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その怨み、晴らします……第4話

ハラスメントを晴らす面々④

「高苗市内の小売店、個人経営も合わせると、およそ四百店舗です。その中のマンスリーなび たかなえの納品店舗は二百三十店。およそ五十七%の――」
 翌日の朝一のミーティングで、副編集長の野沢が発行部数アップに向けてのプランをプレゼンしていた。記事を書かせてもらえない功佑にとっては、正直無駄な話。というより、このプランだと配送と回収箇所が増えて、余計に雑務が増えるだけ。この時間が早く過ぎてくれることを、彼は切に願うばかり。
『小林さんをもう、巻き込まないで貰えますか……』
 彼の脳裏に突如として、今朝の佐山の言葉がよぎる。その表情はまさに切実だった。
 功佑は野沢の話を聞き流しながら、今朝の佐山との会話の内容を反芻し始める。

 その日の朝、功佑は佐山と会う為にいつより早く家を出た。
 彼がビルに着いた時には、もう彼は現出していた。その姿はうっすらと透け、その表情も物憂げで、今にも消え入りそうな状態だった。
それもそのはず。今の彼は怨念のみの非常に不安定な状態。
彼は浮かばれない『霊』としては、まだ未熟で不完全な存在。下手すれば周囲の低俗霊に蝕まれて、自分が佐山である事も忘れたただの怨みだけの、それこそ低俗霊に堕ちる危険性もある。この早朝の数時間しか姿を現すことが出来ないのも、自らの命を断ったのがこの時間帯だったんだろう。その思いが強い時間だけが、彼が霊体として声を上げる事の出来る時間。その貴重な時間を一秒たりとも無駄には出来ない。更に決戦は死後四十九日以内。それ以内であれば、たとえ怨念であったとしても、その怨みを昇華さえさせれば、成仏をさせる事は可能。されどその四十九日を過ぎると本当の『怨霊』と化し、成仏させるのは至難の業。下手すると悪霊へと陥る可能性だってある。
そうなる前に天に送り届けるのが、功佑たちの使命。佐山に至っては死して以降、もう数日が経っている。悠長には構えてはいられないのが本音。

因みに功佑たちは、死後四十九日までの間に怨霊に堕ちる可能性がある魂を、『お呼び』と呼称する。怨霊予備軍と、誰かに話しを聞いて欲しくて助けを『呼んで』いる事を掛けて『お呼び』と杏奈が命名。男たち三人は当初、その名称にピンと来なかったが、最近になってその名前が名実ともに馴染み始めていた。

「おはようございます」
 功佑は彷徨う佐山に声を掛けた。
「あ、お、おはようございます……」
 功佑の挨拶に我に返る佐山。功佑は努めて優しい笑顔で、彼を見据えた。
「昨日は色々とお話しいただき、ありがとうございました。今回、所長さんへの復讐を実行するにあたって、もう少しだけお話は可能ですか?」
「そのためにこんなに朝早く来て下ったんですか? なんか、すみません……」
 申し訳なさそうに佐山は俯いた。
「気にしないでください。一緒に怨みを晴らそうって言ったのは僕ですから」
功佑の言葉に佐山は少し微笑んだ。
「で、早速本題なんですが、所長さんのハラスメントを証明する事ができるような証拠とかありませんか? 例えばメールの文面だったり、発言の録音だったりとか残ってたりしてませんか? あと、小林さん以外にも被害を受けていた方とかが分かれば、教えていただきたいのですが……」
 彼の質問に佐山が頭を抱え込むと、その姿は揺らぎ始めた。功佑は咄嗟に佐山の手を掴んだ。そして佐山の霊体としての存在を肯定することで、過去の記憶をより鮮明に思い出させることが出来る。不躾に質問で彼を責め立てれば、霊とて委縮してしまい、その手を掴むどころか、その姿さえも消えてしまうだろう。
 功佑はそこを踏まえて、佐山に努めて優しく微笑む。
「私のスマホにあの男からのメールが残っていると思います。多分遺留品として両親が受け取ってるはずです。後、社用車のドライブレコーダーにも、犯行の映像が残っているはず……あと、被害者ですが、受付の若林っていう女性が三船と繋がっています。あいつを叩けば、被害に遭った社員たちの名前が出ると思います」
 功佑の配慮が功を奏したのか、佐山は記憶の糸をすんなりと手繰り寄せる。
「スマホとドラレコがあれば、大きな力になります! 手に入れる方法を考えてみます。あと、その若林さんって方は、どんな方ですか?」
「あの女は……」
 佐山は言葉を詰まらせた。功佑は握る佐山の手に、少しだけ力を込めた。
「あの女は、三船の不倫相手の一人です。それにあの女、他の女子社員を三船に差し出す下衆な女です。正攻法で行くと煙に巻かれるかもしれません」
若林という女。きっとその女自体も策士。彼女の思惑が分かれば、今回の作戦への足掛かりになるかも知れない。
 
「あの……」
 時計の針が午前八時に差し掛かった時、佐山が思い詰めたように切り出した。
「あの、一つお願いがあります。小林さんを、もう巻き込まないで貰えませんか? 彼女、きっと僕との一件で怪我もさせられ、心に傷を負っているはずです。小林さんだけはそっとしておいてください! これ以上彼女を苦しませたくないんです……」
 涙ながらに訴える佐山。その表情はまさに生きている者のそれと同じだった。
「分かりました。小林さんには極力、迷惑が掛からないように配慮してみます。進展があれば、またお伺いしますね!」
 功佑はそう言ってその場を切り上げた。されどその時の佐山の熱く募らせた表情が、数時間経った今でも、彼の目に焼き付いて離れなかった。三船を憎むが故、その人柱となった小林を護りたいという彼の想いは、憎しみと同様に熱く揺るぎないものだった。

 野沢の話が終盤になりつつある頃、功佑はある気配を感じ取った。
 彼はガラス張りの壁面にそっと視線を向ける。ガラス張りの向こうはこのビルの廊下であり、その先には別の会社が軒を連ねている。
「……」
 不意に目を向けた先には、見慣れた三人の男女の姿があった。そう、春氏、忍野、杏奈の三人だ。昨晩言っていた作戦の準備に来たようだ。。
 ガラス張りに映り込む三人は、功佑にからかうような笑みを浮かべると、胸元で小さなサムズアップをして見せた。功佑も周りに気付かれないように、机の下で小さくサムズアップ。
「河東君、野沢君のプランについて、どう思いますか? 営業促進に関しては君の協力も必要です。君なりにどう思うか聞かせてくれませんか?」
不意を突いて、田所編集長が功佑に白羽の矢を立てる。
編集長はいつもそう。プロジェクトに入れてもいない功佑に、具体的な意見を求める。
これもパワハラではないか? とさえ感じる時もある、そして急な質問に彼は毎回、しどろもどろになるのだった。
「えっと……その……えっと……」
 急に言われても即答が出来ず、言葉を詰まらせる。
「おい河東! ちゃんと聞いてなかっただろ?」
 功佑の困惑ぶりに、野沢が呆れたように声をあげた。
「あ、いえ……はい……申し訳ありません……」
「河東君、君もこの席にいる以上は発言の義務があります。日々、色々押し付けて申し訳ありませんが、もう少し参画意識を持ちなさい」
 編集長は温厚に諭すが、野沢は明らかに憤慨していた。
「はい……申し訳ありません……」
 功佑は恥ずかしさに口を噤む。そして申し訳なさそうに数回頭を下げた。その後、他スタッフの的を得た質疑が続き、それからおよそ一時間後に朝のミーティングは幕を閉じた。

「ああ……またやっちゃったよ……」
 昼の十三時過ぎ。
 功佑は昼休みを取りに、誰もいない屋上へと逃げ込んだ。
ミーティング以降、野沢と言葉を交わすタイミングは無かった。彼のプレゼンをちゃんと聞いてなかった訳ではないが、質問を絞り出すには至らなかった。されど他のスタッフからは建設的な質疑があった。上の立場からすればそれは、参画意識が欠如している、そう捉われても致し方ない。その評価が、記事を任せられない一因になっているのだろう。
ため息を零しつつ、ちょうど日陰になっている入口の裏側に、功佑は腰を下ろした。ここが彼の特等席。そこの壁面に背中を預け、彼は肩を落とす。
 手には小さな栄養ゼリー。しかしそのゼリーさえも、今日は飲み込むのが億劫に思えた。
「ちょっとお! なんで最後まで戦わないのよ、男らしくない! そんなんだから舐められんのよ!」
 肩を叩いてきたのは、入り口の壁をすり抜けてきた杏奈だった。そして彼女を皮切りに忍野と春氏も壁から飛び出してくる。
「ちょっと! 見てたの? 恥ずかしいんですけど!」
したり顔で見て来る杏奈たちに、功佑は戸惑った。
「でも、それはさ……あんじーだから言えることじゃん。僕はあんじーほど仕事が出来る訳じゃないし……」
 そう言って溜め息を漏らす功佑の隣に、杏奈は体育座りをする。
「ったく……功佑坊ちゃまは自分の事となると、途端に弱くなるんだから……」
「それとこれとは別だよ……」
 ぶすける功佑の頭に杏奈は手を乗せ、優しく撫でた。
「ま、そこがあんたの可愛いとこで、ほっとけないとこなんだけどね」
 そのまま杏奈は、功佑の頭を自分の肩に傾かせた。功佑も抗わずにそれを受け入れる。
「ささ、こうじー! そんな水みたいな菓子なんぞじゃ、昼からの仕事は体が持たんで、握り飯でも食わんかい!」
 忍野は座り込んで、着流しの胸元から四人分の巨大なおにぎりを出して見せた。功佑は忍野からそれを受け取ると、巻かれたラップをゆっくりとはがした。その途端に鼻腔に流れ込む、甘く煮付けられた鶏肉や人参、山菜、筍と、その煮汁をたっぷり吸い込んで炊き込まれた米の優しい薫り。口に中に想定された味が充満し、自然と食欲が湧き出した。
「午後からも納品業務でござろう。栄養をしっかり取って、存分に頑張って下され」
春氏は持ってきた水筒のコップにお茶を注ぎ、功佑に手渡した。
「美味しい……」
 功佑は素直にそう思った。そして、そのおにぎりとお茶の優しい味わいに、ほんの少しだけ、彼は目頭が熱くなるのだった。

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