③ 社会人前期:ものづくりの現場で
高専を卒業後、ウォークマンで知られる大手企業に入社した。
勤務地は千葉県木更津。配属は設計技術課。
設計士と製造現場の間に立ち、製品の分析や解析、改善提案を行う仕事だった。
入社したばかりの頃は、右も左も分からなかった。
朝出勤するとメールが何十通も届き、
午前は会議、午後は資料づくり、また会議。
自分の仕事が始まるのは夕方から。
毎日が目まぐるしく過ぎていった。
当時はまだ、マレーシア工場との会議を衛星でつないでいた時代。
英語での会議は聞き取るだけで精一杯。
話すことはほとんどできなかった。
それでも、分からないなりに必死で理解しようとした。
ある日、トラブル対策を任された。
1ヶ月、製造ラインのデータを取り、解析と分析を繰り返した。
帰る頃にはいつも真っ暗。
上司からは「1年目にしてはよくやった」と言葉をもらった。
上司からの労いの言葉。
そのひと言が、当時の自分への“ご褒美”だった。
サッカーで培った粘り強さは健在だったが、
仕事に慣れるにつれ、違和感も芽生えていった。
自分のやった仕事で喜ぶのは、いつも目の前の上司だけ。
まだ社会人1年目の私は、
商品を使う“お客様の声”や“笑顔”まで想像できていなかった。
エンドユーザーの顔が見えないまま、
毎日同じサイクルを繰り返すようになっていった。
「このままでいいのか?」
そんな思いが少しずつ心の中に広がっていった。
サッカーで身につけた“粘り強さ”でなんとか踏ん張っていたが、
仕事に対して“熱”を感じられなくなっていた。
1年が過ぎた頃、
自分の中でひとつの答えが出た。
──「体や人に関わる仕事がしたい」
学生時代からの自分の体のこともあり、
“モノづくり”から“人のケア=体と心”へと方向を変えることを決めた。
退職を決意し、ボディケアの道へ進むことになる。
次回④:ボディケアの道へ──“癒す”を学んだ日々。
体だけでなく、心に寄り添う仕事を求めて
