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企業探訪|テルモ

体温計の国産化から世界の医療機器へ、1兆円企業の設計図

日本の医療機器メーカーと聞いて、まっさきにテルモの名前が浮かぶ方は多いと思います。病院で使う注射器や輸血バッグ、心臓のカテーテル治療に欠かせないガイドワイヤーまで、私たちの命に直接触れる製品を100年以上つくり続けてきた会社です。そのテルモが2025年3月期に、売上収益で初めて1兆円の大台を超えました。しかも売上の約7割は海外が稼いでいます。地味に見える医療機器の世界で、なぜテルモはグローバルに勝てているのでしょうか。

この記事では、1921年の創業物語から、3つの事業カンパニーの中身、最新の決算数字、主力製品の強さの源泉、経営体制や今後の課題まで、テルモという会社の全体像を丁寧にたどっていきます。一般のビジネスパーソンや投資家の方が「テルモってこういう会社なんだ」と腹落ちできる、企業探訪の決定版を目指します。少し長くなりますが、最後まで読み終えたときには、あなたのなかでテルモの輪郭がくっきりと立ち上がっているはずです。


1. テルモとは何者か

まず全体像から押さえます。テルモ株式会社は、東京都渋谷区に本社を置く医療機器の総合メーカーです。東京証券取引所プライム市場に上場しており、証券コードは4543です。時価総額でみても日本を代表する企業の一つであり、医療機器という専門性の高い分野で、これだけの規模に育った会社は国内では希少な存在です。

事業の柱は大きく3つあります。心臓や血管の病気を治療するカテーテルなどの「心臓血管」、注射器や輸液・糖尿病ケアといった病院やクリニックの日常を支える「メディカルケアソリューションズ」、そして輸血用の血液を採取・処理する機器や血漿・細胞治療にかかわる「血液・細胞テクノロジー」です。いずれも、人の命や健康に直接かかわる領域であり、片手間ではとても務まらない専門分野ばかりです。

規模感を示す数字を並べてみます。2025年3月期の売上収益は1兆362億円、グループ従業員数は約3万700名、海外売上比率は約7割に達します。製品は世界160を超える国や地域で使われています。日本発の医療機器メーカーでありながら、稼ぎの主戦場はすでに北米や欧州といった海外にあります。ここがテルモの最大の特徴です。

医療機器という産業は、自動車や家電のように派手ではありません。しかし、一度病院や医師に選ばれると簡単には切り替えられない「代替されにくさ」があり、景気の波にも比較的強いという特性があります。人はどんな不況でも病気になり、手術を受けるからです。この安定性と、高齢化による需要の長期拡大という追い風。テルモはこの構造的な強みを、100年かけて磨き上げてきた会社だと言えます。

そしてもう一つ、テルモを語るうえで欠かせないのが企業理念です。テルモは「医療を通じて社会に貢献する」という考え方を経営の中心に据えています。社員のことを「アソシエイト」と呼び、一人ひとりが医療を支える当事者であるという意識を大切にしてきました。創業が医師の志から始まった会社らしく、利益の追求と医療への貢献を切り離さずに考える文化が、いまも脈々と受け継がれています。

2. 1921年、体温計の国産化から始まった

テルモの物語は、1本の体温計から始まります。

時は第一次世界大戦のころ。当時、日本で使われていた体温計の多くはドイツからの輸入品でした。ところが戦争でドイツからの輸入が途絶え、粗悪な体温計が出回るようになります。体温計は病気を見つける最初の入り口です。熱があるかどうか、その熱がどの程度なのか。ここを正確に測れなければ、その後の診断も治療も土台から崩れてしまいます。精度の信頼できない体温計が広まることは、当時の医療にとって深刻な問題でした。

この状況を憂えた医師たちが立ち上がります。発起人の中心にいたのが、「近代日本医学の父」と呼ばれた北里柴三郎博士でした。北里博士はドイツに留学してコッホに学び、破傷風の血清療法を確立し、ノーベル賞候補にも挙げられた世界的な細菌学者です。2024年からは新一万円札の顔にもなった人物として、あらためて広く注目を集めました。その北里博士が、体温計という一見地味な医療器具の国産化に情熱を注いだという事実は、この事業がいかに医療の根幹にかかわるものだったかを物語っています。

北里博士をはじめとする医師らが発起人となり、良質な体温計を日本国内でつくることを目指して、1921年9月に会社が設立されます。これがテルモの原点です。設立時の社名は「赤線検温器株式会社」といいました。体温計の目盛りに赤い線を引いて見やすくしたことに由来する名前です。医師が「患者のために、信頼できる医療機器を国産でつくる」という志で立ち上げた会社。単なる金もうけの発想ではなく、日本の医療の自立という公共的な使命感から生まれた会社だという点が、テルモのDNAを理解するうえで決定的に重要です。この創業の精神は、いまのテルモの企業理念にもまっすぐつながっています。

創業当初は苦労の連続でした。精密な体温計をつくるには、ガラスを均一な細さの管に加工し、微量の水銀を封じ込め、正確な目盛りを刻む高度な技術が必要です。輸入品に頼っていた技術を一から国産で確立するのは、決して簡単なことではありませんでした。それでも「日本人の手で、信頼できる体温計を」という執念が、少しずつ品質を高めていきます。この創業期の技術への執着こそ、のちに世界最細クラスの注射針や、繊細なガイドワイヤーを生み出すテルモの精密技術の源流になっていきます。

3. 社名「テルモ」の由来と、100年の歩み

いまでは誰もが知る「テルモ」という社名は、どこから来たのでしょうか。

答えは体温計そのものにあります。体温計はドイツ語や英語で「Thermometer(テルモメーター)」といいます。この言葉の頭の部分「テルモ」を社名に採用したのです。会社の出発点である体温計への誇りが、そのまま社名になっているわけです。ちなみに設立当初の「赤線検温器株式会社」は、その後「仁丹体温計株式会社」と名を変えた時期を経て、1974年に現在の「テルモ株式会社」となりました。社名の変遷そのものが、この会社が体温計メーカーから総合医療機器メーカーへと脱皮していった歴史を映しています。

体温計から始まったテルモは、その後、医療の現場が必要とするものを次々と手がけていきます。第二次世界大戦後の復興期には、注射器や、輸血・輸液に使う医療器具へと領域を広げました。医療の需要が急速に拡大するなかで、体温計だけの会社にとどまらず、医療現場全体を支える会社になろうとしたのです。

とりわけ大きな転機となったのが、使い捨て(ディスポーザブル)の医療器具です。それまでガラス製の注射器を煮沸消毒して使い回していた時代に、テルモは滅菌済みで一度きり使える製品を普及させ、院内感染を減らすことに大きく貢献しました。使い回しの器具は、どれだけ丁寧に消毒しても感染のリスクをゼロにはできません。使い捨てにすれば、そのリスクを根本からなくせます。清潔さと安全性を医療現場に届けるというこの発想は、その後の同社の製品づくりの背骨になっていきます。医療の安全という価値を、製品の形で世の中に広めた功績は非常に大きいものでした。

さらに時代が進むと、人工腎臓(ダイアライザー)や人工心肺といった、より高度で命に直結する装置へと踏み込んでいきます。腎臓の働きが落ちた患者さんの血液を体の外できれいにする人工腎臓、心臓手術の間に心臓と肺の役割を機械が肩代わりする人工心肺。いずれも、失敗が許されない極めて高度な製品です。こうした難しい領域に挑み続けたことで、テルモの技術力は一段と鍛えられていきました。

そして1980年代以降、テルモの運命を大きく変えることになるのが、心臓や血管を切らずに治す「カテーテル治療」の分野への本格参入でした。血管の中をするすると進んでいく細い管とワイヤーの技術は、胸を大きく開く外科手術に代わる、体にやさしい治療のかたちを切り開きます。この低侵襲治療という大きな潮流に早くから乗ったことが、のちにテルモを世界の舞台へと押し上げる決定打になりました。

2021年、テルモは創業100周年を迎えました。1本の体温計から始まった会社が、100年後には世界160以上の国と地域に製品を届ける1兆円企業になっている。戦争、震災、幾度もの不況を乗り越えながら、医療への貢献という一本の芯を守り続けてきた。この歩みそのものが、日本のものづくりの底力と、長期的にぶれない経営の価値を象徴していると言えるでしょう。

4. 3つのカンパニーで読み解くテルモの事業

現在のテルモは、社内を3つの事業カンパニーに分けて運営しています。それぞれがどんな役割を担っているのか、順番に見ていきます。

一つ目は、心臓血管カンパニーです。テルモの売上のおよそ6割を稼ぐ最大の柱で、まさに屋台骨です。カバーする領域は幅広く、心臓の血管が詰まる病気を治療するステントやカテーテル、脳の血管の病気に使う製品、大動脈の治療に使うステントグラフトや人工血管、そして手術中に心臓と肺の働きを肩代わりする人工心肺装置まで含みます。共通しているのは、いずれも患者さんの体への負担が少ない「低侵襲治療」を支える製品だという点です。胸を大きく開かず、血管の中から治す。この流れをテルモは製品でリードしてきました。心臓の冠動脈から、脳、大動脈まで、血管に関する治療を幅広くカバーできる総合力は、世界を見渡してもそう多くの企業が持てるものではありません。

二つ目は、メディカルケアソリューションズカンパニーです。病院やクリニック、そして在宅の医療現場を日常的に支える製品群を担います。注射器や注射針、輸液に使う器具、糖尿病の患者さんが使う血糖測定やインスリン注射関連の製品などです。派手さはありませんが、医療現場で毎日大量に消費される「なくてはならないもの」を安定して供給する事業であり、テルモというブランドが最も広く社会に浸透している部分でもあります。とりわけ、痛みを抑えるために極限まで細くした注射針は、テルモの技術力の象徴として知られています。医療現場の日常を、目立たないところで確実に支える。この事業があるからこそ、テルモは病院との日々の接点を保ち、信頼を積み重ねることができています。

三つ目は、血液・細胞テクノロジーカンパニーです。少しなじみが薄いかもしれませんが、これは輸血や献血の裏側を支える事業です。献血された血液を、赤血球・血小板・血漿といった成分に分けて採取・処理する装置や、それを保存・輸送するためのバッグなどを手がけます。私たちが献血をしたとき、その血液が安全に活用される背後には、こうした機器が欠かせません。近年はこの領域から、血漿分画製剤の原料となる血漿を効率よく集める「血漿イノベーション」や、再生医療・細胞治療で使う細胞を製造するための技術へと事業を広げており、テルモの中でも成長スピードの速い領域になっています。輸血という伝統的なインフラ事業を土台にしながら、そこから最先端の細胞医療へと橋を架けている点が、この事業の面白さです。

この3つのカンパニーが、それぞれ異なる医療の場面を押さえているのがテルモの強みです。景気や特定の製品分野の浮き沈みがあっても、事業全体としては安定しやすい構造になっています。大きく稼ぐ心臓血管、幅広く社会に根を張るメディカルケア、次の成長を担う血液・細胞テクノロジー。役割の異なる3本の柱が、互いを補い合いながら会社全体を支えているのです。

5. 数字で見るテルモ

ここからは、テルモの実力を決算数字で確認していきます。

まず全体の売上収益です。2025年3月期の売上収益は1兆362億円となり、創業以来はじめて1兆円の大台を突破しました。これは5年連続の過去最高更新でもあります。過去をさかのぼると、2022年3月期は約7,033億円、2023年3月期は約8,202億円、2024年3月期は約9,219億円と、着実に階段を上ってきました。そして2025年3月期についに1兆円を超え、翌2026年3月期には売上収益1兆1,319億円まで伸び、前期比でおよそ9%増と、1兆円突破後も成長が続いています。数年で数千億円規模の売上を積み上げているスピード感は、成熟した大企業としては目を見張るものがあります。

売上の伸びだけでなく、利益もしっかり付いてきています。2025年3月期の調整後営業利益は2,034億円で、前期比では約30%の大幅増益となりました。円安が追い風になった面はあるものの、北米を中心とした心臓血管事業の好調と、成長分野である血漿事業の拡大が、増益を強くけん引しました。翌2026年3月期の調整後営業利益は2,190億円と、こちらも増益を確保しています。売上を伸ばしながら、それ以上のペースで利益を積み上げる。これは、単に規模が大きくなっただけでなく、稼ぐ効率そのものが改善していることを意味します。理想的な成長の形が続いていると言えるでしょう。

次に、事業カンパニーごとの内訳を見てみます。2025年3月期のセグメント別売上収益は、心臓血管がおよそ6,030億円、メディカルケアソリューションズがおよそ2,110億円、血液・細胞テクノロジーがおよそ1,960億円でした。心臓血管だけで全体の6割前後を占めており、この事業の強さがテルモの収益力を大きく左右していることがよくわかります。裏を返せば、心臓血管が好調なうちに、他の柱をどれだけ育てられるかが、今後の安定成長の鍵になります。

伸び率にも注目したいところです。同じ2025年3月期で、心臓血管が前期比約9%増、メディカルケアソリューションズが約7%増、そして血液・細胞テクノロジーが約16%増と、成長分野が最も高い伸びを示しました。規模の大きい心臓血管が全体を支えつつ、血液・細胞テクノロジーが次の成長エンジンとして育っている構図です。大きな柱が安定した伸びを保ち、若い柱がそれを上回るスピードで成長する。バランスのよい成長といえます。

そして、テルモを語るうえで欠かせないのが海外比率です。売上収益のおよそ7割を海外が占めており、なかでも北米が最大の市場になっています。従業員数も約3万700名のうち多くが海外拠点に所属しており、テルモはもはや「日本のメーカーが海外に輸出している」段階を大きく超えて、各地域に根を張ったグローバル企業になっています。研究開発から生産、販売までを世界各地で回す。この地に足の着いたグローバル展開が、為替の追い風も味方につけて、近年の好業績を支えてきました。

6. 主力製品を読み解く

テルモの強さを本当に理解するには、個々の製品に目を向けるのが近道です。ここでは代表的な製品をいくつか取り上げます。

まず、ガイドワイヤーです。心臓や血管のカテーテル治療では、まず細く柔らかいワイヤーを血管に通し、それを道しるべにしてカテーテルを目的の場所まで進めます。このワイヤーの通しやすさが治療の成否を左右します。血管は細く、複雑に枝分かれし、ときに石灰化して硬くなっています。その中を傷つけずに進むには、ワイヤーの滑りやすさとしなやかさが決定的に重要です。テルモは、表面が水にぬれるとつるつるになる「親水性コーティング」を施したガイドワイヤーを世界に先駆けて実用化し、この分野で高い評価を確立しました。血管の曲がりくねった細い道をスムーズに進めるこの技術は、いまや世界中の医師に使われる標準的な道具になっています。

次に、カテーテル治療そのものを支える製品群です。テルモは、手首の細い動脈からカテーテルを入れる「経橈骨動脈(けいとうこつどうみゃく)アプローチ」を早くから提唱してきたことで知られます。従来は足の付け根の太い血管から入れるのが主流でしたが、手首から入れる方法は患者さんの負担が軽く、出血のリスクが小さく、治療後すぐに歩けるといった利点があります。入院期間の短縮にもつながり、患者さんにとっても医療機関にとってもメリットの大きい方法です。この患者にやさしいアプローチを、専用のカテーテルや止血デバイスとともに世界へ広めてきたのがテルモです。治療の「やり方」そのものを提案し、それに必要な道具を一式そろえて提供する。単品売りではないこの姿勢が、医師からの厚い信頼につながっています。

三つ目は、注射針です。糖尿病の患者さんは毎日自分でインスリンを注射します。その痛みを少しでも減らすため、テルモは針の先端を極限まで細くする技術を追求してきました。針は細ければ細いほど痛みが少なくなりますが、細くしすぎると薬液が流れにくくなったり、針が曲がりやすくなったりします。この相反する条件を、金属加工の技術で両立させるのは至難の業です。蚊が刺すときの口の細さに着想を得たとも言われる極細針は、日本のものづくりの繊細さを象徴する製品として広く知られています。毎日注射をする患者さんの負担を、わずかでも軽くしたい。その一念が生んだ製品です。

四つ目は、輸血・血液関連の製品です。献血された血液を成分ごとに分けて集める装置や、血液を安全に保存・輸送するためのバッグは、輸血医療のインフラそのものです。目立ちませんが、世界の医療体制を下支えする重要な製品であり、この分野でテルモは世界有数の存在です。血液は生き物であり、扱いを誤れば命にかかわります。採取から保存、輸送までを安全に管理する技術は、長年の積み重ねなしには到達できません。

そして五つ目に、人工心肺やその中核部品である人工肺です。心臓を止めて行う手術の間、心臓と肺の役割を機械が肩代わりします。血液を体の外に導き、酸素を与え、二酸化炭素を取り除いて、再び体に戻す。この一連の働きを担う装置は、患者さんの命を文字どおり預かるものであり、極めて高い信頼性が求められます。こうした高難度の領域でも実績を積み重ねてきたことが、テルモへの絶対的な信頼につながっています。

これらの製品に共通するのは、「体への負担を減らす」「安全性を高める」「現場の医師や患者の使いやすさを追求する」という一貫した思想です。派手な革新というより、地道な改良の積み重ねで信頼を勝ち取ってきた。0.01ミリ単位のこだわりを、何年も何十年も続ける。それがテルモの製品哲学であり、他社が簡単にはまねできない参入障壁の正体でもあります。

7. なぜ心臓血管事業は世界で勝てているのか

テルモの収益の6割を占める心臓血管事業。なぜこの分野で、テルモは世界の大手と伍していけるのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。

一つは、参入障壁の高さです。心臓や血管に使う製品は、少しの不具合が患者さんの命にかかわります。そのため各国で厳しい承認審査が課され、新規参入は容易ではありません。臨床試験で安全性と有効性を証明し、各国の規制当局の承認を得て、はじめて販売できます。この過程には長い年月と多額の費用がかかります。長年かけて安全性の実績を積み、各国の規制をクリアし、医師との信頼関係を築いてきた企業だけが生き残れる世界です。テルモはこの障壁の内側にいます。

二つ目は、医師の手に「なじむ」製品を作り続けてきたことです。カテーテル治療は、医師の手の感覚が頼りの繊細な手技です。ワイヤーの通りやすさ、カテーテルのしなり具合、操作した通りに動く応答性。こうした使い心地の良さは、カタログの数字には表れませんが、現場の医師にとっては決定的です。一度手になじんだ道具は簡単に替えられません。新しい製品が多少安くても、慣れた道具の安心感には代えがたい。この「スイッチングコストの高さ」が、テルモの安定した収益を支えています。医師とともに製品を磨いてきた歴史が、そのまま競争力になっているのです。

三つ目は、M&Aによる技術と地域の獲得です。テルモは自前の開発だけにこだわらず、脳血管や大動脈といった専門領域で強みを持つ海外企業を買収し、自社の製品ラインに組み込んできました。これにより、心臓の冠動脈だけでなく、脳から大動脈まで血管治療の幅を広げ、世界の医師に「血管治療ならテルモ」と選ばれる総合力を築いてきました。必要な技術を、時間を買うようにして取り込む。この機動力が、成長のスピードを高めてきました。

そして四つ目が、北米市場での存在感です。世界最大の医療市場である米国で稼ぐ力を持っていることが、テルモの成長と円安メリットの両方を支えています。米国は医療への支出が大きく、新しい治療法や機器がいち早く普及する市場です。ここで評価される製品は、世界の標準になりやすい。日本のメーカーが北米の医療現場でしっかり根を張っているという事実は、それ自体がテルモの競争力の証明です。

8. グローバル戦略とM&A

テルモの海外売上比率7割という数字は、一朝一夕にできたものではありません。輸出で少しずつ海外を増やしたというより、現地企業の買収を通じて一気に地域と技術を取り込んできた歴史があります。

たとえば、輸血・血液関連の事業では、海外の同分野の大手を統合することで、血液・細胞テクノロジーカンパニーの土台を築きました。心臓血管の分野でも、脳血管治療や大動脈治療に強みを持つ欧米企業を取り込み、製品の幅と地域のカバー範囲を大きく広げています。こうしたM&Aによって、テルモは各地域に開発・生産・販売の拠点を持ち、その土地の医療ニーズに合わせた製品を届けられる体制を整えてきました。買収した企業を単に傘下に置くだけでなく、テルモの品質基準と経営の仕組みに統合し、グループ全体の力として活かしてきた点が重要です。

グローバル展開でもう一つ重要なのが人材です。テルモは経営幹部にも海外人材を積極的に登用し、日本本社が海外子会社を管理するという一方向の関係ではなく、各地域が主体的に事業を動かす体制づくりを進めています。売上の7割が海外という会社にとって、多様な国籍・背景の人材をどうまとめ、力を引き出すかは経営の根幹です。制度や評価の仕組みを世界共通で整え、優秀な人材が国境を越えて活躍できるようにする。テルモはこの点でも、日本企業のグローバル経営の一つのモデルケースになっています。日本発でありながら、日本のやり方を押し付けない。この柔軟さが、海外で受け入れられてきた理由の一つでしょう。

9. 経営体制と成長への打ち手

現在のテルモを率いるのは、2024年に社長CEOに就任した鮫島光氏です。テルモは近年、事業ごとの責任と権限を明確にするカンパニー制を強化し、それぞれのカンパニーが世界の競合と戦える経営体制へと組織を進化させてきました。3つのカンパニーがそれぞれに成長戦略を持ち、全社としてはそれを束ねて資源を配分する。大企業でありながら、機動的に動ける仕組みを整えようとしています。意思決定を現場に近いところに下ろし、スピードを上げる。グローバルで戦うためには欠かせない改革です。

成長への打ち手として、テルモが重視しているのがいくつかの成長領域です。血漿分画製剤の原料となる血漿を効率的に集める血漿イノベーション、再生医療・細胞治療の製造を支える事業、そしてデジタル技術を活用して製品を単体のモノからソリューションへと進化させる取り組みなどです。単に良い機器を売るだけでなく、治療全体の質を高める価値を提供する方向へと、事業モデルを広げようとしています。機器で得られるデータを活用し、医師の判断や病院の運営を支援する。こうした「モノからコトへ」の流れは、医療機器業界全体の大きなテーマであり、テルモもその最前線に立とうとしています。

利益を伴った成長を続けている点も見逃せません。売上1兆円を超えてもなお、営業利益を売上以上のペースで伸ばしている。これは、価格政策の見直しや生産効率の改善、収益性の高い新製品の投入など、地道な経営努力の成果です。規模を追うだけでなく、稼ぐ力そのものを鍛えている。研究開発にもしっかり投資を続けており、将来の成長の種をまきながら、足元の収益性も高めるという難しいかじ取りを実現しています。ここに、テルモという会社の経営の質が表れています。

10. 研究開発と知的財産 地道な改良を支える土台

テルモの製品哲学が「地道な改良の積み重ね」であることは先に述べましたが、それを支えているのが継続的な研究開発への投資です。医療機器は、一つの製品を世に出すまでに長い開発期間と、厳しい試験の積み重ねが必要です。しかも売り出した後も、より安全に、より使いやすくと改良を続けなければ、あっという間に競合に追い抜かれます。テルモは売上が拡大する局面でも研究開発費をしっかり確保し、将来の成長の種をまき続けてきました。

研究開発の成果は、特許という形でも蓄積されています。ガイドワイヤーの親水性コーティング、極細の注射針を実現する金属加工、血液を安全に扱う技術など、テルモの製品には長年培った独自技術が詰まっています。これらは特許で守られ、他社が簡単には追随できない壁になっています。目に見える製品の裏に、膨大な技術の蓄積と知的財産が横たわっている。これが、医療機器という参入障壁の高い産業でテルモが優位を保てる、もう一つの理由です。

近年は、機器そのものの改良にとどまらず、デジタル技術やデータの活用にも研究の幅を広げています。手術で得られるデータを解析して治療の質を高めたり、機器の使用状況を把握して現場の効率化を支援したり。ハードウェアの会社が、ソフトウェアやデータの領域へと踏み出す。この転換をどこまでやり切れるかが、次の10年のテルモを左右する大きなテーマになっています。

11. 投資家から見たテルモ

投資家の視点から、テルモという会社をどう捉えればよいのでしょうか。

まず魅力として挙げられるのは、需要の安定性と長期的な成長性の両立です。医療機器は景気に左右されにくく、世界の高齢化という追い風を長期で受け続けます。加えて、売上の6割を占める心臓血管事業が高い参入障壁とスイッチングコストに守られているため、収益基盤が崩れにくい。ディフェンシブでありながら成長も見込める。この組み合わせは、長期の投資対象として評価されやすい性質です。

一方で、注意しておきたい点もあります。すでに述べた為替の影響は、業績の見え方を大きく左右します。円安局面での好業績が、実力なのか為替のゲタなのかを冷静に見極める必要があります。また、株価という観点では、安定成長への期待がすでに評価に織り込まれている場合が多く、割安に放置される場面は多くありません。さらに、大型のM&Aを成長の手段としてきた会社であるため、買収した事業の統合がうまくいくか、のれんの負担が重くならないかといった点も、継続的に見ておきたいところです。

配当については、テルモは安定した株主還元を続けてきた実績があります。派手な高配当ではないものの、利益成長に沿って着実に還元を積み上げるスタイルは、腰を据えて長く付き合う投資家に向いています。総じて、テルモは「短期で大きく跳ねる株」ではなく、「時間を味方につけて育てる会社」として捉えるのがふさわしい銘柄だと言えるでしょう。

12. これからのテルモ 課題と展望

最後に、テルモが向き合う課題と、これからの展望を整理します。

課題としてまず挙がるのが、海外比率の高さの裏返しである為替の影響です。売上の7割が海外なので、円安のときは円換算の売上や利益が膨らみますが、円高に振れれば逆風になります。近年の好調には円安の追い風があったことも事実であり、為替に左右されない本業の実力をどれだけ伸ばせるかが、これからの評価の分かれ目になります。為替はコントロールできない外部要因だからこそ、製品の競争力そのものを高め続けることが求められます。

二つ目は、地政学リスクとサプライチェーンです。世界各地に生産・販売拠点を持つグローバル企業だからこそ、貿易摩擦や各国の規制変更、原材料の調達といったリスクに常にさらされます。とりわけ最大市場である北米の政策動向は、テルモの業績に直結します。関税や医療制度の変更が、収益に影響を及ぼす可能性は常にあります。リスクを分散し、どの地域でも安定して事業を続けられる体制をどう築くかが問われます。

三つ目は、競争の激化です。心臓血管や血液の領域には、世界の巨大医療機器メーカーがひしめいています。資金力でも規模でもテルモを上回る競合が存在し、技術革新のスピードも速い。立ち止まれば置いていかれます。これまで築いてきた「医師になじむ製品」という強みを保ちながら、次の治療の潮流をどう先取りするかが問われ続けます。デジタルやAIといった新しい技術を、医療機器にどう取り込むか。ここでの出遅れは許されません。

それでも、テルモの展望は明るいと言えます。世界の高齢化は着実に進み、医療機器への需要は長期的に拡大が見込まれます。人の体への負担が少ない低侵襲治療への流れも止まりません。むしろ、より少ない負担で、より高い治療効果を、という要求は年々強まっています。テルモが100年かけて磨いてきた「体にやさしく、現場になじむ医療機器」という価値は、まさにこれからの時代に求められるものです。1本の体温計から始まった会社は、これからも世界中の患者と医師のそばで、静かに、しかし確かに命を支え続けていくでしょう。

企業探訪のまとめとして、テルモから学べることを一つ挙げるなら、それは「地味でも、誰かの命に必要なものを、誠実につくり続ける」ことの強さです。派手さはなくても、信頼を積み重ねた会社は、100年後に世界のリーダーになっている。目先の流行を追うのではなく、人の役に立つ本質的な価値を、長い時間をかけて磨き上げる。テルモの歩みは、そのことを私たちにあらためて教えてくれます。医療という、決してなくならない社会の土台を支える会社として、テルモのこれからにも注目していきたいところです。


参考文献・出典

テルモ株式会社「2025年3月期 決算概要」(2025年5月14日)
https://www.terumo.co.jp/system/files/document/2025-05/Presentation_02_25Q4_J.pdf

テルモ株式会社「2025年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」(2025年5月14日)
https://www.terumo.co.jp/system/files/document/2025-05/FinancialResults_25Q4_J.pdf

テルモ株式会社「2026年3月期 決算概要」(2026年5月15日)
https://www.terumo.co.jp/system/files/document/2026-05/Presentation_02_26Q4_J.pdf

テルモ株式会社「沿革」企業情報
https://www.terumo.co.jp/about/history

テルモ株式会社「会社概要」企業情報
https://www.terumo.co.jp/about/who-we-are

テルモ体温研究所「テルモという会社」
https://www.terumo-taion.jp/about/article01.html

Forbes JAPAN「海外売上比率7割のテルモCHROが語るグローバル人事戦略」
https://forbesjapan.com/articles/detail/47596

日本経済新聞「テルモの25年3月期、純利益17%増に上振れ 円安寄与」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC079QR0X01C24A1000000/

Terumo Corporation「IFRS Financial Results for the Fiscal Year Ended March 31, 2025」
https://www.terumo.com/system/files/document/2025-05/FinancialResults_25Q4_E.pdf

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