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ウズベキスタン

宮本輝さんの「ひとたびはポプラに臥す」。中国/西安からパキスタン/イスラマバードまでの旅の紀行。1巻を手に取り、読み始めてから約20年。先ほど5巻を読み終えてついに最終巻。息の長い読書だ。シルクロードに惹かれるのは、私も19歳の時にウルムチ、トルファン、敦煌とシルクロードに触れたことがあるから。

中央アジアには、シルクロードの要所と言われる『ウズベキスタン』という国がある。行ったことはない。岸田奈美さんが先日の新婚旅行で足を運んだ国だ。noteに何度かに分けて投稿されている。

これも何か縁だと思うので、私がウズベキスタンのことで知り得たことをnoteに書き留めておこうと思う。

ウズベキスタン。人口は3700万人。日本の1.2倍の広さ。

二重内陸国。自国が海に面してないだけでなく、国境を接する全ての国も海に面していない国。世界にはリヒテンシュタインとウズベキスタンの2ヶ国だけ。

1991年ソ連から独立。平均年齢は29歳。とても若者の多い国。

ブルーの陶器。ブルーの屋根の建築(モスク)が素敵。

日本語学習も熱心で日本文化に憧れてもらっている。

その背景にあること。

戦後、日本はシベリア抑留という歴史があった。約70万人の日本人抑留者のうち、23000人の人々がここウズベキスタンの地でも抑留され、発電所や工場建設などに従事した。

首都タシケントにナヴォイ劇場というオペラハウスがある。ここも日本人抑留者が建築に携わった。過酷な状況の中、手を抜かず丁寧な仕事を行い、約80年前に劇場は完成した。

約60年前に大地震が起きた。ナヴォイ劇場は倒壊することなく、避難所の活用にもされたそうだ。

ナヴォイ劇場建設に携わった隊長は、隊員455人の名前、住所、番地を全て記憶(書いたものは処分されるので。)して帰国する。帰国後、家族に会うと忘れてしまうと、会いたい気持ちを抑えて、旅館に宿泊して名簿を作成。後に会が結成され、交流は続いている。

日本人抑留者資料館がウズベキスタンにある。自宅の一部を割いて、私財で運営。今は孫娘が引き継いでいる。またウズベキスタンには日本人墓地が13ヶ所もあるそうだ。清掃やお花など、維持管理は地元の人々が行っている。

ウズベキスタンのタシケント、リシタン地区と京都府舞鶴市は姉妹都市の関係を、昨年5月に結んでいる。



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