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スーパー銭湯で出会った「風の女王」

それは、私が心と毛穴を解放しに行った、ある日のスーパー銭湯での出来事だった。

30代にもなると、癒しって
「高級フレンチ」じゃなくて
「デカい風呂と強めの水圧のシャワー」になるの、なんでだろうね。

湯に浸かり、人生の悩みをふやかし、
「今日もよく生きたな私」モードで脱衣所へ戻ったとき、事件は起きた。

「スーパー銭湯にはドライヤーが設置してある。」

そう、あのありがたい存在。
家では“面倒な作業”なのに、銭湯だと“サービス”に格上げされる不思議な家電。

私は鏡前の席を探していた。
そのとき、視界に飛び込んできたのは――

「鏡の前に、大胆にも、仁王立ちで、ドライヤーを使用している女性がいた。」

仁王立ち。

もう一度言う。

仁 王 立 ち。

背筋ピン。足幅しっかり。
そこには「髪を乾かす人」ではなく、「風を司る者」がいた。
「彼女は、毛以外にも体中に風を当てていた」
腕、背中、脇、太もも――その姿はまるで、
「私は見た、ドライヤーを洗車場のブローのように、使っている」
そう、完全に洗車後のエアーブロー。
「水滴、1ミリも許さん」っていうプロの仕上げ。

もう“乾かす”じゃない。“仕上げている”。

そして、事件はクライマックスへ。
「すると、彼女は、片足を上げ、あそこの毛を丁寧に乾かし始めた。」
その瞬間、私の脳内ナレーションが止まった。

え、
え、
え?????

片足アップ。
角度、職人。
風、直撃。

横を見ると――
「隣にいた、3歳ぐらいの女の子が不思議そうにガン見してた」
そうだよね。
人生3年目にして「人類の未知の儀式」を目撃してるもんね。
あの子の中で
「大人になる=ああなる」
という認識が植え付けられてないか、私は心配だ。

そして私の中に湧き上がる哲学。
「そもそも、毛を乾かすとしては正解なのか?」

これ、正解なのか?
理屈で言えば、濡れたままより乾いてた方がいい気もする。
でも理屈だけで生きてたら、人はスーパー銭湯で仁王立ちしない。

さらに考える。
「男性は髪、ヒゲ、胸毛、お腹毛、そして、あそこの毛だから、境目がない」

たしかに。
男性は“毛の大陸”。地続き。
乾かす範囲が広いのも納得。

だが――
「女性にはヒゲ、胸毛、お腹毛がない。明らかに、別物である。」
女性は“毛の孤島”。
エリア分け、はっきり。

だからこそ、あの行為は
「延長」ではなく
「独立した意思決定」なのだ。

そんな壮大なことを考えながら私は――
「もちろん、私は隣のドライヤーを使用した」
使ったよ。
普通に髪だけ乾かしたよ。

でもね、心のどこかで思ってた。
「風の女王…強いな…」って。
あれだけ堂々と
“自分の正義の乾かし方”を貫ける人、
社会でもたぶん強い。

私はまだ、ドライヤーを“髪用家電”としてしか使えない小市民だけど、

いつか人生で迷ったら思い出すと思う。
スーパー銭湯の脱衣所で、仁王立ちで風を浴びていた、あの女性のことを。
たぶんあの人は今日もどこかで、全身に、迷いなく風を当てている。

◆ 「裸の心」あいみょん


それでは、
    感動で溢れた、
          静かで、強い人生を、、、

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