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ホルムズ海峡にタンカー6隻が戻った日

原油4%安が映す日本の綱渡りと安全保障の現在地

2026年6月18日、ペルシャ湾の出口にあたるホルムズ海峡を、日本向けの荷を含むタンカー6隻が静かに通り抜けました。香港船籍の大型タンカーを先頭に、石油タンカーやLNG船が、イラン当局の指定する航路と時間帯に従って一列に進んでいきます。数カ月にわたって機雷と緊張に閉ざされていた世界最重要の海の関所が、ようやく動き始めた瞬間でした。

この知らせを受けて、原油価格は前日比でおよそ4%下落し、米イラン衝突が始まる前の水準にじりじりと近づいています。株式市場は歓迎し、日経平均株価は史上初めて6万9000円台に乗せました。一見すると、世界はひとつの危機を乗り越えたかのように見えます。

けれども、ここで立ち止まって考えたいことがあります。私たちが日々使うガソリン、電気、ガス、そしてあらゆる製品の原材料となる石油の9割が、最狭部わずか33キロメートルの一本の海峡を通って運ばれているという事実です。タンカー6隻の通過というニュースは、明るい話題であると同時に、日本という国がいかに細い一本の糸の上を歩いているかを改めて突きつけてもいます。

この記事では、6月18日に何が起きたのかという事実関係から始め、米イラン衝突と停戦覚書の中身、原油価格の具体的な値動き、ホルムズ海峡という場所の特異性、日本のエネルギー安全保障の構造、そして市場の反応と今後のリスクシナリオまでを、できるだけ数字に即して丁寧に追っていきます。一過性のニュースとしてではなく、私たちの暮らしと投資判断に直結する話として読んでいただければ幸いです。


1. 2026年6月18日、ホルムズ海峡で何が起きたのか

まず、今回のニュースの核心となる事実関係を整理します。

日本時間の6月18日未明、ホルムズ海峡を日本向けを含むタンカー6隻が通過しました。報道によれば、午前5時過ぎに香港船籍で行き先がシンガポールの大型タンカーを先頭に、石油タンカー2隻、LNGタンカー1隻などを含む計6隻が、イラン側が指定する航路と時間帯に従って通過したとされています。これらのうちには、日本の電力会社や石油会社向けとされる積み荷を載せたタンカーが含まれており、ホルムズ海峡を経由した日本向けエネルギー輸送の再開が確認されました。

ロイターの海上交通追跡データの分析でも、6月18日の時点でホルムズ海峡を航行する複数のタンカーが確認され、それまでの事実上の封鎖状態から「限定的な再開」へと移行したと報じられています。

ここで重要なのは「限定的」という言葉です。海峡が無条件で全面開放されたわけではなく、あくまでイラン当局が指定する航路と時間帯を守ることを条件に、許可制で通航が再開されたという段階です。それでも、原油やLNGを積んだ船が再びこの海峡を抜けられるようになったことは、エネルギー市場にとって極めて大きな転換点でした。

イラン国家安全保障最高評議会は18日、米国との覚書にもとづいてホルムズ海峡の通航許可手続きを迅速化し、機雷除去にも着手すると国営メディアを通じて発表しました。発表の要旨は次のようなものです。覚書にもとづき、当面の一定期間について、ホルムズ海峡を通過する船舶の通航料を免除し、その費用はイランが負担する。海峡当局に対しできるだけ早く通航許可を出すよう指示する。通航する船舶はイラン当局が指定する航路と時間帯を厳守する。そして機雷除去作業を覚書にもとづいて実施する、というものでした。

ブルームバーグ系の報道では、ホルムズ経由の原油輸送量は6月半ばに日量約200万バレル程度まで回復したもようと紹介されていますが、位置情報の発信を切った「ダーク航行」も多いため、実際の輸送量はさらに多い可能性があるとされています。

そしてこのタンカー通過のニュースと歩調を合わせるように、原油価格が前日比でおよそ4%下落し、米イラン衝突前の水準に近づいたと日本経済新聞は報じました。海の関所が開き、原油の供給不安が和らいだことが、そのまま価格に反映された形です。

2. ここに至るまで 米イラン衝突から停戦覚書まで

タンカー6隻の通過を理解するには、その前提となった米イラン衝突と、停戦に向けた覚書の流れを押さえておく必要があります。

2026年の初めから約4カ月にわたり、米国とイランの間では、イランの代理勢力を含む軍事的な対立が続いてきました。この間、イラン側はホルムズ海峡に機雷を敷設し、通航料の徴収や航路指定などを通じて、事実上の封鎖や通航制限を行ってきたとされています。その結果、ホルムズ経由の原油輸送量は大きく減少し、タンカーの一部は位置情報を発信しないダーク航行で迂回的に通過するなど、リスクを避ける動きが広がっていました。

潮目が変わったのは6月14日です。トランプ米大統領は米東部時間のこの日、イランと「戦闘終結の覚書」で合意したとSNSで発表し、停戦に向けた政治決着がなされたことを公表しました。この覚書は最終的な条約ではなく、あくまで戦争終結に向けた初期合意にあたる暫定的な枠組みです。

複数の報道を総合すると、現時点で明らかにされている覚書の主なポイントは次のようなものです。

安全保障・軍事面では、米国とイランが戦闘の即時停止と、レバノンなど他の戦線を含む軍事作戦の恒久停止を最終目標とすることを覚書に明記したとされます。停戦を前提とした60日間の交渉期間を設け、この間にイランの核開発計画などについて最終合意に向けた交渉を行うという枠組みです。ただしイスラエルはこの枠組みの中でレバノン南部での行動の自由を維持すると主張しており、完全な停戦には緊張も残っています。

ホルムズ海峡・海上交通の面では、イランが覚書にもとづいて通航許可の発給を迅速化し、一定期間の通航料を免除し、機雷除去作業を開始し、全船舶に対して指定航路と指定時間帯の遵守を要請するとされています。米国はホルムズ海峡の自由航行再開を合意の中心目標のひとつに掲げています。

核・制裁・経済の面では、米国が覚書の履行に応じてイランの凍結資産の全面的な利用を認め、制裁を完全に解除するまでの間もイラン産原油や石油製品の輸出を認める方向とされています。凍結資産は約240億ドル規模とも報じられ、段階的な解放をめぐって米国とイランの駆け引きが続いていると伝えられています。

そして、この戦闘終結覚書の正式な調印式は6月19日にスイスのジュネーブで行われる予定であり、そこがホルムズ海峡の全面解放に向けた重要な節目とされています。

日本政府はホルムズ海峡の自由航行再開を重要と位置づけ、今回の米イラン合意を大きな一歩と評価しています。一方でイスラエル側は、この暫定合意を自国にとっての戦略的後退であり、米国によるイランへの大幅な譲歩だとして強い懸念を示しているとも伝えられています。同じひとつの合意が、立場によってまったく異なる意味を持つことが、この問題の複雑さを物語っています。

3. 原油価格はどこまで下げたのか

ここからは、原油価格の具体的な値動きを数字で追っていきます。「原油が4%安」という見出しの背景には、6月上旬からの一連の下落があります。

衝突が激しかった6月上旬は、原油はまだ高値圏にありました。6月11日の時点で、北海ブレント先物は1バレル90.38ドル、米WTI先物は87.71ドルでした。これは、戦闘の激化とホルムズ封鎖の懸念で一時90ドル台前半まで上昇していた価格が、交渉進展の報道を受けて急落した局面ではありましたが、それでも依然として高い水準でした。

転機となったのが6月14日のトランプ大統領による戦闘終結覚書の公表です。これを受けて原油は下落基調に転じます。WTIは12日終値の84.88ドルから14日には一時80.98ドルまで急落し、15日には一時79ドル台まで下げました。前日比でマイナス5%を超える急落だったとのレポートもあります。

6月18日には、タンカー6隻のホルムズ通過と歩調を合わせるように、原油価格は前日比でおよそ4%下落しました。リアルタイムのデータでは、WTI原油先物は6月19日基準で前日終値が76.79ドル、日中の安値はおよそ73ドル台、高値は77ドル台で推移しています。一時76.05ドルまで急落したとの指摘もあります。ブレントについても、6月11日の90.38ドルから18日前後には80ドル台後半程度まで下落しています。

整理すると、6月上旬の高値圏であるブレント90ドル前後、WTI87ドル前後から、停戦覚書とホルムズ航行再開の報道を経て、18日前後のWTI76〜77ドル、ブレント80ドル台後半まで、わずか1週間ほどで10ドル前後、率にして10%以上の調整が入りました。そのうち18日前後だけで約4%の下落が生じ、「衝突前の水準」にかなり接近したという説明と整合します。

先行きについては、シティが2026年第3四半期のブレント予想を75ドル、第4四半期を70ドル、2027年を65ドルへと引き下げました。中東のリスクプレミアムが剥落していく方向を市場は織り込み始めています。ただし後述するように、物流の正常化には時間がかかるため、衝突前の60ドル台への完全な回帰までは織り込みにくく、70ドル台半ばが当面の下限になるとの見方も根強くあります。

4. なぜホルムズ海峡はこれほど重要なのか

そもそも、なぜ一本の海峡のタンカー通過がこれほど世界の原油価格を動かすのでしょうか。その答えは、ホルムズ海峡という場所の地理的な特異性と、そこを通る量の大きさにあります。

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ、サウジアラビアやイラン、UAE、クウェート、カタールといった主要産油・産ガス国の輸出ルートの出口にあたります。湾内で生産された原油やLNGを世界へ運び出すには、ほぼすべての船がこの海峡を通らなければなりません。代替となる陸上パイプラインも一部存在しますが、能力は限られており、海上輸送の大部分を肩代わりできるものではありません。

そして驚くべきはその狭さです。海峡の最狭部の幅は約33キロメートルしかありません。さらに、この33キロメートルの幅をすべて大型タンカーが自由に使えるわけではなく、実際に大型船が安全に通行できる航路は、北行きと南行きでそれぞれ幅約3キロメートルのレーンに限られています。往復を合わせても実質的に使える航路はわずか約6キロメートル程度です。緩衝帯を含めても10キロメートル強にすぎません。世界の石油の動脈が、これほど細い水路に集約されているのです。

ここを通る量も圧倒的です。ホルムズ海峡を通過する石油は、原油と石油製品を合わせて日量約2000万バレルにのぼります。これは世界の海上石油貿易のおよそ26%、世界全体の石油消費のおよそ20%、世界の石油輸出のおよそ3割に相当します。LNGについても、世界のLNG取引のおよそ20%がこの海峡を通過し、そのうち約83%がアジア向けとされています。

つまりホルムズ海峡は、世界が消費する石油の5分の1、LNGの5分の1が通過する、地球上で最も重要なチョークポイント、すなわち戦略的な隘路なのです。ここが詰まれば世界のエネルギー供給が一気に細る。だからこそ、ここで起きるわずかな動きが原油価格を大きく揺らすことになります。

そしてこの狭さは、軍事的に見れば「閉じやすい」ことを意味します。広大な外洋であれば一国が航行を止めることは困難ですが、幅3キロメートルのレーンであれば、機雷の敷設や小型艇による嫌がらせ、あるいは沿岸からのミサイルや無人機の脅威によって、実弾を撃たずとも事実上の通航制限を作り出すことができます。今回イラン側がとった機雷敷設と航路・時間帯の指定という手法は、まさにこの地理を最大限に利用した「低コストで大きな効果を持つ封鎖」でした。海峡を物理的に完全封鎖しなくても、保険会社がリスクを警戒して戦争保険料率を引き上げ、船主が通航を見送るだけで、実質的な輸送量は大きく落ち込みます。ホルムズ海峡の脅威とは、全面封鎖そのものよりも、こうした「不確実性の演出」によって生じる部分でも大きいのです。

歴史を振り返れば、ホルムズ海峡が緊張の焦点になったのは今回が初めてではありません。1980年代のイラン・イラク戦争では、両国が相手国向けのタンカーを攻撃するいわゆるタンカー戦争が起き、米海軍が護衛にあたる事態となりました。2019年にはホルムズ海峡周辺でタンカーへの攻撃が相次ぎ、原油価格が急騰しました。海峡封鎖の威嚇は、産油地帯における緊張のたびに繰り返し持ち出されてきた、いわば常套の地政学カードです。今回の危機も、その長い系譜の上に位置づけられます。だからこそ、たとえ今回の停戦が成立しても、このカードが切られる構造的な可能性が消えるわけではない、という冷めた視点を持っておく必要があります。

5. 日本にとってのホルムズ エネルギー安全保障の核心

世界全体にとって重要なホルムズ海峡ですが、日本にとっての意味は世界平均よりもはるかに重大です。なぜなら、日本のエネルギー供給はこの海峡に極端に依存しているからです。

まず原油です。日本の原油輸入に占める中東産の割合、いわゆる中東依存度は、近年およそ94〜96%に達しています。石油連盟の2024年度のデータでは中東地域の割合は95.9%、経済産業省の資料でも中東依存度は94.0%とされています。資源エネルギー庁のデータを紹介した報道では95%超とされており、いずれにせよ日本が使う原油のおよそ95%が中東から来ていると見るのが妥当です。

そして、その中東産原油のほとんどがホルムズ海峡を通って運ばれてきます。内閣官房の資料は、日本の原油の約9割がホルムズ海峡を通じて輸入されていると明記しています。経済産業省の資料では原油のホルムズ依存度は93.0%とされ、中東調査会の2025年時点の分析でも、ホルムズ海峡を経由した原油輸入量は9割にのぼるとされています。実務的に整理すれば、日本の原油輸入の約9割がホルムズ海峡という一本の海峡に依存しているということです。

これがどれほど特異なことか、改めて考えてみてください。世界全体では石油消費の約2割がホルムズ経由でした。日本はその4倍以上、約9割がこの海峡頼みなのです。もしホルムズ海峡が完全に封鎖されれば、世界が困る以上に、日本は真っ先に、そして最も深刻に困る国のひとつになります。

一方、LNGについては事情がやや異なります。日本のLNG輸入に占めるホルムズ経由分は、2025年のデータでおよそ6.3%、量にして年間約400万トンにとどまります。これはカタールの5.3%とUAEの1.0%を合わせた数字です。中東産LNG全体の日本シェアは約10.8%ですが、そのうちオマーンはアラビア海に直接面していてホルムズを経由しないため、ホルムズ依存は6.3%に抑えられています。日本はLNGについては豪州や米国、東南アジアなど調達先を分散できており、原油ほどのホルムズ依存はありません。

ここに、日本のエネルギー安全保障の構造がくっきりと浮かび上がります。LNGは比較的多様な調達ルートを確保できているのに対し、原油は約9割がホルムズという一点に集中している。今回のタンカー6隻の通過が日本にとって特別に重い意味を持つのは、まさにこの原油の極端な集中構造があるからです。

なぜ日本はここまで中東に依存しているのでしょうか。背景には、日本がほぼ無資源国であり、原油の自給率がきわめて低いという事情があります。国内で消費する原油の99%以上を輸入に頼り、その輸入先として、安定的に大量の原油を供給できるのは中東の産油国が中心になります。米国産シェールオイルやアフリカ産、中南米産といった非中東産原油も選択肢にはありますが、輸送距離が長くコストがかさむこと、日本の製油所がもともと中東産の性状に合わせて設計されてきたこと、長年の取引関係や上流権益の存在などから、簡単には比率を動かせないのが現実です。エネルギー安全保障の教科書では調達先の分散が繰り返し説かれますが、原油についてはその実践が容易でないことを、この数字は物語っています。

仮にホルムズ海峡が長期にわたって封鎖された場合、日本が頼れるのは、まず石油備蓄です。日本は国家備蓄と民間備蓄を合わせておよそ200日分前後の石油を保有しているとされ、短期から中期の供給途絶であれば、この備蓄を取り崩すことで時間を稼ぐことができます。今回のような数日から数週間の限定的な混乱を大きな騒ぎにせず吸収できているのも、この厚い備蓄があるからこそです。ただし備蓄はあくまで時間稼ぎの手段であり、封鎖が数カ月から年単位に及べば、いずれ代替調達ルートの確保が不可欠になります。備蓄は万能の保険ではなく、その間に次の手を打つための猶予を与えてくれるものだと理解しておくべきでしょう。

6. 原油安が日本経済に効く道筋 物価・貿易収支・家計

ホルムズ海峡の航行再開と、それに伴う原油安は、日本経済にどのような影響をもたらすのでしょうか。ここでは物価、貿易収支、家計負担という3つの道筋から見ていきます。

まず貿易収支です。直近まで、原油高と円安の組み合わせは日本の貿易収支を明確に悪化させていました。財務省が6月17日に公表した2026年5月の貿易統計速報では、輸出が9兆5116億円で前年比プラス17.0%、輸入が9兆8902億円で前年比プラス12.5%、貿易収支は3786億円の赤字となり、4カ月ぶりの赤字に転じました。中東情勢の悪化による原油調達コストの上昇が、輸入額を押し上げる要因のひとつになっていたと指摘されています。

ここに今回のホルムズ航行再開と原油安が重なると、原油やナフサ、一部のLNGの輸入単価が下がります。日本は原油輸入の9割超を中東に依存しているだけに、ホルムズ通航の再開は調達コストに直接効いてきます。輸入額が減少方向に向かえば、貿易収支は赤字縮小から黒字化の方向へと働きます。これまで貿易赤字の要因だった中東原油の調達コストが、今度は逆向きの追い風に変わるわけです。

次に家計に身近なエネルギー価格です。反応が最も早いのはガソリンです。原油価格の下落は数週間のうちにガソリン価格に反映されやすいとされ、ある試算では、原油下落の影響でレギュラーガソリンの全国平均が補助金なしで1リットル170円を下回る可能性が数週間以内にあるとされています。直前まで170円台後半にあった水準が、170円割れの方向へ修正されるイメージです。

これに対して、電気料金やガス料金の反応はかなり遅れます。原油やナフサの価格変動が料金に反映されるまでには数カ月のタイムラグがあるため、4月から初夏にかけての原料高がむしろ秋以降の電気・ガス料金を押し上げる圧力として残ります。ある分析では、9月分の電気・ガス料金は大幅な値上げとなり、料金が下落に転じるのは12月分、請求書ベースでは翌年1月分になるとの見通しが示されています。

したがって総合的に見ると、今回の原油安は、ガソリンや灯油、軽油といった燃料に早期の下押し効果をもたらす一方、電気・ガスにはラグを伴いつつ2026年末から2027年にかけて押し下げ方向に効いてきます。短期的には上げ圧力と下げ圧力が混在し、ディスインフレ効果、つまり物価上昇の鈍化が明確になるのは年後半から2027年にかけて、という形になりそうです。原油安はじわじわと、しかし確実に、日本の物価と家計に効いてくると考えておくのがよいでしょう。

7. 市場はどう反応したか 株・為替・金融政策

中東リスクの後退と原油安は、金融市場にとって強力な追い風となりました。株式、為替、金融政策の3つの面から、市場の反応を見ていきます。

最も鮮やかに反応したのは株式市場です。日経平均株価は6月15日に初めて6万9000円台に乗せ、終値は前週末比でプラス3297円、率にしてプラス4.99%の6万9317円と歴史的な急騰を演じました。東証株価指数も最高値を更新しています。6月17日には日経平均は5日続伸し、終値は6万9902円、前日比プラス497円で3日連続の最高値更新となりました。

この株高の要因として市場関係者が挙げているのは、米イランが戦闘終結に向けた覚書で合意し、ホルムズ封鎖の解除が織り込まれたこと、原油の急落によって世界的にインフレ懸念が和らいだこと、そしてそれによってリスクオンの地合いが強まり、ハイテクや自動車、景気敏感株に幅広く買いが入ったことです。米国株でもダウ工業株30種平均が最高値を更新し、原油安でインフレ懸念が和らいだことで投資家がリスク資産に戻っているとされています。中東リスクの後退は、まさに世界同時株高の引き金となりました。

一方、為替は株ほど素直には動きませんでした。停戦合意後も、ドル円は160円前後の円安水準で大きくは変わらず推移しています。理屈の上では、原油安は日本の貿易・経常収支を改善させるため、本来は円高要因のはずです。それでも円安が反転しないのはなぜか。理由は日米の金利差にあります。

ここで冒頭に紹介した日経新聞の記事の文脈が効いてきます。米連邦公開市場委員会では年内利上げを見込むタカ派的な見通しが示され、市場では早ければ9月会合での利上げ観測が広がりました。日銀も6月に政策金利を1%に引き上げる利上げを決めましたが、市場では半年に1回程度の緩やかなペースにとどまるとの見方が多くなっています。結果として、日米の金利差拡大観測からドルを買う動きが優勢となり、円は対ドルで39年ぶりの安値水準である161円台に迫る場面もありました。

つまり、原油安という円高要因よりも、金利差というより大きな力が勝っている状況です。エネルギー価格の変動よりもキャリートレード、すなわち低金利の円を売って高金利のドルで運用する動きの方が為替を支配しており、原油安単独では円安トレンドを反転させる力にはなっていないのが実情です。

ただし、見方を変えれば、原油高が90ドル超に張り付くときのようなエネルギー輸入に伴う円売り圧力は後退しました。かつて懸念されていた原油高と円安の悪い組み合わせ、ダブルパンチのリスクはかなり軽減したと評価できます。

金融政策への影響も見逃せません。日銀は2026年6月の会合で政策金利を1%程度へ引き上げ、約31年ぶりの1%水準に達しました。原油安はエネルギー価格を通じて消費者物価を押し下げるため、インフレ率の上振れリスクを低下させ、エネルギー由来の物価高に対応するための追加利上げ圧力を和らげます。日銀は原油高を理由に慌てて利上げを加速する必要がなくなり、賃金や需給ギャップといった本来注目すべき国内指標に集中できる状況になりました。

もっとも、円安が続けば輸入物価を通じてインフレが再燃する2022年型の円安懸念もくすぶっています。日銀は為替と物価安定の両面を見ながら、1%超に向けて慎重に利上げを続ける、という難しい舵取りを迫られています。市場では、日銀の最終的な到達金利、いわゆるターミナルレートは1.75%程度に達するとの民間予測も出ており、利上げ局面はなお続くとの見方が優勢です。

ここで改めて、原油と為替と金融政策が一本の線でつながっていることに気づかされます。中東情勢が原油価格を動かし、原油価格が日本の貿易収支と物価を動かし、物価が日銀の政策金利を動かし、金利差が円相場を動かし、円相場がまた輸入物価を通じて物価に跳ね返る。今回のホルムズ海峡のニュースは、その連鎖の起点に立つ出来事でした。一見すると遠い中東の海の話が、私たちのガソリン代や住宅ローン金利、保有する株式や投資信託の評価額にまで、巡り巡って影響していくのです。冒頭で紹介した円の39年ぶり安値というニュースと、ホルムズ海峡のタンカー通過というニュースが、実は同じひとつの相場の局面の表と裏であることが、ここまで読み進めていただくと見えてくるはずです。

8. 残る火種 停戦崩壊・再封鎖のリスクシナリオ

ここまで明るい話が続きましたが、現状を「危機が去った」と総括するのは早計です。今回の合意はあくまで暫定的な初期合意であり、いくつもの火種が残っています。今後のリスクを3つのシナリオで整理しておきましょう。

まず大前提として、合意の署名は物流再開の出発点にすぎず、そのまま正常化を意味するわけではないという点を押さえる必要があります。海運業界関係者からは慎重な見方が出ており、経済産業省の幹部も、航行再開後も石油製品の流通正常化には一定の期間を要するとの姿勢を示しています。実務面では、機雷掃海の進捗、通航料や保険料をめぐる交渉、海運・保険会社のリスク評価などが、タンカーが戻るペースを左右します。ロイターは、ホルムズのタンカー通航量は戦前の約2000万バレルにはすぐには戻らず、当面は1600万バレル程度にとどまる可能性が高いと指摘しています。

その上で、3つのシナリオを見ていきます。

楽観シナリオは、停戦が継続し航行が正常化するケースです。署名と履行が順調に進み、掃海が進展してタンカーが海峡に戻り、60日間の核交渉も合意に至る展開です。この場合、原油価格は衝突前の60ドル台に近づくとの見方もありますが、物流の複雑化や残存リスクから完全な回帰は難しく、70ドル台半ばが当面の下限と見られています。日本にとっては、エネルギーコストとインフレ圧力の大幅な緩和、貿易収支の改善という最良のケースです。

中間シナリオは、停戦は維持されるものの、緊張と部分的な封鎖リスクが残るケースです。通航料や制裁をめぐる駆け引き、核査察や検証をめぐる対立などで、緊張とリスクプレミアムが断続的に高まります。原油価格は70ドルから90ドル程度のレンジで高止まりと調整を行き来しやすく、海運保険料や物流コストも通常より高い水準にとどまります。日本企業はエネルギーコストの不確実性を抱えたまま、投資や調達の計画を立てざるを得ません。

悲観シナリオは、停戦が崩壊しホルムズ海峡が再び封鎖されるケースです。核交渉の決裂や双方の強硬派の台頭によって停戦が崩れ、再び軍事衝突からホルムズ封鎖へと至る展開です。米情報機関は、イランは必要と判断すればいつでもホルムズ海峡を封鎖する能力を持つと評価しており、構造的なリスクは残存しています。この場合、日本向けの分析では原油が100ドルから150ドルに達するシナリオも提示されており、原油やナフサ、一部LNGの供給逼迫、ガソリンや電気・ガス、石油化学製品など広範な価格高騰、貿易赤字の急拡大、そしてエネルギー輸入のための円売りとリスクオフのドル高による円安圧力の再燃が懸念されます。政府は燃料補助や家計支援の再拡充を迫られ、日銀はエネルギー由来の物価高と景気悪化リスクの板挟みになって、利上げの停止に追い込まれる可能性すらあります。

現状は、これらのシナリオのうち楽観から中間へと向かう入り口に立っている段階と言えます。タンカー6隻の通過は確かに明るい一歩ですが、構造的なリスクが消えたわけではありません。一息ついたが、完全に安心はできない。それが2026年6月時点の正直な評価です。

9. 私たちは何を備えるべきか

最後に、このニュースから私たちが何を学び、何に備えるべきかを考えます。

今回の一連の出来事が突きつけたのは、日本という国が、原油の約9割を最狭部わずか33キロメートルの一本の海峡に託しているという、動かしがたい構造的な脆弱性です。タンカー6隻が通過しただけで原油が4%下げ、日経平均が史上最高値を更新する。この振れ幅の大きさそのものが、私たちのエネルギー供給がいかに細い糸の上にあるかを物語っています。

この脆弱性に対して、日本が取りうる備えはいくつかの層に分かれます。

ひとつは石油備蓄です。日本は国家備蓄と民間備蓄を合わせて数カ月分の石油を確保しており、短期的な供給途絶には一定の耐性があります。ホルムズが一時的に閉じても、すぐに枯渇するわけではありません。今回のような限定的な混乱を乗り切れているのは、この備蓄の存在が大きいといえます。

もうひとつは調達先の多様化です。LNGについては、すでに豪州や米国、東南アジアなどへの分散が進み、ホルムズ依存度は6.3%にまで抑えられています。問題は原油です。中東依存度95%、ホルムズ依存度約9割という構造は、長年指摘されながらも大きくは変わっていません。米国産シェールオイルや、アフリカ、中南米といった非中東産原油の比率を高めることは、コストや精製設備の適合性という課題を伴いますが、安全保障の観点からは引き続き重要な論点です。

そしてより長期的には、エネルギー源そのものの多様化、すなわち再生可能エネルギーや原子力の活用によって、化石燃料への依存度を下げていくことが、ホルムズリスクへの根本的な備えになります。今回の中東危機は、脱炭素やクリーンエネルギーへの転換を、理念だけでなく安全保障の観点からも後押しする出来事として記録されるかもしれません。

投資家の視点で言えば、原油価格と地政学リスクは、エネルギー株、商社株、航空・運輸株、電力株など幅広いセクターに影響します。原油安は航空や消費関連には追い風、エネルギー株には逆風という形で明暗を分けます。また、円相場と金利差の動きは、輸出企業と輸入企業、内需株と外需株の優劣を左右します。ひとつのニュースが市場全体に波及する構造を理解しておくことは、変動の大きい局面での冷静な判断に役立つはずです。

特に意識しておきたいのは、地政学リスクが「織り込まれた」あとの相場の動きです。今回のように停戦への期待が一気に高まる局面では、原油は下げ、株は上げ、リスクオンが進みます。しかし、その期待はすでに価格に反映されています。もし6月19日の署名が滞ったり、停戦が崩れる兆しが出たりすれば、相場は逆回転を始めます。安堵が広がっているときこそ、悪いシナリオが現実になった場合に自分のポジションがどれだけの影響を受けるかを、冷静に点検しておく価値があります。地政学リスクは、消えたのではなく、価格の水面下に潜っただけかもしれないからです。

企業の経営者や調達担当者にとっても、今回の出来事は重要な示唆を含んでいます。原油が100ドルから150ドルに跳ね上がる悲観シナリオを想定し、その場合に自社の粗利や在庫、販売価格、資金繰りがどう変化するかを、平時のうちに試算しておくことが推奨されています。危機が起きてから慌てるのではなく、海峡が静かなうちに最悪のケースの数字を握っておく。それが、エネルギーコストの不確実性と向き合う実務の知恵です。

ホルムズ海峡にタンカーが戻った日。それは、ひとつの危機がひとまず和らいだ日であると同時に、私たちがどれほど遠い海の安全に暮らしを預けているかを思い出させる日でもありました。次にこの海峡が話題になるとき、それが今回のような安堵のニュースであることを願いつつ、最悪の事態にも備えておく。その両構えこそが、エネルギーを持たない国に生きる私たちに求められる現実的な姿勢なのだと思います。


参考文献・出典

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