ヨロン島ホステス日記〈22〉洗骨
10月。ヨロンも少しは涼しくなる。が、思いっきり晴れた日は泳ごうと思えば泳げる。ナナが「そろそろスーツ買おうかと思って」と言うので「え?就職?」と聞いたら「ウェットスーツだよ。漁協で売ってるから」と言われた。ナナは海人の太客から銛も手に入れ、海女道を歩んでいる。ウェットスーツも買ってくれるのではないか。ラフレシアで太客と言われるにはまず伊勢エビ贈答がマストである。巨大カジキやロウニンアジは食べきれないのでお気持ちだけと言うことで。それにしてもナナの海女道は遊びの領域を超えてきた。こうなったら漁業権を買うか、海人と結婚した方がいいのでは。
友達が密漁で捕まるのは嫌だ。
今日も寮の窓からリュウキュウトノサマバッタが飛び込んできた。夏も気が狂うほどいたが、秋が来ても元気いっぱいである。明らかに内地のバッタよりでかいし、高速で飛ぶのでぶつかられると痛い。許せないのが羽を広げるとピンクなところで、一体どういうつもりなのか。チャーミングなつもりなのか。どうしても好きになれない。
私が大騒ぎしていたら、ミワさんが部屋に入ってきてバッタを逃してくれた。そういえば私が寮にきた初日、大きな蜘蛛を逃がしてくれたのもミワさんだったな。やはり不思議な力を持っているのだろう。
女の子たちはだんだんと彼氏や愛人を作り始めた。が、ミワさんは「島の神様と話せる人」と呼ばれるおばさんのところによく行っている。ノロとかユタとかそういうものだろうか。
今日はマニュは休みだった。どうしたの?とポセイどんに聞くと「洗骨だよ」と言われる。そうか、奥さんと娘さんが亡くなってもう2年って聞いたもんな。一族が集まって感謝をのべながら骨を海水や酒で清めるらしい。頭蓋骨は一族で一番小さい子が持つらしいが、娘さんの頭骨は小さいんだろうな。
店が終わって酔い覚ましに港へ歩いていくと、マニュがいた。堤防に腰かけてタバコを吸っている。「ヨッ、お疲れ」と声をかけると、かなりのブルブル(酔っ払い)状態だった。隣に座ると体を預けてきて「サッパリしたぞ」と言うので「洗骨?」と聞いた。
「なんでオマエ知ってるんだよ…てかこの島で隠し事はできんか。じゃあ嫁と子供のことも知ってるんだろ」。頷きながら少し悪いことをしたような気もした。ずっと知らないふりをしていたから。けれど話したくないことを無理やり聞きたくはない。
「そう言うわけで…でもあいつらのこと話すとオレはいまでも泣いちゃうから…話したくなかったんだわ。だって迷惑だろ?」「いや、迷惑ではないよ。そりゃあ泣くのも仕方ないんじゃないの?泣く方が自然というか」。「でもな!でもオレはもう泣かない。今日、洗骨してわかったんだ。あいつらにはもう会えないって」。
「骨だったよ。大人の女の骨と子供の骨。綺麗に、まっ白になって。もうこの世に思い残すことなんてなくて、グショー(後生)で幸せに暮らしている。そう思えたんだ」。
「娘の髪にはリボンが残っていたよ。あの朝オレがお下げにしてやったんだ。トゥジ(妻)の爪にはマニキュアが少し残っていた。アイツだなぁと
思ったけど、もう呼ぶことも呼ばれることもない」。
気がつけば言葉に反してマニュは号泣していた。「いや…ちょっと…呼ぶぐらいいいんじゃない?」、「イヤ、ダメだ、惑わせてはいかん」。マニュは必死で強がっていた。「今日でもう、お別れなんだ。最後のお別れを言ってきたんだ」。この島の人々はこうやって、どうしようもない気持ちに区切りをつけてきたのだろうか。今のマニュはまだ生爪を剥がれたように見えるけど。
「泣くのはこれが最後」と言いながら、マニュの涙は止まらない。仕方がないので店からラジオフライヤーを持ってきてマニュをのせて私の部屋に泊めてやった。今では周りも私たちのことをただのあぐんちゃ(友達)と思っている。ありがたい限りだ。
(つづく)
