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ヨロン島ホステス日記〈24〉ラスト・デイズ

1999年12月12日。
ヨロン島の冬ははそれなりに寒い。寮にはコタツがあるのでみんな入るが
すぐに出る。しっかり入るほどには寒くないのだ。ナナがマニキュアを塗りながら「私一旦帰るわ」と言う。「海女はやめるの?」と聞くと「スーツ着ても寒いんだもん。もうやだ。またあったかくなったら来る」。なるほどね。その手もあったか。私は今月末で帰ろうと思う。帰ると言っても親はもういないし、実家もないので、友達の家でしばらく次の計画を練るだけだ。ここで稼いだお金で部屋を借りるのもいいし、留学するのもいい。それともまた別の所で働くとか。今ならスキーシーズンだな。

マダムに話すと「あら〜ん、残念。マニュが寂しがるよ。また来てね」と言われた。来るものは拒まず、去るものは追わず。離島にいると自然とそうなる。マニュだって、私がいなくなればすぐに忘れて普通の日々に戻っていくだろう。私は半年足らずのあぐんちゃで、家族でも恋人でもない。私が島を立つ理由は、いままでのような気まぐれとは少し違う。マニュの存在が重く思えて来たからだ。重い、と言うよりは「大切」という感じなのだろうか。何しろ抱いたことのない感情なので戸惑っている。他人の存在が自分の心の中で自分以上に大きくなる。他の人はこんなことに耐えているのだろうか。怖くはないのか。ましてや私はマニュと恋人になることも、おそらく子供を持つこともできない。私などとセツコビーチで日々を過ごしても、彼が得るものなどないだろう。

辞めると決めてからは日々が早く過ぎた。マニュはキビ刈りで昼間はあまり会えなかったが、夜のラジオフライヤーデートは続いていた。それがデートなのかすら、よくわからない2人だったが、時には朝が来るまで身を寄せ合っていた。

「名残惜しいってこういうことを言うのかね。まぁ、オマエが決めたことなら反対する権利もないけど」。「あんまりね、ひとところに居付けない性質なのよ。6ケ月なんて持った方だよ」。
我ながら少々無理をしている。本当はすごく寂しい。今までこう言う感情も希薄だったので驚いている。何でこんなに寂しいんだろう。

マダムが呼んでくれたのか、店には毎日「サトル軍団」が入れ替わり、立ち替わり来てくれた。特にパイプは隣島からとは思えないスパンで飲みに来た。
「サトちゃん、帰っちゃうの〜?東京まで俺のクルーザーで送ろうか?」。漁船でお台場まで行くのは絶対イヤである。

ウツボに噛まれやすいハマドゥさんは、左手に包帯をぐるぐる巻きにしてあらわれた。やはり噛まれたか…。「チューの言う通り、喉の奥にグッと拳を入れて、息の根止めたと思ったんだけどさ、アイツらエラ呼吸だよね…」。たしかに。

チューさんはゴソゴソ動く怪しい袋を持ってきた。「サトちゃんが辞めるっていうから、プレゼント持ってきたよー、ホレ!」と袋の中身をぶちまけた。ギェエエエ〜‼︎と店中が悲鳴に包まれた。巨大なエビのようなものが、カウンターの上でバネのように跳ねまくっている。「あら〜ん、セミエビ。高級食材ね」とママが喜ぶが、暴れ回って手のつけようがない。そこにスッと進み出たのはやはりミワさんだ。ミワさんがエビを掴むと急に大人しくなる。そしてバリバリバリっと真っ二つに下ろした。次々とエビは真っ二つにされ、みんなに配られた。ミワさんは生き物を助けることもあるが、食材には容赦しないらしい。

その夜、マニュはしたたかに酔っていた。「セミエビはビックリしたなー。でも美味かったな」。「うん」。」「明日、行くのか?」、「うん、お昼頃」。「見送りには行かないよ。オレ泣いちゃうから」、「でしょうね」。

「では、唄います」とマニュが言うと、突然ブルーハーツの「ラブレター」を歌い出した。突然…恥ずいな、と思ったけど、いい歌だった。ラブソングなんて何とも思わなかったのに何故か胸に沁みた。その日はマニュの友達の船に忍び込んで眠った。この島に来た時には台風の揺れにやられたが、この日の海は優しく、不覚にもすぐ寝てしまった。話したいことがたくさんあった気もするし、何も話さないで良かった気もする。そして、いつも通りに朝は来た。

空港にはラフレシアのメンバーが見送りに来てくれていた。ポセイどんが「せめて一回ぐらい…」というのを無視してみんなにお礼を言った。半年共に暮らし、共に働いた仲間だ。さすがに別れがつらい。トーコが無駄に泣いている。オマエは泣くな。

与論から沖縄へ飛ぶプロペラ機の尾翼にはシーサーが描かれていた。これなら安心だ。小さい滑走路をガタピシと動いていたが、突然やる気を出して一直線に走り出した。フワッと心許無く浮いて、あっという間に島は眼下になる。リゾートホテルのコテージが見え始めると、何かがチラチラと動いているのが見えた。マニュだ。マニュがセツコビーチの旗を振っているのだ。

水色の旗は完全に海と同化して、棍棒を振り回しているヘンな人にしか見えない。マニュは浜辺では飽き足らず、海に入ってまで棒を振っている。さすがにヨロンでも寒いだろう。大晦日だぞ。

少し笑いながら、少し泣いた。そんなマニュを愛らしく思い、島での日々を愛しく思う。子供の頃から私には「帰りたい場所」がなかった。地球の片隅にあるこの小さな島が、私の心を埋めるそんな場所になるのだろうか。明日のことはわからない。旅はまだ続く。

           (おわり)

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          (おわり)

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