ヨロン島ホステス日記〈1〉波の上
1999年7月20日
鹿児島の志布志港をでて「フェリー波の上」は揺れに揺れていた。飛行機が欠航して往生していたので船が出港すると聞いて喜んで駆けつけたが、船上の人となったいまは「なんでこの状況で出航しようと思ったんだろう」と恨めしい気持ちしかない。
二等船室は雑魚寝で荷物は揺れで移動しまくり、誰のものかもわからない。空のビール缶がカラカラと部屋の端から端まで転げ回り、見ていると唾が込み上げてくる。
突然枕元のクラッチバッグから「仁義なき戦い」のメロディーが流れはじめた。離れたところにいたパンチパーマが「あ、オレの携帯!」と言うのでワニ皮の四角いバッグを渡してやった。
「いやいや毎度おなじみのタイフーンよ。船が出ただけマシ。まだ奄美にも着いてないよ。いつかは会えるかしらねえ、私たち、ガッハッハ!」と電話相手にパンチは笑う。なにそれ怖い。なんというところに来てしまったのだろうか。
羽田から鹿児島、そして目的地の与論へと普通に乗り継げると思っていた。私は何も知らない赤子だった。空港カウンターのお姉さんに「欠航です」と告げられ「明日飛ぶかもわかりません」としれっと言われて真っ白になったのが昨日のこと。隣で欠航を告げられたジジイは「欠航だと!宿はどうするんだ?大事な仕事があるんだ。弁償だ!謝れ!」とえらい剣幕だった。謝れったって姉さんが嵐を呼んだわけでもあるまいに…と思いつつも、まあ自分もこの事態が予測できていなかったな、自然相手のことなのに愚かな事だと反省した。
姉さんはジジイに「チケット代は全額返金いたしま〜す」と爽やかに金を渡し「次の方〜」とジャンジャン気持ちを切り替えていた。ああ、これだよ…と私も思い、気持ちを切り替えて宿を探したが空いている宿はすでに一軒もなかった。オーマイガ、野宿かよ。
無鉄砲で無計画な旅だ。それにしても金がギリギリなのはこんな時に痛い。いつも稼ぎながら移動して、宵越しの金は持たないからホテル争奪戦には負ける。ジジイは金パワーで高いホテルをゲットして空港を去っていった。私は空港に残り、固い椅子に横たわる。屋根があるから、野宿ではないな。ギリセーフ。
(つづく)
