見出し画像

その怨み、晴らします……第3話

ハラスメントを晴らす面々③
「さようでござったか……どの時代にも私欲にまみれた主がおるものでござるな……」

 落ち武者は、その話に目頭を熱くした。

「男として、風上に置けん奴じゃて!」

 スキンヘッドの老人は、怒りに声を荒げた。

「なにそいつ! 絶対許さない! ちょ、まじで呪い殺そう!」

 そして女が一番腹を立て、飲んでいた缶チューハイをテーブルに叩きつけた。

「あんじー、ちょい待ち。殺っちゃうのはアウト! 僕、殺人犯になっちゃうから……」

 功佑がなだめるも、女は蛸のように唇を尖らせる。

「つまんな……」

 そう呟くと女は舌打ちをつく。


 仕事が終わって帰宅した功佑は、今朝遭遇した男の霊=佐山の事を、自宅に居座る三人にも打ち明けた。三人とも功佑同様に、佐山を不憫に思い、なによりも三船という男に怒りと憤りを露わにした。


 功佑宅に居座る三人の男女。

彼ら三人は、『人』ではなかった。もう少し正確に言えば、『人』ではなくなった者たち、そう、三人は功佑の元に集まった『霊』である。三人とも以前はそれぞれに、怨みつらみ、未練の果てにこの世に留まった、れっきとした怨霊。闇に蠢き、憎悪と悔恨にそれぞれに身を焦がし、打ちひしがれていた怨霊。そして彼らはその渦巻く情念の中を、ずっと孤独に彷徨い続けていた。その情念のあまり、時に生きし者の目に留まる事もあったが、その全ては恐怖におののくばかりで、何故彼らが彷徨い続けているのか、その事に目を向ける者は皆無だった。


 しかし。

 彼らは功佑と出逢った。功佑は他の輩と違い、彼らの声に耳を傾けた。

そして本来であれば、霊が生者に『想い』を伝える事は至極至難の業。しかし功佑だけにはそれが出来た。更にその想いを打ち明けた事によって、負の情念は影を潜め、生前の人となりを取り戻すまでに彼らは至る。

 更に功佑と一緒に居る事で、霊体であるにもかかわらず、生前と変わらぬ生活を送れるほどに、その『存在』は確固たるものとなるのだった。

 功佑自身、何故そうなるのか、具体的には分からなかった。しかし、彼らの声に耳を傾け、目を逸らさずに、その哀しみや憎しみを認め、受け入れることで、彼らは自分らしく居ることが出来るのだと、そう信じるのだった。

 彼らは功佑と出逢えたことで、『自分』を取り戻すことが出来た。


『功佑』

それは死して初めて見た光。功佑は彼らにとってかけがえのない存在。

霊とはなにも憎んだり呪ったりすることだけが、その存在意義ではない。誰かを護りたい、その想いもまた、霊としての存在理由にもなり得る。

故に彼らは誓うのだっだ。

それぞれの過去を清算するまでの間、功佑を護り続けるという事を。


「しかし、こうじー殿、今回はどのようなはかりごとを?」

 落ち武者が口を開いた。

 彼の名は真田春氏(さなだはるうじ)。通称うっじ―。享年三十九歳。

彼はおよそ五百年前、小田家という大名に仕えていた侍であった。当時は激しい覇権争いの真っ只中。敵陣の急襲により主君の城も陥落。残された姫の亡命を託されるも、逃亡する道中で敵陣に取り押さえられ、彼は斬首に処された。

そして姫を護れなかった罪悪感、侍としての尊厳を踏みにじられた屈辱、そして姫の行く末を案ずるあまり、その魂は怨念と化し、この世に留まった。姫の行方も分からぬままその影を追い、彼は怨霊となって五百年と言う長きに渡り、独り彷徨い続けた。


しかし。

彼の前に、功佑が現れた。

そして功佑は、春氏が潜む重く澱んだ闇の中へ手を差し伸べ、彼が胸に秘め続けていた想いを受け止め、こう言った。


『一緒に姫を探そう』と。

無論、姫が生きているはずもない。それは春氏も十二分に承知している。しかし、功佑のその言葉は彼の心に届き、そして響き渡った。嘘では無い、本心から出た素直な功佑の言葉は、春氏の心の闇を照らす光となった。

そして甦る『真田春氏』としての記憶と心。怨念を引き摺りながらも、彼は自分を取り戻す。功佑との出逢いが彼を変え、その心に光を灯した。そして春氏は功佑に忠義を誓い、姫と再会するその日まで、彼に仕える事を心に決めるのであった。

蛇足ではあるが、彼の頭は切り落とされたため、取り外し可能、と言うよりは、よく外れて落ちてしまうという特性を持つ。


「それだけ性根の腐った男じゃて。生半可な仕打ちじゃ懲りはせんぞ!」

 春氏の次に、今度はスキンヘッドの老人がその口を開いた。老人は杯で酒をあおると、テーブルの上に叩きつけた。


 彼の名は忍野勇(おしのいさむ)。享年六十八歳。通称おやじー。

 彼は生前、錆びた短刀という異名で恐れられた、筋金入りの極道。喧嘩は無敗、拳一貫でその道を極めてきた漢。そして、地域に根差す寺島組という小さな組を立上げ、その組長を解散まで勤め上げた。特筆すべきは、彼は決して堅気の人間には手を出さなかった事。汚れた金にも一切触れず、仁義を重んじ清廉潔白を貫いた。故に自らと組員全員、誰一人として警察の厄介になった事も無い。昔気質、生粋で実直、礼と義を重んじる漢だった。

そんな彼も齢六十八にして、極道の道から足を洗う。それは、迷惑をかけて来た家族への謝罪の気持ちの表れだった。どんなに潔白であったとしても『やくざ者』。世間はそんな忍野とその家族に対して少なからず距離を置く。更には影で心無い非難の声を上げる者もいる。特に一人娘の澄子はその声に過敏に反応し、父親である忍野の事を忌み嫌っていた。更には忍野も家族に対しては殊更に厳しかった。世間様に対しての面目を保つため、特に娘には厳しい躾を課していた。そんな日々に耐えられず、澄子は中学生の時分に家を飛び出す。

それは忍野にとって耐えがたい仕打ちとなった。厳しく接していたとはいえ、愛して止まない一人娘。『極道』と『父親』が彼の中で拮抗するも、彼は敢えて極道としての体裁を貫いた。そして晩年、その足を洗う決意をする。

堅気に戻るという事は、その一人娘、澄子へ果たす『けじめ』でもある。そして今一度、父親として再会を果たす。それが彼の晩年の目標だった。

しかし、堅気になった初日の朝、彼は他の組の抗争に巻き込まれ、人知れずその命を落とす。あまりにも呆気ない最期。礼と義を重んじ、拳一つでその道を貫いてきた漢の結末は、いとも簡単にその幕を下ろすのだった。


 しかし。

 彼は何も終わっていなかった。いや、始まってすらいない、まさにこれからだった。

 瞼に浮かぶは娘、澄子の面影ばかり。その表情は全て、哀しみと憎しみ、そして諦めで埋め尽くされ、忍野の胸の内を締め付けた。

せめて一言だけでいい、父親として娘に謝罪がしたい。その思いが、その魂が、天へと昇る事を拒否するのだった。

それ以降忍野は、あてどなく澄子を探し、彷徨い続けた。しかし彼の姿と声は、誰の目にも留まらず、誰の耳にも届かない。忍野は初めて孤独に打ちひしがれた。鋭く研ぎ澄ました拳も、焦りと後悔に振り回したとて、悪戯に宙を掻くだけ。しのぎを削り、命を張って駆け抜けた生き様も、霊となった今では何の役にも立たず、忍野は闇に墜ちる。


「娘さん、一緒に探しませんか?」

 誰も見向きもしない中、誰かがそう声を掛けてきた。そう、それは功佑。

彼は忍野からすれば、見るからに貧弱で頼りない男だった。しかし、功佑の言葉の深みは、見た目とは裏腹に、忍野の重んじる礼と義に共通していた。根拠など無い。しかしあらゆる男達を見て来た忍野には分かった。

 功佑は骨のある男であり、嘘の無い男だという事が。

 そして孤独で闇に墜ちた忍野も、功佑の言葉に光を見出し、生前の自分を取り戻す。

更には娘と再会するその日まで、春氏と同様に功佑を支える事を、彼はその心に誓うのだった。

あと、蛇足ではあるが、忍野が極道を目指すきっかけになったのは、昭和の任侠俳優の『高桑健』の影響。功佑のパソコンの動画ファイルの中には、高桑健出演作全作品が保存されているのは言うまでもない。



「そう! おやじーの言う通り! そんなクズは末代まで呪い殺すくらいやんないと、絶対治んないって! もう遺伝子レベルの話。そのおっさん一人やっつけたところで収まんないよ。それが当たり前って思った周囲の人たちが、絶対同じこと繰り返すんだから!」

 忍野の次に、また女が口を挟む。

「確かにあんじーの言う通りだけど、先ずは、佐山さんの憎しみと不安を取り除くのが、僕らの役目。結果的にあんじーの言う方向に向かえるように、僕らはその過程を担うんだ。それに僕らが出来る事は時間的にも限られてる。先ずはやるべきことから、取り掛かろう!」

「ああ! その三船って男、超ムカつく!」

 女は怒りに声を荒げ、今度はビール缶を煽った。


 彼女の名は仲本杏奈。通称あんじー。享年三十二歳(自称)。

 彼女は三人の中で一番最後に功佑と出逢い、その仲間入りを果たした。しかしながら、まるで初めからそこに居たかの如く振る舞うその存在感は、もはや絶大だった。併せて口も達者で、功佑はいつも言い負かされてばかり。たくさんの手下を従えて来た忍野でさえ、たまに舌を巻くほどに、その物言いは舌頂を極めていた。

それもそのはず、彼女は生前、とある大企業で働いていた生粋のキャリアウーマンだった。

歯に衣着せぬ物言いは一見、周囲からは敬遠されがちではあるが、それを上回る愛嬌と面倒見の良さで、周囲から崇拝される程に人気者だった。特に後輩からは、気持ちを代弁し、叶えてくれる良き先輩として敬愛され、また上司たちからも、その能力は人材ならぬ人財として認められ、仕事はまさに順風満帆だった。

 しかし、彼女の人生は『恋愛』という二文字で搔き乱され、翻弄される。

人生の大半を『仕事』に重きを置いていた彼女は、三十路を迎えたそのタイミングで、思いも寄らない、身を焦がすほどの『初恋』を経験する。


相手は中途採用で入ってきた桜井と言う男。彼女より年上ではあったが、あどけない無邪気な容姿は、年下と見紛う程に若々しかった。

しかしこの男、全くもって仕事が出来なかった。周囲はその無能ぶりに呆れ返ったが、杏奈だけは違う感情が働くのだった。

『可愛い……』

 彼女の中に芽生えた感情は、その一言に尽きた。

 桜井は今まで彼女が出会ってきたハイスペックな男たちとは真逆で、その行動、発言全てが新鮮で、彼女の興味を掻き立てた。気が付けば彼を目で追う自分が居た。そして彼を視界に収めておかないと落ち着かない程に、桜井の存在は彼女を夢中にしていった。また彼女の気持ちを知ってか、桜井からも高い頻度で接触があり、二人は『交際』という正式な契りを交わさぬまま、なし崩し的にその関係を深めていくのだった。

 

しかし、この桜井という男、まさにクズ……

 関係が温まった辺りから、彼は金の無心をし始める。親の入院費用、手術代、兄弟の受験、交通事故等、次々と家族を襲う災難に、杏奈は月間百万単位の金を要求される。

 冷静に考えれば嘘だと分かる筈。しかしながら『恋は盲目』。当時の彼女はその嘘を見抜くどころか、疑いさえしなかった。故に杏奈は、その見た事も会ったことも無い家族の為に、毎月貯金を切り崩し、躊躇うことなく桜井へ分け与えた。

 そして底をつく貯金。金の出が悪くなったところで、桜井は態度を硬化させ、杏奈に対して冷たい態度を取るようになる。桜井を失いたくない一心で、彼女は借金をしてまで金の工面をする。

 そして……

 それは桜井の妹が起こした人身事故の示談金、三百万を渡すはずだったあの日。

 待ち合わせのカフェの手前の横断歩道に差し掛かったその瞬間、彼女は信じがたい光景を目の当たりにする。

横断歩道を渡った店先で、桜井が他の女から何かを受け取っていたのだ。桜井は手にした封筒らしきものを鞄に入れながら周囲を見渡すと、目の前に居た女性を強く抱きしめた。そして白昼堂々とその女性の唇に、自分のそれを重ね合わせたのだ。

 数秒か、永遠か、二人は激しく求めあい、そして名残惜しそうにゆっくりと唇を離す。

二人の一連の仕草は、互いの親密さを物語っていた。その女性もまた、杏奈と同じ『恋』する女の顔をしていた。勿論顔など見えない。しかし離れた距離からでも、同じ『女』として、杏奈はそれを本能的に感じ取るのだった。


 それを見た杏奈は頭が真っ白になり、呆然と立ち尽くす。

 あからさまに桜井は、他の女とも杏奈と同様な関係を結んでいる。

 いや、彼はそんな薄情な男ではない。きっと自分の勘違いか、或いは何か訳があっての事。

 そうだ、きっとそうだ。

本当は三百万では足りず、されどその全てを恋人である杏奈に負担させるのは忍びないと、不本意ながらも他の女性からの支援も受け入れた。そうだ。きっとそうだ。

だけど他の誰よりも彼を支えたのは自分。それは揺るがない事実。きっと今も桜井は私の到着を心待ちにしているはず。彼を本当の意味で支えられるのは私だけ……

桜井と過ごしてきた日々、そして無邪気な彼の笑顔が、杏奈の中に生まれた疑念を払拭し、その背中を押す。

「届けなきゃ……」

 不貞の疑念を半ば強引に抑え込んで、彼女は夢遊病の如く道路に躍り出た。

 その刹那、けたたましいクラクションが鼓膜を貫ぬいた。次いで激しい衝撃が身体を貫き、彼女は宙に舞い、そして暗闇へと堕ちるのだった。

そう、彼女は死んだ。

赤信号になったにも関わらず、それにも気づかぬまま、彼女は横断歩道に飛び出した。そして走行中の車と衝突し、帰らぬ人となった。

更にその魂は情念という闇に堕ちた。その暗闇にうずくまり、求めてもすり抜けて、与えても埋まらない『男』の陰に、彼女はもがき続けていた。


届けなきゃ……

今際の際の果たせなかった思いが、更に彼女を焦燥感に駆り立てる。その焦りに反応して、低俗霊たちが彼女を取り巻き、さらに闇は深まるばかり。


しかし……

「一緒に届けましょうか?」

『男』を寄せ付けない暗闇の中に、一人立つ『男』が居た。そう、功佑が杏奈の目の前に立っていた。その容姿に少しだけ杏奈は躊躇する。瓜二つとはいかないまでも、功佑の容姿は桜井のそれと重なる部分があった。しかし、彼が紡ぐ言葉と、差し出した手のひらの温かさは、杏奈に『安堵』をもたらした。更に功佑は、彼女を無理やり光の下へ連れ出すことはしない。杏奈が急激な光に混乱しないよう、ゆっくりと一歩ずつ、光と闇を中和させながら彼女を連れ戻した。

その一歩を踏み出した杏奈の目の前には、まるで死んだ事が嘘のように、生前と同じ世界が息づいているのだった。

こうして杏奈は自分を取り戻す。されど桜井への落とし前をどうつけるかは決めかねたまま。しかし彼女は、これだけは心に決めていた。

桜井との決着にその答えを見つけるまでの間、彼女は功佑の人助けならぬ、霊助けに協力することを。人知れず彼女はそう、心に誓うのだった。



「目には目を、歯には歯を、でやっつけたいよね。その為には証拠と、他の被害者にも協力してもらわないといけない」

 功佑は今回の作戦について話し始めた。

「被害者って、その小林さんって女性?」

「うん……彼女の発言が、今回の肝だと思うんだ」

「しかし、その小林殿が、そうやすやすと心を開いてくださるか、不安でござるな」

「おなごじゃて……慎重にいかんと……しかも人一人死んどるけえの……」

 四人は頭を抱え込んだ。


 あれこれ意見を出し合い、『目には目を、歯には歯を』の具現化に向けて、話し合いは深夜に及んだ。

「オーケー! その小林さんは私に任せて! 一度憑依してみて、心の内探ってみる。女じゃないと分からない事もあるだろうし。でも、説得は生きてるこうじ―がしないと成立しないから任せるわよ」

 杏奈は胸を叩いてサムズアップして見せた。

「わしらもその職場に出向いて、漂うとる霊や念を見る事にしよう。手懐けられる輩もおるじゃろうて。のう、うっじー!」

「御意! 袖振り合うも他生の縁、拙者らでエキストラは揃えておくでござるよ!」

 忍野と春氏も同様にサムズアップ。

「恩に着ます!」

 併せて功佑もサムズアップ。

「ってか、こうじー! あんた早く寝ないとまた遅刻するわよ!」

 杏奈の言葉にハッとし、功佑は腕時計に目をやった。

「はっ! もう一時じゃん!」 

「さすれば! おやすみ~」

忍野が叫ぶと同時に、部屋の照明が一瞬にして全部消えた。

俗に言うポルターガイスト現象である。

霊の影響で電気製品が誤作動を起こす霊障の一つ。三人はその現象をコントロールすることも出来る。それ故、知らない間に功佑の動画ファイルに、数多の映画作品が勝手にダウンロードされるのも、この家の怪奇現象の一つでもある。

いいなと思ったら応援しよう!