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戦時指導者の秋 ガソリン価格が紛争の行方を決める2026年後半の選挙

2026年後半、戦争を抱えた国の国政選挙が立て続けにやってきます。9月にロシア下院選、10月にブラジル大統領選とイスラエル総選挙、11月に米国の中間選挙と台湾の統一地方選。並べてみると偶然の重なりに見えますが、有権者の関心はどの国でも驚くほど似通っています。エネルギー価格と物価です。ミサイルの射程や停戦ラインではなく、ガソリンスタンドの表示価格とスーパーのレシートが、戦時指導者の政治的な体力を削っています。そしてその体力の残量が、イランとウクライナという2つの軍事衝突の落としどころを決めていきます。この記事では、5つの選挙をひとつずつ丁寧に見ながら、選挙結果と紛争の行方がどう連動するのか、投資家とビジネスパーソンが何を見ておくべきかを整理します。


1. 2026年後半、戦争を抱えた国の選挙が並ぶ

まず日程を確認しておきます。

9月20日、ロシアで下院選挙が行われます。2022年に始まったウクライナへの全面侵略の開始後、初めての国政選挙です。10月4日、ブラジルで大統領選挙。左派の現職ルラ大統領と、トランプ米大統領の後ろ盾を得る右派のフラビオ・ボルソナロ上院議員が対決します。10月27日、イスラエルで総選挙。2023年にイスラム組織ハマスから奇襲攻撃を受けて以降、初めての国政選挙になります。11月3日、米国で中間選挙。連邦議会の上下両院選を含む大型選挙です。そして11月28日、台湾で統一地方選挙。2028年の次期総統選の前哨戦と位置づけられています。

この5つのうち、ロシア、イスラエル、米国の3つは、いずれも現在進行形の軍事衝突を抱えた国の選挙です。ロシアはウクライナ侵略、イスラエルはガザとイランをめぐる対立、米国は2026年2月末に始めた対イラン攻撃。3人の指導者、プーチン大統領、ネタニヤフ首相、トランプ大統領は、いずれも「戦時指導者」として有権者の審判を受けることになります。

歴史的には、戦時の指導者は支持を集めやすいとされてきました。外部に敵がいるとき、国民は現職のもとに結集する。政治学で「旗のもとに集まる効果」と呼ばれる現象です。2002年の米中間選挙はその典型でした。2001年9月の同時テロを受け、テロとの戦いへ国民の結束を訴えたブッシュ大統領(第43代)が率いる共和党は、中間選挙で与党が苦戦するという定説を覆して議席を増やしました。

ところが2026年の秋は、まったく逆の景色が広がっています。3人の指導者は揃って支持率を落とし、戦争は結束ではなく不満の源泉になっています。なぜこうなったのか。答えの多くは、経済という一点に集約されます。

2. 米国:1ガロン4ドルのガソリンが政権を揺らす

トランプ米大統領は2026年2月末にイランへの攻撃を開始しました。開始後のガソリン価格急騰に一喜一憂し、緊張緩和を繰り返し求めています。「ガソリン価格は急落する。戦争はまもなく終わる」。大統領はそう語り続けてきました。

しかし現実は追いついていません。各種世論調査の平均値を算出する米リアル・クリア・ポリティクスによると、トランプ氏の支持率は8月4日時点で38.9%、不支持率は58.5%で、2期目の最低水準に沈んでいます。ロイター通信とイプソスの調査では、8月3日公表分で支持率35%、前月の37%からさらに低下しました。8月6日公表の調査でも支持率は35%で、米成人4,505人を対象に誤差は上下2ポイントです。年初の42%と比べると、7ポイント前後の下落です。

数字の内訳を見ると、政権への逆風の正体がはっきりします。ロイター/イプソスの8月6日調査では、米国の対イラン軍事行動を支持する人は35%にとどまり、58%が「ガソリン価格は今後悪化する」と予想しました。7月13日公表の同社調査では、79%が「イランでの軍事行動は長期化する」と答え、60%が「今後1年でガソリン価格は上昇する」と見ていました。攻撃を支持する人は37%、そして約半数が「この戦争は費用に見合わない」と答えています。

7月30日公表のAP通信とNORCの共同調査はさらに厳しい数字を示しました。64%が「イランとの戦争は戦う価値がない」と回答し、約7割が「ガソリン価格の抑制」を重要な外交目標に挙げています。米ワシントン・ポストなどが7月に実施した調査では、6割が「米イランの交渉でガソリン価格が正常な水準に戻るとは考えていない」と答えました。

生活実感としての数字も並べておきます。米国のレギュラーガソリン全国平均価格は、2026年8月上旬で1ガロンあたり約4.04ドルから4.06ドルです。米国は言うまでもなく車社会で、通勤も買い物も送迎もガソリンなしには成り立ちません。1ガロン4ドルという水準は、家計にとって象徴的な心理的境界線として機能してきました。

物価全体も落ち着いていません。7月の消費者物価指数は前年同月比で3.4%上昇、前月比では0.1%の上昇でした。食料とエネルギーを除くコア指数は前年比2.5%です。ヘッドラインとコアの差、つまりエネルギー由来の押し上げ分が、そのまま有権者の不満に変換されている構図です。米連邦準備理事会は7月29日の会合で政策金利を3.50%から3.75%のレンジに据え置きました。エネルギー主導のインフレは利下げの手を縛り、住宅ローン金利や自動車ローンの負担軽減も遅れます。7月のコンファレンス・ボード消費者信頼感指数は90.8に低下しました。

政治的な帰結は明快です。ロイター/イプソスの8月3日調査では、連邦議会選挙での投票意向は民主党42%、共和党37%。政党別の投票意向を測る「ジェネリック・バロット」で民主党が5ポイントリードしています。さらに象徴的なのは、「経済をよりうまく運営できるのはどちらの党か」という問いで、民主党37%、共和党36%と、民主党が約10年ぶりに上回ったことです。経済は長らく共和党の看板政策でした。その優位が消えたことの意味は小さくありません。

共和党は現在、大統領職と上下両院の多数派を握る、いわゆる「トリプルレッド」の状態にあります。米国の選挙分析サイトは上下両院とも共和・民主両党の接戦とみています。歴史的に中間選挙は与党が議席を減らす傾向が強く、そこに支持率35%台と経済への不満が重なっています。トリプルレッドが崩れるかどうかが、11月3日の最大の焦点です。

3. なぜ「戦時ラリー効果」は起きなかったのか

2002年と2026年の違いはどこにあるのでしょうか。3つの点が挙げられます。

1つ目は、攻撃の正当性に対する国民の納得感です。2001年の同時テロは米国本土が攻撃を受けた事案であり、報復の必要性を説明する必要がほとんどありませんでした。2026年の対イラン攻撃は、米国本土が直接攻撃されたわけではありません。イラン攻撃に賛成する世論は3割前後にとどまり、開戦当初から国民の過半数の支持を得られていません。「防衛」ではなく「選択された戦争」と受け止められた場合、支持は積み上がらないどころか目減りします。

2つ目は、コストが可視化されるスピードです。テロとの戦いのコストは、戦費という形で財政に現れました。多くの有権者にとっては抽象的で、日々の生活には直結しませんでした。ところが対イラン攻撃のコストは、ホルムズ海峡の通航混乱を通じて即座に原油価格に転嫁され、そこからわずか数週間でガソリンスタンドの表示価格に到達します。有権者は毎週、給油のたびに戦争のコストを支払わされる感覚を持ちます。79%が「長期化する」と答え、60%が「ガソリンは上がる」と答えている状況では、結束は生まれません。

3つ目は、期待値の設定です。トランプ氏は「ガソリン価格は急落する。戦争はまもなく終わる」と繰り返してきました。これは明確な公約として受け取られます。6割が「価格は正常な水準に戻らない」と答えているという事実は、単なる悲観ではなく、公約が達成されないという判断です。期待値を高く設定した指導者は、達成できなかったときの落差でより大きく評価を落とします。

つまり2026年の米国では、戦争が「結束の理由」ではなく「約束違反の証拠」として作用しています。この構図は、そのまま停戦交渉の圧力になります。トランプ氏は想定通りに進まないイラン、ウクライナの停戦交渉にいら立っており、落としどころは見えないままです。しかし選挙が近づくほど、「とにかく価格を下げる」という動機は強まります。

4. イスラエル:10月27日、ネタニヤフ首相の正念場

イスラエルは10月27日、クネセト(国会、120議席)の総選挙を実施します。2023年のハマスによる奇襲攻撃を受けて以降、初めての国政選挙です。

焦点は、ネタニヤフ首相の続投可否そのものです。地元紙マーリブが7月上旬に実施し8月7日に公表した調査では、中道野党「ヤシャル」が23議席、ネタニヤフ氏率いる右派「リクード」が22議席となり、ヤシャルがリクードを1議席上回りました。前回選挙でリクードが得た27議席から5議席の目減りです。同じ調査で、ネタニヤフ氏の連立与党ブロックは49議席、反ネタニヤフのシオニスト野党は57議席と算出されています。

他社の調査もおおむね同じ景色です。チャンネル12(調査会社ミドガム)が8月3日に実施した調査では、リクード23、ヤシャル23の同数。ベネット氏の政党14、民主主義者10、イスラエル・ベイテイヌ9、UTJ8、シャス7、オツマ・イェフディット7、宗教シオニズム5、ラアム5、ハダシュ・タアール5、ジオニスト・ホーム4という内訳で、シオニスト野党側56、ネタニヤフ陣営50となりました。チャンネル13の7月末から8月上旬の調査ではヤシャル23、リクード22。公共放送KANの8月初旬調査ではリクード24、ヤシャル23と、かろうじてリクードが上回りました。

調査会社によって上下1、2議席の揺れはありますが、共通しているのは2点です。第1に、リクードは20議席台前半に沈み、単独最大党の座さえ確実ではありません。第2に、どちらの陣営も単独では過半数の61議席に届いていません。

ヤシャルを率いるのはガディ・アイゼンコット氏です。元参謀総長で、国民の関心が高い安全保障政策に定評があります。首相にふさわしいのはどちらかという問いでは、チャンネル12の8月3日調査でネタニヤフ氏37%、アイゼンコット氏37%の同率。チャンネル13の調査ではアイゼンコット氏46%、ネタニヤフ氏36%と、10ポイントの差がつきました。軍歴を持つ人物が安全保障の対立軸として立ち上がってきたことが、ネタニヤフ氏にとって最も厄介な点です。

ネタニヤフ氏が抱える重荷は3つあります。1つ目は、ハマスによる襲撃を許した責任です。2つ目は、汚職疑惑の裁判が継続していることです。3つ目は、戦争の成果に対する国民の評価の低さです。チャンネル12の調査では、ガザでの「完全勝利」が実現するとみる人は25%にとどまり、62%が「実現しない」と答えました。「3年の戦争を経てイスラエルを勝利に導いた」と考える人は28%だけで、62%がこれを否定しています。イスラエル・カッツ国防相への評価も厳しく、57%が「悪い」と答え、47%が軍幹部人事への介入を不適切だと見ています。

テルアビブ大バラク・リーダーシップ・センターのウディ・ソメル所長は、ネタニヤフ氏について「一部右派の支持も失っている」と分析しています。強硬路線を貫くことで固めてきたはずの基盤が、成果の乏しさによって浸食されているという指摘です。

5. 連立の算術が中東情勢を決める

イスラエルの選挙は、議席数そのものよりも、投開票後の連立交渉が結果を決めます。ここが日本の読者にとって最も分かりにくく、同時に最も重要な部分です。

マーリブの調査では、反ネタニヤフのシオニスト野党が57議席、これにジオニスト・ホームの4議席を加えると61議席で過半数に届く可能性が示されました。チャンネル12の調査でも野党側56、ネタニヤフ陣営50で、境界線上のせめぎ合いです。つまり、あと4議席から5議席をどちらが取り込むかで政権が入れ替わります。

鍵を握るのは、ベネット氏の政党、ラピド氏の勢力、そしてヘンドル氏やトロッパー氏といった中道右派の新党がどこでまとまるかです。イスラエルには得票率の足切りライン(阻止条項)があり、小政党が単独で挑めば議席ゼロになり、その票は死票になります。中道右派が分裂したまま選挙に突入すれば、結果としてネタニヤフ陣営を利することになります。逆に統合が進めば、ヤシャル、ベネット、ラピドを軸とした連立でアイゼンコット氏が首相になるという見方が現実味を帯びます。ガンツ氏の「青と白」は複数の調査で議席化ラインを下回っており、独立では厳しい状況です。

連立樹立に行き詰まれば、ネタニヤフ氏が首相職にとどまったまま選挙を繰り返すシナリオも残ります。イスラエルは2019年から2022年にかけて5回の総選挙を実施した経験があり、これは絵空事ではありません。

ネタニヤフ氏の去就は中東情勢を大きく左右します。イランに対して先制的な抑止を重視するのか、それとも米国や地域諸国との協調のなかで緊張緩和を模索するのか。選挙戦の争点は、ガザ戦争の出口戦略、停戦と人質問題、戦後統治の構想、そして対イラン政策です。安全保障の専門家であるアイゼンコット氏が首相になった場合、強硬路線が即座に転換されるとは限りませんが、少なくとも「戦争の終わらせ方」を語れる指導者に交代することになります。10月27日は、原油市場にとっても中東和平にとっても、年内最大級のイベントです。

6. ロシア:勝敗の決まった選挙が映す体制の体温

ロシアは9月20日を投票日とする下院選挙を控えています。実際には9月18日から20日までの3日間投票が行われる方式です。定数450のうち225議席が比例代表、225議席が小選挙区で争われます。

結論から言えば、政権与党「統一ロシア」の勝利は確実視されています。反体制派の締め付けが徹底されており、有力な対抗勢力は選挙に参加できません。スウェーデンの民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)のケビン・カサスザモラ事務局長も、「ロシアには『選挙』の名に値する選挙が存在しないのは明白だ」と述べています。

それでも、この選挙には見るべき点があります。獲得議席数が体制の安定を占う指標になるからです。

全ロシア世論調査センター(VTsIOM)の8月上旬の集計では、統一ロシアの支持は34%、共産党11%、新しい人々10%、自由民主党(LDPR)9%、公正ロシア5%でした。週次データでは、7月27日から8月2日の週に統一ロシアの支持が32.1%まで低下し、6月8日から14日の35.5%から3.4ポイント下がりました。報道ベースでは、クレムリン周辺は比例代表での得票を45%程度と見込んでおり、これは以前想定していた55%から大きく下方修正された数字です。小選挙区での組織的な優位があるため、最終的な議席数は得票率以上に大きくなる見込みですが、「圧勝は確実だが、数字はやや縮む」というのが大方の見立てです。

プーチン大統領個人の支持率も下がっています。政府系のVTsIOMによると、7月の支持率は65%。年初から10ポイント下がり、侵略開始後で最も低い水準です。7月中旬に70.4%から65.1%へ急落した局面も報じられました。独立系のレバダセンターでは、6月に79%から74%へ5ポイント低下し、不支持は15%から21%に上昇しました。政府系と独立系の両方で同じ方向に振れているという点が重要です。

下落の理由として指摘されているのが、ガソリン高とモバイル通信規制です。産油国であるロシアの国内でガソリン価格が上がるという現象は、制裁と設備老朽化、そして輸出優先の政策が絡んだ結果です。ドローン攻撃への対策としてのモバイル通信規制は、日常生活の利便性を直撃します。どちらも、戦争が抽象的な「特別軍事作戦」ではなく、生活の不便として国民に届いていることを示しています。

そして最も注目すべき数字が、独立系調査機関レバダセンターの7月調査です。62%が「和平交渉を始めるべきだ」と答えました。一切の譲歩を拒むウクライナとの交渉で、プーチン氏が歩み寄りを見せるかどうかに関心が集まります。管理された選挙であっても、体制が世論の温度をまったく無視できるわけではありません。とくに得票率が想定を下回った場合、内政の引き締めに向かうのか、それとも交渉に軟化のシグナルを出すのか。9月20日以降のロシアの動きは、ウクライナ戦争の年内シナリオを左右します。

7. ブラジル:インフレと関税、選挙に入り込むトランプ

10月4日に大統領選挙があるブラジルも、中央銀行の目標上限を上回るインフレが家計を圧迫し、政権評価に影を落としています。ルラ大統領の支持率は48%で、不支持と拮抗しています。サンパウロ市在住のデボラさん(40)は「食料品や光熱費の上昇に収入の伸びが追いつかない」と嘆きます。

具体的な数字を見ると、7月時点のインフレ率は前年比4.52%、前月比0.06%の上昇です。中央銀行は8月5日、政策金利セリックを14.00%に引き下げました。2桁台の政策金利は住宅ローンや事業資金の負担として重くのしかかり、利下げに転じたとはいえ、生活実感の改善にはまだ時間がかかります。

選挙情勢を見ると、現時点ではルラ氏が優位です。ダタフォーリャが7月22日から23日に実施した調査(有効回答2,004人、誤差上下2ポイント)では、決選投票を想定した場合にルラ氏48%、フラビオ・ボルソナロ氏43%で5ポイント差。第1回投票の想定ではルラ氏40%、フラビオ氏32%でした。8月5日に公表されたジェニアル/クアエストの調査では、第1回投票39%対30%、決選投票44%対39%で、いずれもルラ氏が先行しています。

ただし差は縮小傾向にあり、決選投票では5ポイント前後まで詰められています。争点として大きいのが、国内経済に波及する対米関係です。トランプ政権はブラジルに高関税を課してきました。2026年7月15日に選定品目へ25%、さらに7月23日には追加で12.5%が課され、機械、家具、衣料、木材などの輸出産業に影響が出ています。左派で4選をめざす現職のルラ氏を威嚇する狙いがあると受け止められています。

対抗馬のフラビオ氏はボルソナロ前大統領の長男で、トランプ氏の後ろ盾を得て保守票の結集を狙います。関税という外圧が、選挙の結果を左右する構図です。ここで興味深いのは、関税が「ルラ政権への打撃」として機能するか、それとも「主権への侵害」としてナショナリズムを刺激しルラ氏を利するかが読みにくい点です。外国の指導者が露骨に選挙に介入した場合、狙った方向とは逆に働くことがしばしばあります。

8. 台湾:安全保障ではなく住宅と保育

台湾は11月28日に統一地方選挙を予定しています。2028年の次期総統選の前哨戦です。

与党・民主進歩党(民進党)は前回2022年、中国の軍事的圧力への対抗を前面に掲げたものの、最大野党の国民党に大敗しました。この経験から、今回は戦略を大きく変えています。掲げるのは住宅価格高騰への対策や子育て支援です。

世論の下地を見ると、ある調査では民進党への好感度が41.4%、国民党が36.4%でした。争点として前面に出ているのは、住宅価格、公共の保育サービス(公共托育)の拡充、そして労働条件です。市民団体からは社会住宅の拡充や0歳から6歳の保育一体化を求める声が強く、「学校ごとに公共保育を」というスローガンも支持を集めています。

対中政策は地方選の直接の争点というよりも、民進党政権の安全保障・民主主義防衛という文脈で背景的に位置づけられています。地方選挙は生活課題で戦い、総統選は安全保障で戦うという役割分担が定着しつつあると読むこともできます。

台湾の事例は、この記事全体のテーマを裏側から照らします。地政学的な緊張の最前線にある地域ですら、有権者の一票を動かすのは住宅と保育なのです。安全保障が票にならないわけではありませんが、日常の生活課題を軽視した政党は勝てません。米国、ロシア、イスラエルで起きていることも、突き詰めれば同じ構造です。

9. ホルムズ海峡という共通の変数

5つの選挙を貫く共通項を1つだけ挙げるとすれば、それはエネルギー価格です。そしてエネルギー価格を決めている最大の変数が、ホルムズ海峡です。

2026年2月末に米国が対イラン攻撃を開始した後、イランはホルムズ海峡を事実上閉鎖しました。世界の石油とガスの約5分の1が通る水路です。ここが詰まれば、産油国がどれだけ増産しても市場には届きません。

原油価格の推移を追うと、市場が何に反応しているかがよく分かります。7月13日、米軍とイランが海峡周辺で攻撃を応酬するなか、ブレント原油先物は1バレル78.82ドルまで上昇しました。当時すでに紛争前と比べて約9%高い水準でした。船舶追跡データを扱うKplerによれば、海峡の通過量は前週比で約52%減少しました。7月下旬には通航混乱が続き、報道ベースで90ドルを超える場面もありました。

8月3日、米国がイランへの新たな攻撃を見送るとの報道で原油は反落し、ブレントは83.77ドル、WTIは80.34ドルで引けました。8月7日はブレント83.55ドル、WTI78.18ドル。ところが8月10日には米イラン交渉の不透明感から再上昇し、ブレント87.7ドル、WTI82.2ドルをつけました。

わずか1カ月で、外交の見出し1本に数ドル動く相場です。市場は「攻撃するのか、交渉するのか」だけを見ています。そしてその判断を下す3人の指導者が、まさに選挙のさなかにいます。

ここに、この記事の核心があります。指導者は選挙のためにガソリン価格を下げたい。ガソリン価格を下げるには紛争を収束させる必要がある。しかし紛争を収束させるには譲歩が必要で、譲歩は「弱腰」として選挙で叩かれる。この矛盾のなかで、どちらを優先するかの判断が、そのまま相場と地政学を動かします。

10. 選挙が紛争を動かす3つの経路

選挙結果が軍事衝突の行方に連動する経路を、3つに整理しておきます。

1つ目は、交渉の前倒し圧力です。選挙の直前、指導者には「目に見える成果」を出す強い動機が働きます。米国では、11月3日までにガソリン価格を下げる材料を作りたいというインセンティブが最も強く働きます。停戦の枠組み、部分的な合意、あるいは攻撃の一時停止でも、価格が下がれば政治的な得点になります。逆に言えば、選挙前に合意が成立しなかった場合、選挙後に交渉の姿勢が硬化するリスクもあります。

2つ目は、指導者の交代による方針転換です。イスラエルが最も分かりやすい経路です。ネタニヤフ氏が退陣し、アイゼンコット氏を軸とする政権が発足した場合、ガザの戦後統治や対イラン政策の枠組みが見直される可能性があります。米国の中間選挙も、大統領の交代こそありませんが、議会の多数派が変われば予算と監督権限を通じて外交に制約がかかります。ただしカサスザモラ氏が指摘するように、米大統領は外交政策の権限が大きく、議会の構成が変わっても必ずしも劇的な変化が起こるわけではありません。

3つ目は、内向き志向の強まりです。これが最も見落とされやすく、最も影響が長く続く経路です。エネルギー価格と物価に不満を募らせた有権者は、対外関与のコストに敏感になります。「なぜ他国のためにわが国が払うのか」という問いが強まれば、ウクライナ支援も中東への関与も、予算を通す難易度が上がります。米国の64%が「イランとの戦争は戦う価値がない」と答えている事実は、短期の停戦圧力であると同時に、中長期の関与縮小の兆候でもあります。

この3つの経路は互いに打ち消し合うこともあります。選挙前に停戦を急いだ結果、不完全な合意が結ばれ、選挙後に破綻して紛争が再燃するというパターンは、歴史上何度も繰り返されてきました。だからこそ、選挙結果そのものよりも、選挙後100日の動きを見る必要があります。

11. 投資家が見るべき3つのシナリオ

ここまでの整理を踏まえ、投資家の視点で3つのシナリオを示します。いずれも予測ではなく、備えのための枠組みとして読んでください。

シナリオ1は、選挙前の緊張緩和です。米国が中間選挙に向けて対イラン交渉に前向きな姿勢を示し、ホルムズ海峡の通航が正常化に向かうケースです。原油は70ドル台前半まで下落し、米国のヘッドラインインフレは鈍化。FRBの利下げ余地が広がり、株式市場、とりわけ消費関連とハイテクには追い風になります。エネルギー株は逆風です。このシナリオでは、共和党が中間選挙で議席減を最小限に抑える可能性が高まります。

シナリオ2は、膠着の継続です。交渉は続くが決着せず、ホルムズ海峡の通航は断続的に混乱し、原油は80ドルから90ドルのレンジで上下します。8月10日の87.7ドルはこのレンジの上限に近い水準です。米国のインフレは3%台で高止まりし、FRBは動けません。政治的には現職に最も厳しく、米国では民主党が下院を奪還する確率が高まります。イスラエルではネタニヤフ陣営の議席がさらに削られます。市場としては、エネルギー株と防衛関連が相対的に優位、内需消費と金利敏感セクターが劣後する構図です。

シナリオ3は、緊張の再拡大です。ホルムズ海峡の全面的な封鎖が長期化し、原油が100ドルを超えるケースです。世界のインフレ率は再び上昇し、各国中央銀行は利下げどころか引き締めの再開を迫られます。新興国通貨は下落し、ブラジルのようにインフレと戦っている国は追加の利上げを迫られるかもしれません。政治的には、あらゆる現職が打撃を受けます。

3つのシナリオを分ける最大の変数は、繰り返しになりますが、ホルムズ海峡の通航量です。船舶追跡データの週次の増減は、どの世論調査よりも早く、次の選挙結果を教えてくれる指標かもしれません。

日本のビジネスパーソンにとっての含意も付け加えておきます。原油価格の上昇は輸入コストと電力価格を通じて国内物価に波及します。円建てで見た場合は為替の影響も加わります。エネルギー多消費型の産業、運輸、食品加工などは、シナリオ2からシナリオ3の展開に対する備えを持っておく価値があります。逆にシナリオ1が実現した場合、コスト前提を早めに見直せる企業が利益率で先行します。

12. 「選挙の質」という長期の論点

スウェーデンの民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)のケビン・カサスザモラ事務局長は、2026年後半にある世界の選挙の特徴について、示唆に富む指摘をしています。

有権者の意思決定を決める要因は国によって異なり、世界で共通性を見いだすのはほぼ不可能だといいます。多くの国では経済的な懸念が最重要ですが、犯罪や移民、汚職への懸念が政治的議論の原動力となる国もあります。それでも共通するテーマの1つとして挙げるのが、急速な変化に伴う深刻で広範な不確実性です。この不確実性が、既存の政治や現状への不満、そして複雑な問題に対する即効性のある政治的解決策の出現につながる。ポピュリスト的な言説や指導者が生まれやすい状況になる、という診断です。

同氏はまた、選挙結果により劇的な変化を期待するのは控えた方がいいとも述べています。米中間選挙は2026年で最も重要な選挙だが、米大統領は外交政策の権限が大きく、必ずしも変化が起こるわけではない。ロシアには「選挙」の名に値する選挙が存在しないのは明白だ、と。

一方で明るい兆しも挙げています。選挙の質に関しては偽情報や選挙管理者への攻撃など依然として多くの課題があるものの、世界の選挙管理機関によるリスク管理の取り組みは進んでいる。レジリエンス(回復力)の強化が、選挙や民主主義の保護に役立っているという指摘です。

この視点は、投資家にとっても実務的な意味を持ちます。選挙という制度が信頼されている国では、政権交代が起きても政策の連続性がある程度担保され、リスクは価格に織り込めます。制度が信頼されていない国では、選挙結果よりも権力内部の力学が支配的になり、外部からの予測可能性が極端に下がります。ロシアの下院選を「議席数で体制の安定を占う」という読み方しかできないのは、まさにこの理由によります。

13. まとめ:秋の投票所が戦線を動かす

整理します。

2026年後半、9月20日のロシア下院選、10月4日のブラジル大統領選、10月27日のイスラエル総選挙、11月3日の米中間選挙、11月28日の台湾統一地方選という5つの大型選挙が並びます。このうち米国、ロシア、イスラエルは軍事衝突を抱えた国の国政選挙です。

3人の戦時指導者はいずれも支持を落としています。トランプ氏はリアル・クリア・ポリティクス平均で38.9%と2期目の最低水準。プーチン氏は政府系VTsIOMで65%と侵略開始後の最低。ネタニヤフ氏のリクードは20議席台前半に沈み、連立与党ブロックは過半数の61議席に届いていません。

支持低下の共通原因はエネルギー価格と物価です。米国ではガソリンが1ガロン4ドル台、消費者物価は前年比3.4%上昇。ロシアではガソリン高と通信規制。ブラジルではインフレ4.52%と政策金利14.00%。有権者は戦争の大義よりも家計の実感で投票します。

そして選挙は紛争に跳ね返ります。選挙前の交渉前倒し圧力、指導者交代による方針転換、内向き志向の強まり。この3つの経路を通じて、投票所の判断が戦線を動かします。

かつて戦争は指導者を強くしました。2026年の秋、戦争は指導者を弱くしています。この逆転が持続的なものなのか、それとも一時的な現象なのか。答えの一部は、9月から11月にかけての投票結果に書き込まれます。そしてその答えは、原油価格という形で、私たちの生活にも届きます。

投票所は世界のどこかにあり、給油ノズルは私たちの手元にあります。2026年の秋、その2つは1本の線でつながっています。


参考文献・出典

  1. 日本経済新聞「秋に相次ぐ選挙、米・ロ・イスラエル『戦時指導者』に逆風 紛争行方に連動」2026年8月13日 電子版(児玉章吾、モスクワ=小川知世、サンパウロ=水口二季、イスタンブール=渡辺夏奈)

  2. Reuters「Democrats lead Republicans on economy as Trump approval falls, Reuters/Ipsos poll finds」2026年8月3日 https://www.reuters.com/world/us/democrats-lead-republicans-economy-trump-approval-falls-reutersipsos-poll-finds-2026-08-03/

  3. Reuters「As Iran war drags on, Americans are bracing for more chaos in the Middle East, Reuters/Ipsos poll shows」2026年8月6日 https://www.reuters.com/world/middle-east/iran-war-drags-americans-are-bracing-more-chaos-middle-east-reutersipsos-poll-2026-08-06/

  4. USA TODAY「Iran war, gas prices poll」2026年7月13日 https://www.usatoday.com/story/news/politics/2026/07/13/iran-war-gas-prices-poll/90908836007/

  5. USA TODAY「US army, Iran, Trump, gas prices poll(AP-NORC調査)」2026年7月30日 https://www.usatoday.com/story/news/politics/2026/07/30/us-army-iran-trump-gas-prices-poll/91104654007/

  6. USA TODAY「Trump approval rating, August 11, 2026」2026年8月11日 https://www.usatoday.com/story/news/nation/2026/08/11/trump-approval-rating-aug-11-2026/91252879007/

  7. Los Angeles Times「Confidence in economy falls as Iran conflict sends gas prices higher」2026年7月28日 https://www.latimes.com/business/story/2026-07-28/confidence-in-economy-falls-as-iran-conflict-sends-gas-prices-higher

  8. Reuters「US consumer prices increase as expected in July」2026年8月12日 https://www.reuters.com/business/us-consumer-prices-increase-expected-july-2026-08-12/

  9. The New York Times「Inflation CPI report live coverage」2026年8月12日 https://www.nytimes.com/live/2026/08/12/business/inflation-cpi-report

  10. The Jerusalem Post「イスラエル総選挙 世論調査報道」2026年8月 https://www.jpost.com/israel-news/politics-and-diplomacy/article-903539

  11. The Jerusalem Post「Israel election 2026 poll」2026年8月 https://www.jpost.com/israel-election-2026/article-905027

  12. The Times of Israel「Liveblog August 3, 2026(チャンネル12ミドガム調査)」2026年8月3日 https://www.timesofisrael.com/liveblog-august-3-2026/

  13. Haaretz「Poll: Netanyahu and Eisenkot's parties tied; Bennett-Lapid merger loses seats」2026年7月30日 https://www.haaretz.com/israel-news/elections/2026-07-30/ty-article/.premium/poll-netanyahu-and-eisenkots-parties-tied-bennett-lapid-merger-lose-seats/

  14. Israeled.org「2026 Israeli election polling: the month ending July 31」2026年7月31日 https://israeled.org/2026-israeli-election-polling-the-month-ending-july-31/

  15. The Moscow Times「Russia's State Duma elections are for show, but they're still worth paying attention to」2026年8月10日 https://www.themoscowtimes.com/2026/08/10/russias-state-duma-elections-are-for-show-but-theyre-still-worth-paying-attention-to-a93448

  16. bne IntelliNews「More than half of Russians have already decided how they'll vote in Duma election, poll」2026年8月 https://www.intellinews.com/more-than-half-of-russians-have-already-decided-how-they-ll-vote-in-duma-election-poll-459788/

  17. The New Voice of Ukraine「United Russia support falls to lowest since late May ahead of State Duma elections」2026年8月 https://english.nv.ua/nation/united-russia-support-falls-to-lowest-since-late-may-ahead-of-state-duma-elections-50630749.html

  18. The Guardian「US strikes Iran, Strait of Hormuz, oil prices」2026年7月20日 https://www.theguardian.com/world/2026/jul/20/us-strikes-iran-strait-of-hormuz-oil-prices

  19. Al Jazeera「Missile strikes and attacks on ships reported around Strait of Hormuz」2026年7月13日 https://www.aljazeera.com/news/2026/7/13/missile-strikes-and-attacks-on-ships-reported-around-strait-of-hormuz

  20. Reuters「Oil tumbles as Trump cancels attack on Iran」2026年8月3日 https://www.reuters.com/business/energy/oil-tumbles-trump-cancels-attack-iran-reach-nuclear-deal-2026-08-03/

  21. Reuters「Oil rises on concerns over Strait of Hormuz reopening plans」2026年8月7日 https://www.reuters.com/business/energy/oil-rises-concerns-over-strait-hormuz-reopening-plans-2026-08-07/

  22. Anadolu Agency「Oil prices jump as Trump keeps Iran escalation option open」2026年8月10日 https://www.aa.com.tr/en/economy/oil-prices-jump-5-as-trump-keeps-iran-escalation-option-open/4023614

  23. Reuters「Lula leads Flavio Bolsonaro in Brazil election poll(ダタフォーリャ調査)」2026年7月24日 https://www.reuters.com/world/americas/lula-leads-flavio-bolsonaro-brazil-election-poll-2026-07-24/

  24. Folha de S.Paulo「Genial/Quaest: Lula venceria Flavio Bolsonaro por 39 a 30 no 1o turno」2026年8月5日 https://www1.folha.uol.com.br/poder/2026/08/genialquaest-lula-venceria-flavio-bolsonaro-por-39-a-30-no-1o-turno-e-44-a-39-no-2o-turno.shtml

  25. G1「Datafolha 2o turno: Lula tem 48% e Flavio Bolsonaro 43%」2026年7月24日 https://g1.globo.com/politica/eleicoes/2026/pesquisa-eleitoral/noticia/2026/07/24/datafolha-2o-turno-lula-tem-48percent-e-flavio-bolsonaro-43percent.ghtml

  26. Taipei Times「台湾 統一地方選 関連報道」2026年8月6日 https://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2026/08/06/2003862036

  27. Taipei Times「台湾 統一地方選 争点報道」2026年8月8日 https://www.taipeitimes.com/News/feat/archives/2026/08/08/2003862131

  28. 中国時報「公共托育 拡充要求 関連報道」2026年8月5日 https://www.chinatimes.com/newspapers/20260805000508-260114

  29. 国際IDEA(民主主義・選挙支援国際研究所)ケビン・カサスザモラ事務局長インタビュー(日本経済新聞 2026年8月13日掲載)

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