ヒロシマ・コレクション(1986-)② モノクロとカラー

私は1982年にすでにカラーとモノクロの両方で、被爆資料の撮影を行なっています。出版でも、同年刊行の『きみはヒロシマを見たか』(NHK出版、1982年)巻頭に7点カラーの資料写真が掲載されています。調べればすぐ判ることにもかかわらず「2000年以前はモノクロの資料写真しかなかった」などという事実誤認がまかり通っているのです。作品として「ヒロシマ・コレクション」ではモノクロを選択したわけですが、1982年にカラーで撮影・発表を行ったことは事実であり、このことは、広島の被爆資料のカラー/モノクロ撮影について書かれた記事や論考のほとんどが誤りであることを示します。 (『きみはヒロシマを見たか』を見たか)

「ヒロシマ・コレクション」では、1982年の時点で一部カラーとモノクロを併用して撮影しました。カラーは出版物で発表しましたが、作品としてはモノクロを選択。1980年代当時のメディアや社会背景における、人々の被爆資料の情報受容環境を鑑み、モノクロが適切であると、出版社の編集方針なども加味した上での判断です。人々が作品を誤解なく受容できることが一番の目的ですが、当然コストの問題や当時の技術におけるカラー表現の限界も理由としてありました。(当時は、メディア/出版環境におけるモノクロとカラーの使い分けの基準といったものも漠然と存在していた。)
特に2000年以降、撮影機材や印刷出版環境は激変、デジタル技術の進化とテクノロジーが日常生活の細部にまで入り込み、インターネット、PCそしてスマートフォン、映像によるコミュニケーションが大きく変化。写真はカラーであることがむしろスタンダードとなりました。私は2000年以降の撮影は、ほぼデジタルであり、モノクロとカラー両方のデータが同時に存在します。現代のデジタル時代において、カラーとモノクロはワンクリックで自在に変換可能なリバーシブルなのです。
