!」
了
