59歳、ひとりで外食するのが怖かった。
59歳にもなって、
ひとりで店に入るのが怖かった。
笑ってもらっていい。
でも、これが本音だ。
店のドアの前で、立ち止まる。
中から聞こえる、笑い声。
楽しそうな会話。
それを聞いた瞬間、足が止まる。
「ここに入っていいのか?」
「ひとりで来てるの、自分だけじゃないか?」
そんなことを考えて、
そのまま帰った夜が、何度もあった。
タイにいた頃は、違った。
知らない人とでも笑って、
当たり前のように一緒に食べていた。
それが、日本に戻った途端、こうだ。
誰とも話さない一日。
鳴らないスマホ。
静かすぎる夜。
そして、ひとりの食事。
正直に言う。
つらかった。
料理の味なんて、覚えていない。
ただ、「早く終わってほしい」と思いながら、
無理やり口に運んでいた。
59歳で、これか。
そう思ったとき、
自分の人生が、急に小さく感じた。
でも、ある夜。
いつもと同じように、ひとりで席に座った。
変わったのは、ほんの一瞬だった。
肉を鍋にくぐらせて、口に入れたとき。
ふと、思った。
「これ、誰にも気を遣わなくていいんだ」
その瞬間だった。
空気が変わった。
食べるペースも、順番も、量も、
全部、自分で決めていい。
誰かに合わせる必要なんて、最初からなかった。
二口目。
ちゃんと味がした。
三口目。
「あ、うまいな」と思った。
そのとき、気づいた。
自分はずっと、
“誰かと食べること”に縛られていたんだと。
ひとりで食べることを、
どこかで「負け」だと思っていた。
でも違った。
これは、負けじゃない。
むしろ、自由だった。
59歳。
やっと、わかった。
ひとりで食べる夜は、
孤独なんかじゃない。
自分を取り戻す時間だ。
あれだけ怖かった店のドアを、
今は何も考えずに開けている。
席に座る。
好きなものを、好きなだけ頼む。
そして思う。
「これでいい」
いや、違う。
「これがいい」
あの頃、逃げるように食べていた自分に、
今なら言える。
ひとりで食べる夜を、怖がるな。
それは、人生を取り戻す入り口だ。
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