山形から出てきた30歳の若い友人に贈る、北海道せたな町・荻野吟子資料展示室の話。やっぱ田舎はノンビリしてるんじゃね?
つい先日まで障害者支援の仕事をしていました。2年弱。神奈川県相模原市で。
そこで30歳の女性の友だちが出来ました。その人は山形のあっちの方から出てきて、何だかんだあって一人で暮らしてがんばっています。
が、この半年くらい、休んでばっかりいます。ストレスで体がすぐにグロッキー状態になるみたいです。今日も「また熱出て休んだ」とLINEが来ました。かわいそうに。
「やっぱ、田舎から出てきて都会で一人でがんばってるのがストレスたまるんだよ。山形帰りなよ」
とすすめているのですが、
「田舎はヤだ」
と言って帰りません。話を聞くと、彼女の田舎は古い日本が残っていて、男尊女卑や因習がまだまだ生きているようです。
話は変わりますが、今日、ヒマでした。北海道の乙部町で。
近隣になんか文化的な施設ないかなと調べたところ、せたな町に「荻野吟子資料展示室」というのがあるので行ってみることしました。
荻野吟子、私は知りませんでしたが、日本初の女性医師(国家資格を持った女性医師)で、女性運動家だったそうです。小説や映画や演劇にもなってるそうで。明治時代にせたな町で11年ほど医院を開業してたそうです。
が、行ってみたら利用者誰もいません。「こっち→」って書いてある方に進んでみても、利用者の誰もいない閑散とした図書室しかなく、受付のお姉さま二人がお喋りしています。
「荻野吟子資料展示室ってどこにあるんですか?」
って尋ねたら、
「あら、ご覧になります?」
なんつってあっちこっちのドアを親切に開けてくれました。ガラガラガラって。
で、資料見たら、つっても三分の一は「瀬棚線の思い出」で、三分の一は「せたな町の歴史と民具」みたいなので、荻野吟子の資料は三分の一くらいでした。そして結局「荻野吟子がせたな町にいた頃の業績はよくわからない」みたいなこと書いてありました。はははは。スゴイな。
荻野吟子ってのは江戸時代の末期に生まれて大正時代に62歳で亡くなった人です。昭和40年生まれの私から見ると、曾おばあさんくらいの時代です。したがって、私の曾おばあさんやおばあさんやお母さんくらいの世代の人が、荻野吟子の謦咳に接した人々に話を聞こうと思えば、すぐに聞けたくらいのスパンです。
それをね、誰も聞かなかったわけですね。三世代に渡って。珍しいくらいの偉人がいたのに。すごいノンビリ具合。
つまり、やっぱり田舎ってノンビリしてるんだなぁ、と。山形のあっちの方から出てきた友人も、距離的にはその半分のノンビリ具合で育ったとしても、やっぱノンビリしてない神奈川県の都会にいるのはやめた方がいいのになぁ、いるだけでストレスたまるんだろうに、と思い、それを伝えました。
でも、その話はスルーされましたww いい話なのに。
