ヨロン島ホステス日記〈14〉オジサン
それにしても、どうして人は泳いだあとにお腹が減るんだろう。マニュの母はニコニコと人の良さそうな笑顔で、死神がもっていそうな鎌を担いでいた。「アンマー、これが今朝話したサトルだよ」「アッセ、サトルって言うから男の子かと思ったらチュラメーラビじゃないのぉ。アッシー食べてくでしょ?」。この島に来てから会話の半分ぐらいわからないが、まぁ良しとしよう。腹が減って、昼食(たぶん)が断れない。
アンマー(お母さんの意味らしい)は忙しそうにポークと卵を炒めて、冷蔵庫からなんやかやを出してきた。「これは…内地の人には抵抗あるかな…」とアオブダイのお刺身とエンゼルフィッシュみたいな魚の煮付けをテーブルに載せる。トロピカルだけど大丈夫だ。むしろ美味い。あとトゥルトゥルしたなにかが味噌汁に入っていて美味しかったので「これはなんですか?」と聞くと「ナーベラ」とのこと。やはりわからない。
お腹が減りすぎていたのかワンパクに三杯食べてしまった。シメはパパイヤ漬けでお茶漬け。
アンマーが縁側で冷えたウコン茶を出してくれた。五臓六腑に沁み渡る。「マニュは意味もなくよく飲むけど、女の子は嫌でもお客さんに飲まされて大変でしょ」と深海ザメエキスまでくれた。なんていい人なんだ。「サトルちゃんは、どこから来たの?」。…私はどこから来たのか。あまりにも転々としているので自分でもわからなくなる。生まれたのは東京らしいが、親の都合であっちこっち…故郷と思える場所がない。18になってからはリゾートバイトにワーキングホリデー、完全なる根無草だ。
「地球から来ました」と、ついマジ顔で返してしまった。「オマエは地球人か…宇宙人ではないのか…」とさっきまでムーを熟読していたマニュが落胆する。私のことを何だと思っていたのか。「偶然!私も地球人よ」とアンマー。なんだかいい家族だなぁ。
それにしても初対面で飯三杯も食べてすいません、と謝ると「全然!ウシが来たら八杯食べるもんね。おかずなくなったら塩かけて」「あいつは酢醤油でも三杯いける」。そのウシとは…おそらく人間なのだろうな。
この島では公務員でもお昼になると家に帰ってくるのが普通らしい。マニュは家の農業を手伝っているが、昼になると友達や親戚もここに来て一緒に昼飯を食べることが多い。だからアンマーは私の突然の訪問にもたじろがなかったのだ。
「さて、行くか」とマニュが腰を上げる。「晩ご飯釣ってきてねー」とアンマーが全然期待してない顔で言う。マニュは「これ、オマエにやるよ」と黄色いフィンとシュノーケルをぶっきらぼうに渡してくる。「え、いいの?まだ新しいじゃん。マニュが使えばいいじゃん」と言うと「俺の足は28だ」と。でかいな。
またしてもウサギ号に跨ると、バス通りを海の方に向かって(どっちに行っても海なのだが)坂を降りていく。背中にはフィンと竿が入った背負いカゴ。これは何でも入って便利だ。今度の浜はクルパナ海岸。看板には「黒花海岸」と書いてあった。たまらなく透明な海。しかもプライベートビーチ状態。さっそくフィンとシュノーケルをつけて泳いでみる。ちょっと潮水は飲んだがすぐにコツをつかんで泳ぎ回った。アマモが生えた白い砂の浅瀬を過ぎ、水深5メートルぐらいのところまで進むと珊瑚の小山が現れる。その周りには極彩色の魚が戯れ、夢中で覗き込んでしまう。
ピィピー‼︎
鋭い笛のような音がして、振り返った。マニュが指笛で私を呼んでいるのだ。生意気な。犬かきで岸に戻ると「流れ早いから、あんまり遠くに行くな」と言う。凪いで見える海だが、確かに流れは強い。特に満ち引きの時には川のように水が動く。冷えた体に温かい砂が気持ちいい。マニュは真面目な顔をして釣りをしていた。バケツを覗き込むとコバルト色の小さな魚がたくさん。「コレ…食べるの?」と聞くと「飼う!」という。本当はおかずを釣るプレッシャーにやられているはずだ。ちょっとやらせてみ、と竿を奪う。餌のでかいヤドカリは怖いのでマニュにつけてもらう。
初めての釣りだが、モノのの10秒もしないうちに竿の先がしなった。うわっ!どうしよう!と焦るが「慌てるな。だまって引け」と言われ、何とか魚影が見えてきた。なんだ?ピンク色ぽくて、マヌケな口ひげが生えている。「ガッパラオジサンだな」とマニュが断定する。ガッパラ?オジサン?
マニュの家に帰るとアンマーが「アッセー!ガッパラー、オジサン」と同じことを言う。ガッパラは大きいの意味かな。オジサンはこの魚の名前だろう。口ひげがあって何ともオジサンぽい。瞬く間にアンマーがバター焼きにしてくれて美味しく頂いた。
さて、仕事に行かなくちゃね…と一気にブルーになる。楽しい時間は短いモノだ。まぁ、あの職場も面白いっちゃあ面白いけど。
ラビット号で寮まで送ってもらうと誰もいなかった。みんなどこへ行ったのだろう。仕方ないので一人でカニ風呂に入り、身支度を整えた。ポセイどんも迎えにこないので歩きで店へと向かった。階段を登り、ドアを開けて驚いた。女の子たちがベロベロになってソファで寝ている。ポセイどんに至っては床で寝ている。「何⁈みんな大丈夫?」と叫ぶと「らいじょ〜ぶ」、「よっぱらってるらけらから〜」と返事が返ってきた。良かった、みんな生きてる。…いや、良くない!この状態で営業できるのか?シラフなのはわたしだけじゃないか!
(つづく)
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