ヨロン島ホステス日記〈15〉熊ちゃん
これは事件だ。客が来たら私一人でどうすればいいんだろう…と思う間も無くガヤガヤ声がして二人連れが上がってきた。そのうち一人の顔を見て安心して声が出た。「パイプ〜!」「サトちゃ〜ん!」と抱き合う。「今、こんな感じで営業できるかわからないんだよ〜」と言うと、大丈夫、よくあることよ、とパイプが頼もしい。ん?よくあることなのか。
パイプとその友達の林田さんは手際良く女の子たちに水を飲ませてくれた。そして自分たちでビールを冷蔵庫から出すと、隅っこの席で大人しく飲み始めた。やがてなぜかいつも遅めにくるマニュが出勤してくると「あーあ、マダムにしかられるぞ」と予言し、結果その通りになった。のっそりと現れたマダムは「誰にやられた!」と叫んだ。すると隣にいるオットセイみたいなオジサンが「スマン、俺だ」と白状した。「あら〜ん、熊ちゃんだったの?じゃあしょうがないか」と諦めるマダム。熊ちゃんは島から島へとクルーザーで渡り歩く大金持ちらしい。体が頑丈すぎて夜飲むだけでは酔えない。そこで海岸にラフレシアメンバーを呼びつけてバーベキュー大会をしていたのだ。
熊ちゃんの船には世界の酒と高級食材が唸っている。そりゃ行っちゃうよね。問題は熊ちゃんが強過ぎてみんな次々と潰されること。それでも熊ちゃゃんに勝ったら100万円!というルールが誘惑的すぎる。みんな一攫千金に挑んで結局はやられていくのだ。
「もう今日は熊ちゃんの貸切ね。昼の分もお金払ってもらうよ!」とマダムに言われ、「仕方ねーな」と納得する熊ちゃん。「あのー…私たちもいますよ」とおそるおそる手をあげるパイプ。「アッシエ、パイプ!いつ来たの?」とマダムが席に向かうと「いいから!サトちゃんと飲むから!」と抵抗する。が、結局マダムにムギューと潰され、苦しそうに飲んでいた。マダムも沖永良部出身で、二人は同級生だそうだ。熊ちゃんのおかげでその日は暇で、早仕舞いだった。パイプはアフターで山羊料理屋に連れて行ってくれた。食べるのか…。マニュんちにいたヤギを思い出す。白くてかわいいけど、眼球がマイナスなどころが気になった。気絶したらバツになるのかな。
ヤギ汁はなかなか強烈な匂いだったけど、ヤギ刺しは美味しかった。顔がテリテリしてきて無駄な力が漲る。翌朝目が覚めて枕を嗅ぐとケダモノの匂いがした。
パイプが船にのせてやるというので漁港へ行く。「サトちゃ〜ん!」とパイプと林田さんが呼ぶ方へ行くと「パイプカット二世号」と書かれた年季の入った漁船が。あれ?クルーザーって言ってなかったっけ?
質問する間もなく乗せられた。漁船は勇ましくリーフの外へと進んで行く。エメラルドグリーンから深い碧へ。目まぐるしく海の色がかわる。「速いでしょ?うかうかしてるとすぐ中国に着いちゃう」それは駄目だろう。「魚群探知機に夢中になっちゃうからなー。シビの群れなんか追いかけ出したら止まらないよねー」と林田さんが言う。パイプは漁師で、林田さんは魚屋さんだ。漁協を介することもあるが、直買いで料理屋に下ろすこともあるそうだ。まず1回目の網をあげるとシビが満タンだった。シビは鮪の幼魚だが、それなりに大きくビターン!ビターン!と暴れる。さっそくパイプが下ろしてくれるがウンマイ。それにしても醤油が甘い。マニュんちでも甘かったが、腹が減り過ぎて気にならなかった。パイプに聞くと九州から沖縄にかけては醤油も味噌も甘いものらしい。知らなかった。日本はまだまだ広い。
(続く)
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