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江戸時代の俳句は、令和のnoteのヒントになるのか?〜コピーライターが勝手に芭蕉に学んでみたら

こんにちは、コピーライターのさわらぎ寛子です。

今週は、下間都代子さんの大人気チャンネル「耳で読むビジネス書 耳ビジ」にゲスト出演しております。

で、私の最新本『自分の言葉で書く』について、都代子さんと色々トークさせていただいているわけですが、
ひょんなことから「俳句を鑑賞して、自由に感想を書いてみよう」という話に。

なんだったっけ・・・

あ、そうそう、私が本の中に書いていた「文章は、書き手のものではなく、読み手のものである」「文章は、どこかに載せた時点で書き手の手を離れて、読み手の自由な解釈に委ねられる」みたいな話になって、

コメント欄で「そういえば、小学生の時、国語のテストで、作者の気持ちになってみようとか、作者の意図を書きなさい、みたいなのが苦手だった」という方の声があったのです。

うんうん、わかる。半分同意、半分はちょっと違う意見。

「作者の意図を考えて、それが合ってる・合ってないで点数をつける」のは、なかなか難しいな〜と思う。一方で、作者の意図を考える、作者の気持ちになる、ってことは、まさに読解力。めちゃめちゃ必要な力。

仕事をしていると、「誰かが書いた文章」に対して、書き手の意図を考えるってめちゃめちゃ必要。依頼してくれたこの方は私に何を期待しているのか? どれぐらいのレベル感を求めているのか? メールから読み取る、なんてビジネスでよくあるシーン。
だから、「作者の意図を考える」ってその練習として大事です、みたいな話になったんだった。

んで、耳ビジを聴いている皆様へ、主催者の都代子さんが出したお題が、
松尾芭蕉の超有名な句「古池や 蛙飛び込む 水の音」について、作者の気持ちを考えて鑑賞してみよう。
という経緯。

前置き長すぎだけど、
ここから私が考えたことを書いていきます。


江戸時代の俳句は、令和のnoteのヒントになるのか?


私がこの句を読んで、どう思ったか?の話をするよりも、少しでも読者の皆様の何かしらのヒントになればいいなと思うので、

コピーライターとして、この俳句から、noteなどの文章を書く時のヒントとして何が学べるか?と考えてみることにする。

まず初めに言い訳しておきますが、わたしは俳句について、全く何も教養ないです。「言葉のお仕事だから言葉についてお詳しい方でしょ?おほほ」みたいに言われることありますが、全くそんなことないです。
俳句って、季語を含んだ五・七・五の十七音で作る句だよね、ぐらいの知識です。
という言い訳をした上で、勝手に芭蕉師匠に学んでみます。

1、古池やの「や」に注目してみた


まず、私が気になったのが「や」である。

古い池にカエルが飛び込んだよ、という意味であれば、「古池に 蛙飛び込む 水の音」でいいはずだ。
でも「古池や」にしたのは何でだろう。(作者の意図を考えてみる、うーん)

この「や」は、俳句の基本的特徴である「定型」「季語」「切れ字」の三つのうちの一つ、「切れ字」というやつである。

読んでいる人に、情景と感情の余白を持たせるためのもの。
芭蕉が古池を見た時(見たのか、見ていない想像なのかは知らないけど)、
し…ぃん とした静けさだったり、何とも言えない物悲しさみたいなものを
「古池や」の「や」で表しているのではないか。

「古池に蛙飛び込む」は、ただの説明。
「古池や蛙飛び込む」にするから、感情の動きがわかる、余韻が伝わる。

これ、私たちが普段、文章を書くときにも使える技ではないか。
さすがに、今、語尾に「〜や」「〜けり」「〜なり〜」みたいにすると時代劇(や、キテレツ大百科)みたいになりそうなので、それは違うとして、

「余韻・余白を残して、感情の動きを出す」のは、できる。

たとえば、
「今日の夕方は、空がオレンジ色できれいだった。」
これは“説明”。
事実としては正しいけれど、感情は動かない。ふーんで終わり。

そこで、
「夕暮れの帰り道、オレンジが空に滲んでた。」
と書くと、
少し“間”が生まれる。

何を感じたのかまでは書いていないから、
読み手が自分の中の“オレンジ色の夕空”を思い浮かべる。
滲む(にじむ)っていう言葉で、なんか心の動きもわかる。
涙ぐんでいるのかな、悔しい気持ちがあるのかな、みたいな想像が立ち上がってくる感じだ。

この「書き切らない」「少し残す」という余白。
それが、芭蕉の「や」に近い気がするのです。
「古池に」ではなく「古池や」とすることで、
池を見つめる視線、空気の揺れ、言葉にできない“何か”を残している。

俳句の「や」は、説明をやめる勇気。
私たちが文章を書く時も、
つい「ちゃんと伝えよう」と思って説明で埋め尽くしてしまうけれど、
ときには、
「ここで終わってもいい」「続きを想像してもらおう」
という“余韻”が、読まれる文章をつくる。


説明と描写のバランスは、『自分の言葉で書く』P.157に詳しく書いています


2、一人で悶々と考えるより、誰かにポーンと投げてみる


芭蕉の気持ちになってみよう、ということで少しこの句が生まれた背景を調べてみました。
この句が詠まれたのは、1686年。
5代将軍綱吉の頃で、政治的にも落ち着き、江戸の町文化が発展した頃。
(ちなみに、大河ドラマ「べらぼう」の蔦屋重三郎が生きていた時代は、それから60〜70年後。芭蕉の時代は、「侘び・寂・静けさ」の時代、蔦重の時代は、「粋・洒落・華やか」の時代。)

芭蕉は「弟子たちと一緒に“言葉で遊ぶ”場」=俳諧の会をよく開いていたんだそうです。

連句(れんく)というのは、
今でいえば“即興のグループ詩”。
最初の人が五・七・五で詠み、
次の人が七・七をつなげていく。

高校生の息子が好きでよくみている
MCバトルみたいなものか(←戦っているわけではない)

ってことは、「古池や〜」も最初から
芭蕉が一人で作り上げたわけじゃなくて、
仲間との対話の流れの中で生まれた言葉、ってことか。

一人で悶々と考えるより、「ポーン」と投げる。

私たちが文章を書くときも、
つい「もっといい表現を」と一人で悩んでしまいがちですが、

一人で悶々と考えた「これが完璧な文章だ!」を
満を辞して出すよりも、途中でポーンと出してみる。

自分で勝手に決めた100点を目指すよりも、
自分が思う50点でも60点でも、時には20点でもいいから
「途中で」出してみる。

これは、『自分の言葉で書く』のP.243に書いていること。

『自分の言葉で書く』P.243 「発信が続く書き方のルール」
「反応が次のネタを生む」

芭蕉の時代の「連句」って、
まさにそれを文化にしていたんだな〜。
と急激に親近感。
芭蕉パイセンすげー。

3、特別なことではなく、日常の出来事を「自分の視点」で書く


「古池や 蛙飛び込む 水の音」。
この句のすごさは、劇的なことを詠んでいないところにあると思います。

ただの、日常。
静かな池に、蛙がぽちゃんと飛び込む。
それだけの一瞬に、命の気配や季節の移ろい、時の流れが詰まっている、
ような気がする。

つまり、芭蕉は“特別なこと”ではなく、“日常の中にある特別”を見つけているのではないか。

翻って、令和に生きる私たちが、文章を書くときも同じだと思うのです。

「この人の文章、なんか好き」と感じるのは、
その人の“視点”が面白いから。

視点とは、目の付けどころのこと。
同じ出来事を見ていても、
「どこに焦点を当てるか」は人それぞれ違うもの。

そして、自分らしい視点を持つには、
1つひとつの文章で何を書くかと同じぐらい、
根底に流れる“自分のテーマ”を持っておくことが大事。

それがあると、たった一つの記事だけがバズるのではなく、
「この人の考え方が好き」と、
発信者そのものにファンがつくのです。

たとえば私でいうと、
今日の「耳ビジ」でもチラッと話した気がしますが、
「こんな気持ち誰にも言えなかった」
「思っていたけど言葉にできなかった」
そんな感情を言葉にして書くことで、
「自分は人と違うのではないか」「自分だけが変なのかも」と思っている人の勇気になれたらと思っている。

人と人とは、完全には分かり合えない。
だからこそ、言葉で伝え合うことが大事だし、
自分の中にすでにある価値を言葉にして伝えれば、今がどんな状況でも、ゼロから仕事を作り出せる。
そんな希望を届けたいと思って書いている。

根底にあるテーマが伝わるから、
「さわらぎさんの話が聞きたい」と
会う前から思ってくれる人が
いてくださるのだと思うのです。


文章は、書いている内容以上に、
書き手の姿勢や背景がにじむもの。

芭蕉の句から学べるのは、
一見ありふれた日常を、自分の視点で、自分の言葉で切り取る力。

大好きなSUPER BEAVERの曲
「主人公」の歌詞みたいだな。

優しさでも くだらなさでも おいしいものでも メロディでも心がふと笑えるような 救いのある日々を願った歌 知らない場所 知らない人  誰しも脇役で 主人公 

SUPER BEAVER主人公

芭蕉は、ビーバーなのか?
ぶーやんの声で俳句が再生されるぅ。(オタクの発言)

あなたが書く文章の根底には、
どんなテーマを持っていたいですか?


さて、都代子さんからいただいたお題
松尾芭蕉の超有名な句「古池や 蛙飛び込む 水の音」について、作者の気持ちを考えて鑑賞してみよう。
について、徒然と思うままに書いてみました。

この記事が100点とは思わないし、まぁ、レベル感で言うと40点ぐらいかもしれないけど、これを読んだ方が、それぞれで
「違うくない?」
「もっとこうじゃない?」と思うことがあれば、

連句みたいに、自由にnote書いてくださいませ。

明日も、耳ビジ出演します。ぜひ聞いてくださいませ。

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