ヨロン島ホステス日記〈18 〉マブイユシ
8月の半ばに台風が来た。どうにも直撃するらしい。到来する前から港の波は堤防に当たり散らかして待合室のベンチまで拐おうとしている。リーフの向こうの海は高く泡立ち、クリームソーダみたいな色で暴れている。キビやモクマオウはぐるぐる気が狂ったように頭を振っている。風向きがめちゃくちゃ過ぎて雨が渦を巻いて降ってくる。今まで内地で経験した台風とはまるで違う。さすが本場、という感じ。
寮の西側の雨戸が全部飛んだ。店は休みになったのでラッキー…と言いつつみんな怯えていた。ただひとり一番歴の長いノンさんを除いては。
「パンと牛乳は確保してあるから大丈夫よ。停電さえしなければいつも通り生活できるから」とノンさんは言うが、この豪雨と風の音が怖いのだ。あちこち雨漏りもし始めた。ノンさんは冷静に雨漏り箇所に鍋や洗面器を置き、コタツの板をひっくり返すと「やるぞ!」と麻雀牌を取り出した。あっという間に4人が揃ったので残りは桃鉄組に分かれた。私は台風のせいか体がだるくてたまらず、なにもせずに横になっていた。すると与論島子がそばに来て「あれからマニュとは何もないの?」と聞く。「ないねー」と答えると「サトル、魅力がないんじゃないの?今までモテた?」うるせーな。人の人生は惚れた腫れただけじゃねーだろうが、と思いつつ、「んー、モテない、モテない。彼氏なんかいたことないよ」と答える。島子は優越感を感じたのか「トーコなんかね、一度はマニュといいところまでいったんだから」ええ?やったんか?「まぁ、最後まではいかなかったけど…酔ってたからかなあ?」と悔しそうに言う。未遂か…
。別にどうでもいいけど、気にならないでもない。
麻雀に飽きたのかノンさんが自室に戻ったので、ハイボールをもって訪ねてみる。「なぁに?マニュのこと?」と図星だった。恋愛感情ではないにしろ、何かしら気にかけていることは確かだ。そう言う気持ちは敏感な人にはわかってしまう。「うん、マニュがね、いつも遅れてくるのが不思議で。聞いても言わないし」。ラフレシアの開店時間は7時だ。ボーイだったら準備があるだろうから6時前頃にでてもいいし、現にポセイどんは出勤している。そのことをマニュに聞いたら「俺はいったん5時に店にでて色々準備してる。そのあと帰って母ちゃんの飯食ってでてくるの」。なんだか解せない。わざわざ一旦帰らなくても、ご飯食べてそのまま来れば…と思うのだが。
「アイツまだ、あれやってんだわ…」とノンさんが言う。「あれって?」と聞くと「マブイユシ」と言われた。マブイユシ?
「マブイ」は魂のこと、「ユシ」は寄せるという意味。島の人は誰かが様子がおかしくなると「魂を落とした」と考え、
落としたと思われる場所まで本人の上着をもって迎えに行く。「マブヤー、マブヤー」と声をかけ、魂が上着に入ったら大事に抱きかかえて家へと連れ帰る。嘘のような話だが、マブイユシで正気を取り戻す人もいると言う。しかし、マニュの家はアンマーもお父さんも元気そうだ。一体誰のマブイを迎えに行っているのか?
「マニュにはね、奥さんと小さい娘がいたのよ。それが2年前、トラックに轢かれてね、2人とも即死…。港の近くにリゾート開発してるとこあるでしょ。あのあたりで…」。
そういうことか。マニュもアンマーも軽々しくは口に出せなかったのだろう。しかし、奥さんも娘さんも亡くなっているのに、マブイユシを続けるマニュの気持ちは、現実を受け入れられず止まったままなのだろう。
「相手も知り合いだから辛いだろうね。今は刑務所に入ってるけど、出てきたら普通に顔を合わすしかない。小さい島だからね」。
(つづく)
